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第75話 帰路

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「そうだ、最後にもう1つ質問をしてもいいか?」

 もう夜も遅くなってきていたので、そろそろララクを宿に帰そうと思ったようだ。

「もちろん」

「先の戦いのことだ。キミの動きは見事だった。俺たちの動きを完璧に読み、先手を打っていた。あの【テレポート】の使い方には驚いたよ。まさか、こちら側も対象内だったとは」

 試合が大きく動いたのは、ララクが【グランドウォール】でデフェロットたちを分断してからだ。そして、【テレポート】を巧みに使って相手の意表を突いた。

「どうも。そこまで言われると、なんだか照れますね」

 軽く髪を触りながら、目をキョロっと動かした。もしかすると、経験上褒められ慣れていないのかもしれない。

「だが、キミならもっと何か出来だはずだ。例えば、【分身】を使う、とかな」

 隣に座っているララクへと顔を向ける。冷めた表情というわけではないが、真顔に近かったので少々威圧感があった。
 彼の言った言葉自体が、ララクには突き刺さるようで、一瞬だけ唾を飲み込み黙っていた。

「……【分身】ですか」

「ああ。あれがあれば、一気に数的優位を作れたはずだ。何故それをしなかったのか、気になったものでな」

 ララクが初めて【追放エナジー】を使用して戦ったケルベアスとの戦闘。彼は3つの頭を同時に切断するために、【分身】を使用して3人に増えていた。
 このスキルは希少かつ強力な物のため、ガッディアは鮮明に記憶していたようだ。

「何故、ですか。魔力消費が激しいですし、操作しなければいけないので意外と使いこなすのが難しくて。まだ、練度が足りないかなって」

 彼の言った言葉に嘘はない。パッシブスキルである【嘘鼻】が発動していない。
 だが、この事をガッディアは知らないはずだが、彼の説明に納得がいっていない様子だった。

「本当にそれだけか?」

「……適わないですね。今回の戦いは2対2でした。なので、それを使ってしまうとルール違反かなって」

 ララクは嘘をつくとすぐに判明するが、隠し事をしたところで何のスキルも発動はしない。彼が表に出していない感情は、思いのほか多いのかもしれない。

「合点がいったよ。まぁ、キミがそう感じるのも分からなくはないが」

「でも、それを使ったとして、戦況が優位に変わるかどうかは、今となっては分かりません。ボク的には、ゼマさんと上手く連携出来たので、満足ではあるんですけど」

 結局、ハンドレッドは疾風怒濤に勝利をした。結果が全てというわけではないが、これを喜ぶことは勝者の当然の権利だ。

「ララク。これから言う事は、俺の戯言だと思って聞いてくれ。少し、説教じみたことを言う」

「……はい」

 いつになく声の低いガッディアを見て、ララクは背筋を伸ばす。何を言われるのかに心当たりはなかったが、自然と緊張感が押し寄せる。

「キミのその力を、羨ましい、ずるい、と思う連中がこれから数多く現れるだろう。かくいう私も、若者の成長速度に羨んでばかりだ。
 だがな、そんなことは気にしなくていい。
 キミは全力で戦えばいいだけだ。
 何故なら、その力はキミが諦めずにここまで歩んできた証なんだからな」

 隠れスキルを得るための獲得条件の達成度は、ララクの場合は消えることは決してない。すでに100回も追放されているのは紛れもない事実だ。
 不名誉、と捉えるものもいるかもしれない。
 他のパーティーに迷惑をかけてきたかもしれない。

 だが、途中で夢を諦めずに進んできたことで、ララクがこうして成長できたことは、彼のとって誇れることだろう。

「……全力で、戦う。このスキルたちは、もうボクの力ってことなんですもんね」

 ララクは手にある紋章に視線を移す。
 自分では全力を出し切っていたつもりでも、無意識的に力をセーブしてきた可能性はなくはない。
 それに、まだ全てのスキルを使いこなして、組み合わせたわけではない。

