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第94話 砂

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 着々と、元のディバソンの体が見え始めてくる。
 しかし、それでもまだ、アインデーモンの寄生から逃れることは出来ない。

 身体能力を上げていたアイアンデーモンの寄生数が減ったことにより、反撃の手も自然と止まっていた。これでは、サンドバック状態だ。

「はぁぁぁ、はぁ!」

 身動きの取れない敵に、ララクは容赦なく拳を喰らわす。

「はいはい、はいぃ!」

 独特な掛け声で、ゼマも追撃の手を止めない。

 そして、あらかた鉱石部分の切除に成功する。

 あとは、アイアンデーモン1匹分といったところだろうか。

「お、おれが、まけるはずはっ!」

 これはアイアンデーモンの嘆きだろう。一時的な共生に成功して、通常の何倍もの力を得ることが出来た。しかし、それでも目の前の小さな戦士と、後方のヒーラーには勝つことが出来ない。

「ディバソンさん。ボクはカリーエさんとの師弟関係が羨ましかった。
 だからこそ、ボクはあなたを許せない。
 これで終わりだ」

 寄生されているとはいえ、内側にいるディバソンにも声は届いているはず。そう考えて、ララクは自分の思いを伝えた。
 彼が一緒に行動していた期間は短い。それでも、彼らの関係はララクにはキラキラと輝いて見えていた。

 さらに接近したララクは、止めの一撃を発動する。

「【ヴォルケイノ……ナックル】!」

 今はモンスター化しているとはいえ、ディバソンは知った顔だ。鉱物がかなり剥がされているということもあって、彼の目や口がララクには見えている。
 しかし、だからといって躊躇するわけにはいかない。

 彼を魔の手から救うには、心を鬼にするしかない。

 ララクの装着した右ガンドレッドが、一気に赤く変色する。そして、マグマのような煮えたぎる炎に包まれていく。
 スキル効果によって、一時的に拳が炎系統に強くなるように強化されている。でなければ、攻撃する前にガントレッドのほうが溶けてしまう。

 ぐつぐつと燃えたそれは、まるで彼の怒りを表現しているかのようだった。

 苦悶の表情をしながら、ララクはアイアンデーモンの腹を、スキルでぶん殴った。

「っぐ、ぐぉっぉおぉぉぉお」

 【ヴォルケイノナックル】は炎系統と土系統が合わさった高火力の拳スキルだ。そして、アイアンデーモンには炎が効果抜群だ。

 拳がヒットすると、すぐに胴体にある鉄部分が発熱しだす。それはすぐに全身に伝播していく。

 そして、耐えきれなくなったアイアンデーモンの体は、粉々に発散していくのだった。

「……っぐ、ああ」

 殻を破ったように、中からディバソンが解放される。意識が朦朧としており、そのまま地面に倒れ込む。

「ディバソンさんっ!」

 戦闘が終わった余韻に浸ることなく、ララクはしゃがみ込んで顔を近づける。

 かなりディバソンの体は重たいが、ララクはなんとか上半身を持ち上げる。

 満身創痍のディバソンは、ゆっくりと口を開く。

「わ、悪かったな。自分が強く慣れた気がして、心地よかったんだ。けど、お前に言われて、気がついたよ」

 彼の言葉から、後悔の念がひしひしと伝わってくる。アイアンデーモンが暴走したということは、彼が寄生を抗ったということだ。
 ディバソンは、ララクからカリーエの本心を聞いたときから、考えを見つめ直していたのだろう。

「おれが求めてのは、あいつとずっと笑って過ごすことだ。大声で、酒を飲みながらな」

 彼は似合わないか細い声を出しながら、ふと笑顔を見せる。今まで、酒場で彼女と飲み明かしていた日々を思い出していた。

「できるよ。戻ろう、彼女の元へ」

 3人分の【テレポート】を使う余裕があるかは微妙だが、ディバソン1人をカリーエの元に届けることは出来る。

 しかし、ディバソンはそれを否定する。

「む、無理だ」

「どうして?」

 ストーンズの2人はアイアンデーモンから引きはがすことに成功した。あとは、悔いを改めて、再出発するだけ。ララクはそう考えていた。

「っう、はぁ」

 ディバソンが徐々に苦しみだす。それが、彼に触れているララクにもよく伝わってきた。アイアンデーモンに寄生された人間は、生命力を奪われるのだった。

「ララク、あいつに、伝えてくれ……」

 痛む体を無理やり起こして、ディバソンはララクの耳に口を近づける。そして、カリーエへの伝言を伝えた。

「そ、そんなの、自分で伝えれば……」

 そこで、ララクは気がついてしまう。
 抱えている彼の体から、何故か砂が落ちて行くことを。それはどこからともなく現れたわけではない。
 ディバソンの体が、徐々に砂に変わっていっているのだ。

「代償、ってやつだな」

「……ディバソンさん」

 ディバソンとララクには分かっていた。これがどういう状況なのか。
 彼はアイアンデーモンとの寄生が長すぎた。しかも複数個体を受け入れていた。

 1体でもカリーエのように酷く疲弊するので、彼の生命力がつきるのは当然の結果だった。

「……色々と、悪かったな。ほんと、強くなったな。じゃあな、ララク」

 みるみる彼の体は砂に変換されて、徐々にララクの腕の中から消えていく。
 ディバソンは最後の力を振り絞って、自分を人間に戻してくれたかつての弟子に謝罪をした。

「強く慣れたのはあなたと出会えたからだよ」

消えかけるかつての師匠を抱きかかえながら、自分の力のルーツを思い出していた。【追放エナジー】で得た力には、ディバソンのも含まれている。
それに彼の言葉には、そういった事実的な理由だけではないように思えた。

「そう、だったな……。っちったぁ、若い奴の役に立てたのか」

彼にとっての生きがいの1つは、後進の育成だ。それが老い続ける自分には出来なくなると考え、あんな行動を起こしたのだ。
そんな彼にとって、ララクの言葉は、気休め以上に、胸にすっと沈んでいった。

「……はぁ、じゃあな、ララク」

自分の死期を感じ取ったディバソンは、静かに目を閉じる。その頭に浮かぶのは、後悔、恐怖。それとも、弟子とのたわいもない日々だろうか。

「……さよなら、ディバソン」

ララクがそう呟くと、ディバソンの体全てが砂となって消えていった。
彼の痕跡は、何も残らなかった。
服も、武器も、全てが消滅した。

そこには、鉄の残骸と膝をつく少年の姿だけが残されていた。
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