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第97話 怒り
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病室に、空虚な沈黙が流れていった。
その言葉を聞いて、一気にカリーエの顔が青ざめていく。そしてすぐに、ゼマが言った悲報を否定する。
「そ、そんなわけないだろう。あの師匠が、死ぬはずない!」
彼女は半ば怒りながら、ゼマに強く当たる。ゼマのことが信じられないというよりは、その内容自体を彼女は飲み込めていない様子だった。
老いていたとはいえ、彼女の知っている師匠は、屈強な山の男だ。そう簡単に倒れることすらない。
「アイアンデーモンに取り込まれて、私たちが倒した。そして、塵となって消えたよ。どうすることもできなかった」
ゼマはただただ、事実だけを述べていた。いつもの明るさは微塵も感じなく、酷く冷えている。
その淡々さが、今のカリーエには癪だった。
横でゼマの様子を見守っていたララクは、カリーエが怒りを露わにしているのを見て、冷や汗をかいていた。
何故、ゼマがそのような態度をとっているのか、彼にはまるで理解できなかった。
「アイアンデーモンに? 嘘はよしてくれ。私は不覚をとったけど、師匠が敵の気配に気がつかないわけがない」
カリーエたちがあの魔鉱山に足を踏み入れたのは、1度や2度ではない。山仕事専門で活動していた【ストーンズ】にとって、今回もただの日常でしか過ぎない。そのはずだった。
「……あんたの師匠は、その悪魔を受け入れたんだよ。おそらく、あんたを襲ったのも師匠の仕業だ」
さらに信じがたい事実を、ゼマはカリーエに伝える。
「……っく」
ララクは何も言えない自分に腹をたてながら、下唇を強く噛み締めた。事細かに説明するゼマを止めようとも思った。しかし、カリーエのディバソンに対する信頼は厚い。だからこそ、事実を伝えるしか、彼女を説得できないのではないかとも考えていたのだ。
「は、はぁ? さっきから何を言っているんだ。そ、そんなはずは……」
口では否定をしているカリーエだったが、微かに心当たりがある様子だった。それは、自分がアイアンデーモンに取り込まれた、ということだ。
そもそも、ディバソンとはぐれること自体、あまりない事だ。そこに、背後からアイアンデーモンが襲ってきた、ということになる。
アイアンデーモン自体の知能は低いので、気配を消すのは苦手としている。音などですぐに標的にバレることがほとんどだ。
しかし、裏でディバソンのような司令塔がいたとすれば別だ。
「あの人は言ってたよ。あんたが、自分を超えた時、置いてかれるのが怖かったって」
ゼマはディバソンが語った思いをそのまま伝えていく。彼女はその思いに共感することは出来なかった。しかし、カリーエには伝えるべきだと、そう判断したのだ。
「……!?」
カリーエがその台詞を聞くと、彼女の中で急にゼマの言った内容が信憑性を増していった。何故なら、「超えたい」というキーワードは、初対面であるゼマが知っているはずはない。かつてパーティーを組んでいたララクならともかく、ゼマが知りえる情報ではない。
しかし、もし師匠本人と出会っているのであれば、納得がいくことだ。
ゼマの語り口調も相まって、カリーエの心に、ようやく彼女の言葉が届きだしていた。だが、それを容易に受け止めることなど、出来るはずもなかった。
「ほ、本当に師匠がそんなことを?」
カリーエは視線をララクに移す。彼女は、彼に全てを否定して欲しかった。けれどそれと同時に、事の真相を知りたい、という気持ちにも駆られだした。
今までの師匠像と、全く正反対の行動をしていることに、彼女は混乱している。だから、そのもやっとした思考を、整理したかった。
「……はい」
ララクはようやく事実を認めた自分を情けなく思った。真っすぐ話し続けたゼマの澄んだ態度が、異様に眩しく思えた。
もう遅いかもしれないが、少しでも強い心を持てるようにと、ララクも事のあらましをカリーエに伝えることにした。
「ディバソンさんは、老いていくことに悩んでみたいです。それで、弟子が自分の前から去っていくことが怖かった。
だから、傀儡にして永遠に自分の傍を離れないようにしたんです」
おそらく、ハンドレッドの2人があの場に居合わせていなければ、そうなったはずだ。カリーエもあのまま悪魔に取り込まれ、他の冒険者たちも飲み込まれていただろう。
そして、その被害は拡大していき、魔鉱山はアイアンデーモンに占領された可能性もあっただろう。
それが、あの時のディバソンの願いだったのだから。
「私が、私が師匠を置いていくはずないだろう! どうして、どうして……!」
カリーエは握りこぶしを、ベッドに強く叩きつけた。彼女はもはや、何に激怒していいのか、自分でも分かっていなかった。
おかしなことを言ってきたゼマか、寄生されてしまった自分自身か、それとも誤った判断をした師匠か。
