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第86話 本当の想い

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「……ん、おいカリーエ! 後ろだ」

 それをいち早く感知したのは、先頭のディバソンだ。彼が後ろを振り返ると、すでに狼の集団につけられていたことに気がつく。

「っは、しまったっ」

 カリーエは咄嗟に振り返る。しかしその時にはもう、山岳ウルフの1体が彼女へと飛び掛かっていた。
 彼女は防御のために腕を前に出す。

 すると、その部分に山岳ウルフががぶりと噛みついた。

「ぐぅうぅっ!」

 カリーエは歯を食いしばってその痛みを耐える。腕からは血が流れだしており、そのまま山岳ウルフは腕から離れない。

「カ、カリーエさん!」

 すぐに【ヒーリング】を発動しようとする。しかし、他の山岳ウルフたちがこちらを狙ってきているのでそんな余裕はない。それに、彼女の腕から引きはがさない限り、痛みが襲い続ける。

 彼女は振り払おうとすると、それに抵抗した狼の噛みつきがひどくなると考え、その場で耐え続けた。仲間が助けてくれるのを信じて。

「フィフス【ロックブラスト】!」

 斜め下にいる山岳ウルフの数に合わせ、岩石の塊を生成する。大きさはウルフよりも一回りでかい。
 そしてそれを、正確に山岳ウルフへと放った。

 まだ飛び掛かっていない4匹のウルフはそれを軽々と避ける。威力は高い分、速度は残念ながら出ない。回避されたそれは、地面にぶつかり散開する。

 しかし、カリーエの腕に噛みついたままの山岳ウルフは身動きが取れない状態だ。つまり、それを避けることは不可能だ。

「グルゥゥウ、ッギャ!」」

 胴体に岩石を打ちつけられたその狼は、甲高い声を上げながら、彼女の元から離れて吹っ飛んでいく。
 だが、まだ動けるようで、上手く着地をして他の4匹と合流する。

「っぐ、はぁはぁ」

 カリーエの腕にはひどい歯跡が残っていて、もう少しで噛みちぎられるところだった。牙が抜かれたことにより、せき止める物がなくなり赤い血がダラダラと流れていく。

「おいお前ら、こっちだ!」

 ディバソンは戦わずに、逃げることを選んだ。しかし、彼はそのまま上へと登っていく。山岳ウルフは下にいるので、下ることは無謀だ。
 だが、整備されたいないとはいえ、道をそれて横道へと逃げることも出来た。

 山を駆け上ることは体力も使うし、スピードが出にくい。坂を走るのだから当然だ。

 他の2人はリーダーの指示にしたがって、戦闘はせずに彼の後をついていく。

 山岳ウルフたちはその後を追って、強靭な脚を使って山をすいすいと登ってくる。ディバソンの【ロックブラスト】で距離を開けたとはいえ、このままではすぐに追いつかれる。

 腕に深手を負ったカリーエがこのまま戦闘を行うのはかなり厳しい状況。かといって、ヒーラーのララクが戦闘補助を出来るわけでもない。
 彼の回復スキルでは、腕を完治させるのに相当時間がかかる。

 窮地に立たされたわけだが、すぐにその状況は打破される。

 少し山を駆け上った時のことだ。

「あれ、狼たちが」

 ララクは気がついた。勢いよく駆け上っていた山の暗殺者の動きが、ある一定の場所を境にぴたりと静止したのだ。目はぎらついたままでこちらをロックオンしたままだ。しかし、息を吐きながらただ見ているだけだ。

「この辺はまた別のモンスターのテリトリーだ。あいつらは臭いに敏感で、野性のくせにルールは守る。
 逆にいえば新手がくるかもしれねぇ。あの岩陰でお前はカリーエを癒せ」

 大声で笑うのが彼の特徴的なところなのだが、仲間が傷を追っているので笑顔を見せずに的確に指示を行った。

 少し山道をそれて、雨風をしのげるような巨大で丈夫そうな大岩の元へと移動する。

 ララクとカリーエはそこに座り込んで、治療に当たった。影にもなっているので、姿を隠すのには最適だ。

「おれはその辺を見回ってくるぜ。おまえらも何かあったらすぐに知らせろよ」

「分かった、師匠……」

 痛みを我慢しているので、かなり弱弱しさのある声で師匠であるディバソンをみる。

「死にはしねぇさ」

 安心させるためか、白い歯を彼女に見せて、ディバソンは周辺に外敵がいないか探しに行く。また山岳ウルフのようなモンスターに襲われればひとたまりもない。

「回復しますね。【ヒーリング】」

 ララクは指示通り、彼女の腕に回復スキルをかける。【ヒーリング】の回復量の少なさに加え、レベルもまだそこまで高くないので、より回復スピードは遅い。
 結局、戦闘中に回復できなければ、こうやって非難した際にポーションを飲むのと大した変わりはない。
 あの時、ララクが【クイックヒーリング】などの即効性のある回復スキルがあれば、戦況は変わっていただろう。

 カリーエの腕は徐々にだが、穴の開いた部分が塞がっていく。出血がひどいので、元通りになるにはやはり時間がかかりそうだ。

「すみません。ボクがすぐに治療出来たら良かったんですけど」

 彼は撤退を余儀なくされたことを自分の責任だと感じている。これまで他のパーティーに所属していた時に、こういった場面が多かったのだ。
 特にタンクがいないパーティーでは、ヒーラーがいないとダメージがどんどん増えてくこともある。

