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第91話 全力

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「うぉぉぉおぉぉ」

 アイアンデーモンが唸り声を上げる。次に、襲撃してきたゼマを迎撃しようとスキルを発動する。

 ゼマの前に、巨大なゴツゴツとした黒い鉄球が出現する。そしてそれは、彼女に向かって射出される。

「なんのこれしき! 【ホーリースイング!】」

 彼女は、アイアンデーモンとキズナ変化したガッディアの防御耐性が似ているのではないかと予想していた。
 つまり、鉄には熱を持った光系統のスキルが有効だと考えたのだ。

 それは正解のようで、鉄球に強烈なスイングが叩き込まれると、それはいとも簡単に砕け散っていった。

「よっし」

 破壊できたことを喜ぶのもつかの間、彼女はあることに気がつく。

「いない?」

 鉄球を壊したことにより、視界が良好になったが、そこにいるはずのアイアンデーモンが見当たらなかった。

 敵がどこに行ったかはすぐに分かった。

「ゼマさん、横です!」

 飛び散った鉄の破片の陰に隠れて、敵はゼマに攻撃を仕掛けていた。鎌のようなピッケルを構え、【刺突】を発動している。

 ピッケルの先が、ゼマの露出したわき腹に突き刺さる。

「っくぅ! いったぁ!」

 激痛が全身に走った。咄嗟に体を反らしたので、かなり端の部分にそれは刺さった。しかし、それでも刃物が体に侵入してきたことには違いない。

「このやろう!」

 痛みに耐えながら、ゼマは接近しているアイアンデーモンの体を蹴り飛ばす。すると、その反動でゼマの体は後ろに下がり、自然とピッケルも抜けた。

 だが、抜けた際にさらに痛みが追加される。さらに、傷口から大量の血液が流れ出す。本来こういった場合は、無暗に凶器を抜かない方が得策だ。

 しかし、彼女はこの傷を治すことが出来る。体に異物が刺さったままでは、それが弊害となって完治させることが出来ない。

「っくそ、【クイックヒーリング】」

 傷口が、瞬時に塞がっていく。しかし、流れた血液が戻るわけではない。復元能力ではないからだ。
 大量に血液を失えば、ゼマといえどただでは済まない。(回復スキルによって、血液を作り出す機能も向上はしている)

「ぐぎがぁっはっは」」

 元のディバソンの笑い声を再現しているのかは分からないが、不気味な声をあげて笑っていた。武器についた血を眺めながら。

「ごめんララク、そんなに長くもたないかも」

 彼女は自分がそれなりに戦える人間だと自負しているがゆえに、自分がどれだけの相手と対等に戦えるかを瞬時に理解できている。
 元々、ディバソンのほうがレベルが高い。それに、大量のアイアンデーモンの力が加わっているので、劣勢になるのはゼマな方なことは目に見えている。

 それでも回復スキルがあるので、ある程度の持久戦は行えるだろう。

 アイアンデーモンが再びピッケルを振り下ろす。
 ゼマはそれを、アイアンロッドを使って防ぐ。

 防戦一方だが、ゼマはアイアンデーモンの動きについていきつつあった。

「分かりました。すぐに考えます」

 アイアンデーモンとゼマが攻防を繰り広げている間、言われた通りララクは作戦を立てることにした。

(考えろ。アイアンデーモンに対抗できる術を)

 ララクはこれまで見てきたアイアンデーモンの情報を整理する。

 まず、元となるディバソンは熟練の冒険者だ。パワフルな動きと土系統のスキルで相手を叩きのめすスタイル。

 そして、そこにアイアンデーモンの力が加わっている。
 本来は共生できずに、逆に動きが鈍くなることがほとんどだ。しかし、一度ディバソンが受け入れたこともあって、彼の体の深い部分にまで寄生している状態になっている。

 さらに、寄生しているのは複数のアイアンデーモン。

 これにより、飛躍的に身体能力が上昇している。
 なので、パワーを持ちながらも、スピーディーな動きで攻撃することが出来る。
 遠距離スキルもあるので、魔法系統のスキルを使って一方的に攻撃するのも難しいだろう。

 接近して攻撃したとしても、生半可な攻撃ではあの頑丈な鉄に傷はつけられない。

 殺傷に長けた斬撃系統ではなく、破壊に長けた打撃系統のほうが有利に働くだろう。

(けど、ハンマーだと速度が出ない。分身で数を増やせば、そのスピードはカバーできる。
 でも、今の状態じゃ増やせる数もたかが知れてるし、その後が何もできなくなる可能性がある)

 ゼマに言われた忠告を思い出し、【分身】のような強力だが魔力コストが高すぎるスキルに危機感を持ち始める。

(でも、じゃあ全力、ってなんなんだ?)

 ガッディアには、【分身】を使わなかったことを指摘された。
 だから、それを使うことが正しいと考えていた。

 しかし、あの時のララクは戦闘に備えて体力と魔力が万全な状態だった。もし、魔力が尽きて戦えなくなったとしても、勝負に負けるだけで死ぬわけではない。

 今の状況と、前の戦いでは戦況がまるで違う。

 今、ゼマと戦っているアイアンデーモンは容赦なく命を奪ってくる怪物だ。

 ララクは両者の戦いに目を移すと、ゼマの動きに注目した。

 彼女は時間稼ぎの間、何度かアイアンデーモンの攻撃をその見に受けていた。
 完全に力負けしている彼女の行動は、無謀ともいえる。

 しかし、回復スキルで瞬時に傷を癒し、戦闘力の差を埋めている。

 元々、彼女の戦闘スタイルは、大雑把にみえた理にかなったものだ。

「そうか。ゼマさん、ボク、分かったかもしれません」

 そのつぶやきは、戦闘中のゼマの耳にも届いた。
 聞く耳を立てる余裕はまだあるようだ。
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