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第73話 ララクとガッディア
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ガッディアは「平原の狩人」を出ると、宿屋に来ていた。しかし、荷物は全て手元にあるので、本来なら用はない。
パーティーを分かれた手前、ここで一晩過ごすというわけにもいかない。
部屋に戻ったら自分がいることに驚く、元パーティーメンバーたちの驚いた顔を見るのは、それはそれで面白そうとは考えたが。
つまり、ここには別の用事があって来ていたのだ。
宿屋に入ると、彼は2階に上がっていく。
そして自分が使っていた部屋にはいかずに、少し手前で止まる。
そこには別の客室の扉があった。そして、ここに今いる者たちのことを彼はよく知っている。
「夜分遅くにすまん。ガッディアだ」
扉を軽くノックして、中にいるであろう知り合いに向けて声をかけた。
「はーい、どうした?」
出たのは風呂に入って部屋着に着替えていたゼマ・ウィンビーだった。髪がまだ濡れている。2人が初めて会った時も、ゼマが風呂からあがったばかりの時だった。
名前をすでに言っていたので、扉を叩いたのが誰か分かっていた。なのでフランクな喋り方で彼女は対応した。
「どうも。ゼマ、だったな」
2人は戦闘を行った仲だが、そこまで親しく話したわけではない。思い返すと彼女と一番話をしたのは、食って掛かっていたデフェロットのほうだ。
「そうだよ、ガッディア」
彼女が事前に名前を憶えていたかは分からないが、今さっき名乗ったばかりなので間違えるはずはなかった。挨拶の時はまずは自分から名乗るとスムーズに進むものだ。
「ララクはいるか? 少し話をしたい。それとも風呂に入ってしまったか?」
すでに湯に体を使っているのなら、外に連れ出すのは申し訳ない。そう思ったようだ。
「いえ、まだですよ」
そう答えてゼマの後ろからやってきたのは、まだ装備服のままのララク・ストリーンだった。先の戦いで重傷だったのにもかかわらず、傷は全くなかった。装備品はかなり傷がついているので、手入れが必要だろう。
「なんか、あんたに用があるみたいよ。付き合ってあげれば?」
「もちろんです。外に出ますか?」
即答でガッディアと話すことを了承する。自分を目当てにここに来てくれたことを喜んでいるようにもとれる態度をしている。
「あぁ。といっても、大した話はないがな。少し2人きりで話したい気分なんだ」
「そうでしたか。じゃあ、少し出掛けてきます」
「いってら。留守番は任せなさい」
軽口を言いながら、ゼマは2人を見送った。
ガッディアがララクを連れてやってきたのは、首都にあるちょっとした広場だった。地面はタイルで敷き詰められていて、ベンチがいくつかある。宿屋からはそこまで遠くはない。
夜中なので周囲の街灯が2人を照らした。そして、同じベンチに座り込んで話はじめた。冒険者が座っても大丈夫なように、ベンチはかなり頑丈に作られている。
「今日は良い戦いだった。負けはしたが、楽しかったよ。対人戦なんて久しぶりだったからな」
今回の試合はもちろん真剣勝負だ。しかし、元々がデフェロットの私情から始まったことだ。なので、真面目に戦いつつもガッディアはどこか楽しんでいた節があった。
常にモンスターと命をかけた戦いをしていると、たまには純粋に力を培うためだけの戦闘も恋しくなるというものだ。戦闘はある種のコミュニケーションでもある。
そこでしか分からないこともたくさんあるだろう。
「確かにボクも楽しんでいました。ガッディアさんの鎧にどんな攻撃が効くのか試すときは、実験をしているみたいで、わくわくしていた気がします」
少しドライな時もある彼だが、好奇心にはわりと真っすぐに向き合うことが多い。疾風怒濤の戦い方は何度も見てきて知ってはいた。が、新しい姿となれば話は変わってくる。
「実験か、すると俺はキミの実験台のマウス、といったところか」
「っえ、マウスだなんてそんな。それにあんな大きくて硬いネズミがいたら、怖すぎますよ」
「冗談さ」
「あ、冗談ですか」
2人はクスっと笑いあう。彼らは親子というには、もう少し年齢が離れている必要がある。が、それでも気の合う親子のように、ここを訪れた人たちは思うことだろう。
「そうそう、キミが言っていた通り、あのゼマという女性はとんでもない人物だったな。ヒーラーは背後で回復役に徹する、という既存概念を覆されたよ」
冒険者はパーティー文化を重視していると言える。なので、必然的に役割がはっきりしていく。
そのイメージがこべりついていたが、ゼマの鬼気迫る戦い方を見て彼の意識がガラッと変わったのだ。
「ボクも同じです。一応、同じヒーラーとして勉強になりました。参考にはならないですけど」
彼女の悪口を言ったわけではないが、ララクは少しだけ笑いを含ませながらそう言った。
「この世界にはまだまだ知らないことだらけだ。やはり、経験をするには旅が必要だな。可愛い子には旅をさせろ、とはよく言ったものだ」