「気にしないでくれ。これは私の責任さ。後方の敵に私が一番先に気がつかないといけなかったんだ」

 後方を任されたわけだが、彼女は山岳ウルフの動きに気がつかなかった。山岳ウルフは音もなく山を登る隠密行動に長けたモンスターだ。
 しかし、それを常に頭に置いておけば、警戒心が高まりすぐに気がつくことも可能だろう。

「一番先頭の師匠が気がついたっていうのに。私もまだまだ、半人前さ」

 年齢は20代前半と、大人びて見えるのだが、まだ成長途中の段階と言えるだろう。

「ディバソンさんってほんと凄いですね。山のことを熟知している」

 山に詳しいということは、そこに生息するモンスターにも詳しいということだ。だが、自然には数えきれない数の生物が蠢いている。

 それを完璧に把握するためには、長年の努力と経験が必要不可欠だろう。

「ああ。まぁ、性格は大ざっぱだけど、山に来れば頼りになる人さ」

 カリーエは痛みが少しづつ引いてきていることもあって、表情に余裕が出てきた。

「尊敬、しているんですね」

 彼女の言葉から、その気持ちがひしひしと伝わってくる。

「ああ。私は師匠を超えたいんだ。だから、まだまだ教えて貰うことが山ほどある」

 カリーエは周辺を警戒して歩いて回っているディバソンを見つめる。岩陰から微かに彼の巨体が見える。

「師弟関係、ってなんだかいいですね」

 特定のパーティーに居続けられたことがない彼にとって、信頼関係を構築している彼らは微笑ましくもあり羨ましくも感じるのだろう。

「そうかい? それと、私にはもう1つ目標があるんだ」

「なんですか?」

 彼女はディバソンを目で追う。そしてちょうど、岩陰から彼の背中が見えた時だった。

「私は師匠を超えて、師匠に頼られたいんだ。あの人みたいなでっかい背中になりたいのさ。それでお互い切磋琢磨していく。
 そんな関係になれたらいいなって。はは、半人前の私が何言ってるんだろ、って感じだろう?」

 彼女は遠大な目標を掲げる自分に半ば呆れた様子で笑う。
 だが、ララクはそんな彼女に同調せずに話を聞いていた。

「いえ。いい目標じゃないですか。陰ながら応援しています」

 ララクはその日、カリーエが語ったことを忘れていなかった。
 彼は聞いていたのだ。
 彼女の本当の想いを。

 そしてそれを、伝えなければいけない人がいる。

 それは、今目の前にいる変わり果てたその師匠・ディバソンだ。

「彼女はあなたのことを見捨てたりなんかしない。あなた共に、歩んでいきたかったんだ。
 だから目を覚まして。弟子思いのあなたを」

 アイアンデーモンと成り果てたディバソンに、彼女の思いを届ける。ゴツゴツと鉄の塊が動いており、完全に取り込まれている状態だ。

 しかし、顔も鉄で覆われて異物な形をしているが、彼の目だけははっきりと見える。

「……カリーエが、そんなことを」

 遥か先の目標だったがゆえに、気恥ずかしくてカリーエはそれを師匠には伝えていなかった。その結果、彼との間に齟齬が生まれてしまった。

「だから、こんなことはやめよう」

 ララクは彼を説得しようとしていた。自分に襲い掛かってきたわけだが、そんな彼も救おうとしている。

「おれは……おれは……」

 キレが悪くなるディバソン。彼もまた、カリーエとの思い出を振り返っている。彼にとって、彼女が大切な弟子であることに変わりはないはずだ。

 考え込みだすディバソンだったが、それを阻むものがいた。

 アイアンデーモンの本体が、さらに激しく振動し始める。彼の体を完全に乗っ取ろうしているのだ。

「っぐ、ぐぅうぅ。や、やめろぉぉぉ」

 ディバソンは呻きだし苦しみだす。共生していたはずの両者が、反発しだしていた。

「ディ、ディバソンさん!?」

 もがき苦しむその姿を見て、ララクは状況の変化に驚く。どうして急にアイアンデーモンが活発に動き出したのか。
 その答えは極めてシンプルのなものだった。

「よく分かんないけどさ、抵抗する程支配されやすいっていうなら、説得は逆効果だったんじゃないの?」

 ゼマはここに来てから知り得たアイアンデーモンの情報を頼りに、彼女なりに分析していた。

「そんな。ボクが余計なことを」

 カリーエの秘密の目標を伝えたがゆえに、ディバソンが思い返すきっかけを作り出した。しかしそれがトリガーとなり、アイアンデーモンに主導権が移りつつあるのだ。

「ぐうぅっぉぉぉぉおぉ」

 ディバソンの体は完全にアイアンデーモンへと飲み込まれていった。ディバソンの目もアイアンデーモンの物へと変化している。
 完璧な鉄の悪魔へと変貌したのだ。

「とにかくさ、やるしかないんゃないの?」

「……はい。ディバソンさんを元に戻します!」

 ゼマはアイアンロッドを構え、それに合わせてララクも戦う決意を固める。
 鉄部分を剥がせば、元の姿へと戻すことが出来るのは、他の子体で確認済みだ。

 ララクたちは、ディバソンをアイアンデーモンから引きはがすために、戦いを覚悟するのであった。
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