彼女は、信じる信じないをとっくに通り越していた。
混乱、怒り、嘆き、様々な感情が彼女を一斉に襲う。
その言葉を聞いて、一気にカリーエの顔が青ざめていく。そしてすぐに、ゼマが言った悲報を否定する。
「そ、そんなわけないだろう。あの師匠が、死ぬはずない!」
彼女は半ば怒りながら、ゼマに強く当たる。ゼマのことが信じられないというよりは、その内容自体を彼女は飲み込めていない様子だった。
老いていたとはいえ、彼女の知っている師匠は、屈強な山の男だ。そう簡単に倒れることすらない。
「アイアンデーモンに取り込まれて、私たちが倒した。そして、塵となって消えたよ。どうすることもできなかった」
ゼマはただただ、事実だけを述べていた。いつもの明るさは微塵も感じなく、酷く冷えている。
その淡々さが、今のカリーエには癪だった。
横でゼマの様子を見守っていたララクは、カリーエが怒りを露わにしているのを見て、冷や汗をかいていた。
何故、ゼマがそのような態度をとっているのか、彼にはまるで理解できなかった。
「アイアンデーモンに? 嘘はよしてくれ。私は不覚をとったけど、師匠が敵の気配に気がつかないわけがない」
カリーエたちがあの魔鉱山に足を踏み入れたのは、1度や2度ではない。山仕事専門で活動していた【ストーンズ】にとって、今回もただの日常でしか過ぎない。そのはずだった。
「……あんたの師匠は、その悪魔を受け入れたんだよ。おそらく、あんたを襲ったのも師匠の仕業だ」
さらに信じがたい事実を、ゼマはカリーエに伝える。
「……っく」
ララクは何も言えない自分に腹をたてながら、下唇を強く噛み締めた。事細かに説明するゼマを止めようとも思った。しかし、カリーエのディバソンに対する信頼は厚い。だからこそ、事実を伝えるしか、彼女を説得できないのではないかとも考えていたのだ。
「は、はぁ? さっきから何を言っているんだ。そ、そんなはずは……」
口では否定をしているカリーエだったが、微かに心当たりがある様子だった。それは、自分がアイアンデーモンに取り込まれた、ということだ。
そもそも、ディバソンとはぐれること自体、あまりない事だ。そこに、背後からアイアンデーモンが襲ってきた、ということになる。
アイアンデーモン自体の知能は低いので、気配を消すのは苦手としている。音などですぐに標的にバレることがほとんどだ。
しかし、裏でディバソンのような司令塔がいたとすれば別だ。
「あの人は言ってたよ。あんたが、自分を超えた時、置いてかれるのが怖かったって」
ゼマはディバソンが語った思いをそのまま伝えていく。彼女はその思いに共感することは出来なかった。しかし、カリーエには伝えるべきだと、そう判断したのだ。
「……!?」
カリーエがその台詞を聞くと、彼女の中で急にゼマの言った内容が信憑性を増していった。何故なら、「超えたい」というキーワードは、初対面であるゼマが知っているはずはない。かつてパーティーを組んでいたララクならともかく、ゼマが知りえる情報ではない。
しかし、もし師匠本人と出会っているのであれば、納得がいくことだ。
ゼマの語り口調も相まって、カリーエの心に、ようやく彼女の言葉が届きだしていた。だが、それを容易に受け止めることなど、出来るはずもなかった。
「ほ、本当に師匠がそんなことを?」
カリーエは視線をララクに移す。彼女は、彼に全てを否定して欲しかった。けれどそれと同時に、事の真相を知りたい、という気持ちにも駆られだした。
今までの師匠像と、全く正反対の行動をしていることに、彼女は混乱している。だから、そのもやっとした思考を、整理したかった。
「……はい」
ララクはようやく事実を認めた自分を情けなく思った。真っすぐ話し続けたゼマの澄んだ態度が、異様に眩しく思えた。
もう遅いかもしれないが、少しでも強い心を持てるようにと、ララクも事のあらましをカリーエに伝えることにした。
「ディバソンさんは、老いていくことに悩んでみたいです。それで、弟子が自分の前から去っていくことが怖かった。
だから、傀儡にして永遠に自分の傍を離れないようにしたんです」
おそらく、ハンドレッドの2人があの場に居合わせていなければ、そうなったはずだ。カリーエもあのまま悪魔に取り込まれ、他の冒険者たちも飲み込まれていただろう。
そして、その被害は拡大していき、魔鉱山はアイアンデーモンに占領された可能性もあっただろう。
それが、あの時のディバソンの願いだったのだから。
「私が、私が師匠を置いていくはずないだろう! どうして、どうして……!」
カリーエは握りこぶしを、ベッドに強く叩きつけた。彼女はもはや、何に激怒していいのか、自分でも分かっていなかった。
おかしなことを言ってきたゼマか、寄生されてしまった自分自身か、それとも誤った判断をした師匠か。
彼女は、信じる信じないをとっくに通り越していた。
混乱、怒り、嘆き、様々な感情が彼女を一斉に襲う。
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