「ああ。それに今回、改めて感じたよ。キミは人のことをよく覚えている。だから、スキルを使いこなすことが出来ている。
 正直、俺が同じスキルを得たとしても、かなり悪戦苦闘することだろう。
 素直に尊敬しているよ」

 一回り以上も年の離れている冒険者ではあるが、ガッディアは彼のことを正当に評価していた。
 きっと、それを言葉にして伝えたほうが、彼にとって為になると判断したのだろう。

「ありがとございます。今は素直に受け取っておきます。自分ができることを、全力でやりたいと思います」

 ララクは静かに燃える熱を胸に、ガッディアに宣言をする。一朝一夕で使いこなすことは出来ないだろう。これから様々な出来事を通じて、彼はより冒険者として成長していくことだろう。

「その意気さ。すまんな、時間をとってしまった」

「いえ、非情にありがたかったです。っあ、そうだ。これ、お礼ってわけではないんですけど」

 ララクは亜空間を作り出す【ポケットゲート】のスキルを発動した。黒と紫色の小さな渦のようなそれには、モンスター図鑑や旅の道具などが収納されている。

 これも希少スキルではあるので、しれっと使ったことにガッディアは少し驚いていた。

 そこからララクは、ある石を取り出した。

「それは、なんだい?」

「市場で買ったリンク石です」

「なぜ、それを?」

 持ってはいないが、ガッディアは知識としてそれを知っていた。一見、四角い石板状の石にしか見えないので、リンク石かどうかは分からなかったようだ。

「もともとはパーティー用に買ったんですけど、良かったら貰っていただけませんか? もしガッディアさんに危険がせまったら、これに魔力を流し込んでみてください。
 【テレポート】を使って、すぐに駆け付けます。全力で」

 リンク石を差し出すと、遠慮しそうになりながらガッディアはそれを受け取った。先程ララクに助言した手前、この提案を断るわけにもいかなかった。素直にご厚意として受け取ることにした。

「キミが来てくれるのであれば、安心して戦えるな。しかし、キミの冒険を邪魔するのは俺としては避けたいことだ。だから、いざという時のために使わせてもらうよ」

「はい、遠慮なくどうぞ」

 リンク石を受け取ってしまったガッディアは、ベンチから立ち上がる。帰ろうとする意志がララクに伝わり、彼も立ち上がる。

「それと、迷惑じゃなければ【テレポート】で送ってきましょうか? もう、だいぶ魔力は回復したので、往復できると思います」

 今日の団体戦で、ララクはすでに大量の魔力を消費してスキルを発動していた。戦闘終了時でも、まだ余力は残っていた。しかし、【テレポート】は効果が強力すぎる分、燃費は良くない。

「そうか。いや、今回はいいさ。少しモンスターと戦いながら、帰るとするよ。俺も俺なりに強くないたいとは思っている。
 死なないためにな」

 戦いで死なないために戦う、矛盾しているように思えるが、それをするのが冒険者の性というやつだ。
 疾風怒濤とは目標の違いで道はそれることになったが、冒険者としての成長を諦めたわけではない。

「分かりました。お気をつけて」

「ああ。そっちも、良い旅になることを祈っているよ」

 2人はお互いに軽く手を振りながら、その場を後にした。

 ガッディアはこのまま、ジンドの街に帰るために山を下りるつもりだ。途中で、野宿をすることになるだろう。
 1人での山登りは非常に危険だ。おちおち眠りにもつけないだろう。

 しかし今は、そんな状況を望んでいた。

 危険なくして危険には立ち向かえない。

 彼の目標は安定だが、そのためにはこれからも戦い続ける必要がある。

「ふぅ、俺も日々精進しなければな。パパ、頑張るぞ~」

 街にいる家族の元を目指し、守護戦士ガッディアは首都を去っていくのだった。
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