ララクと話してみて、自分がやったことは間違っていなかった、そう思えた。そして実の子供である娘を育てる時にも、それを忘れないようにしようと心に刻んだ。
「どうか、したんですか? そういえば、そもそもなんでボクを訪ねてきたんですか?」
模擬戦の話でそのことをまだ聞いていなかったことに気がついていた。こうして2人きりでガッディアと喋ったことなど一度もなかった。
パーティーを分かれた手前、ここで一晩過ごすというわけにもいかない。
部屋に戻ったら自分がいることに驚く、元パーティーメンバーたちの驚いた顔を見るのは、それはそれで面白そうとは考えたが。
つまり、ここには別の用事があって来ていたのだ。
宿屋に入ると、彼は2階に上がっていく。
そして自分が使っていた部屋にはいかずに、少し手前で止まる。
そこには別の客室の扉があった。そして、ここに今いる者たちのことを彼はよく知っている。
「夜分遅くにすまん。ガッディアだ」
扉を軽くノックして、中にいるであろう知り合いに向けて声をかけた。
「はーい、どうした?」
出たのは風呂に入って部屋着に着替えていたゼマ・ウィンビーだった。髪がまだ濡れている。2人が初めて会った時も、ゼマが風呂からあがったばかりの時だった。
名前をすでに言っていたので、扉を叩いたのが誰か分かっていた。なのでフランクな喋り方で彼女は対応した。
「どうも。ゼマ、だったな」
2人は戦闘を行った仲だが、そこまで親しく話したわけではない。思い返すと彼女と一番話をしたのは、食って掛かっていたデフェロットのほうだ。
「そうだよ、ガッディア」
彼女が事前に名前を憶えていたかは分からないが、今さっき名乗ったばかりなので間違えるはずはなかった。挨拶の時はまずは自分から名乗るとスムーズに進むものだ。
「ララクはいるか? 少し話をしたい。それとも風呂に入ってしまったか?」
すでに湯に体を使っているのなら、外に連れ出すのは申し訳ない。そう思ったようだ。
「いえ、まだですよ」
そう答えてゼマの後ろからやってきたのは、まだ装備服のままのララク・ストリーンだった。先の戦いで重傷だったのにもかかわらず、傷は全くなかった。装備品はかなり傷がついているので、手入れが必要だろう。
「なんか、あんたに用があるみたいよ。付き合ってあげれば?」
「もちろんです。外に出ますか?」
即答でガッディアと話すことを了承する。自分を目当てにここに来てくれたことを喜んでいるようにもとれる態度をしている。
「あぁ。といっても、大した話はないがな。少し2人きりで話したい気分なんだ」
「そうでしたか。じゃあ、少し出掛けてきます」
「いってら。留守番は任せなさい」
軽口を言いながら、ゼマは2人を見送った。
ガッディアがララクを連れてやってきたのは、首都にあるちょっとした広場だった。地面はタイルで敷き詰められていて、ベンチがいくつかある。宿屋からはそこまで遠くはない。
夜中なので周囲の街灯が2人を照らした。そして、同じベンチに座り込んで話はじめた。冒険者が座っても大丈夫なように、ベンチはかなり頑丈に作られている。
「今日は良い戦いだった。負けはしたが、楽しかったよ。対人戦なんて久しぶりだったからな」
今回の試合はもちろん真剣勝負だ。しかし、元々がデフェロットの私情から始まったことだ。なので、真面目に戦いつつもガッディアはどこか楽しんでいた節があった。
常にモンスターと命をかけた戦いをしていると、たまには純粋に力を培うためだけの戦闘も恋しくなるというものだ。戦闘はある種のコミュニケーションでもある。
そこでしか分からないこともたくさんあるだろう。
「確かにボクも楽しんでいました。ガッディアさんの鎧にどんな攻撃が効くのか試すときは、実験をしているみたいで、わくわくしていた気がします」
少しドライな時もある彼だが、好奇心にはわりと真っすぐに向き合うことが多い。疾風怒濤の戦い方は何度も見てきて知ってはいた。が、新しい姿となれば話は変わってくる。
「実験か、すると俺はキミの実験台のマウス、といったところか」
「っえ、マウスだなんてそんな。それにあんな大きくて硬いネズミがいたら、怖すぎますよ」
「冗談さ」
「あ、冗談ですか」
2人はクスっと笑いあう。彼らは親子というには、もう少し年齢が離れている必要がある。が、それでも気の合う親子のように、ここを訪れた人たちは思うことだろう。
「そうそう、キミが言っていた通り、あのゼマという女性はとんでもない人物だったな。ヒーラーは背後で回復役に徹する、という既存概念を覆されたよ」
冒険者はパーティー文化を重視していると言える。なので、必然的に役割がはっきりしていく。
そのイメージがこべりついていたが、ゼマの鬼気迫る戦い方を見て彼の意識がガラッと変わったのだ。
「ボクも同じです。一応、同じヒーラーとして勉強になりました。参考にはならないですけど」
彼女の悪口を言ったわけではないが、ララクは少しだけ笑いを含ませながらそう言った。
「この世界にはまだまだ知らないことだらけだ。やはり、経験をするには旅が必要だな。可愛い子には旅をさせろ、とはよく言ったものだ」
ララクと話してみて、自分がやったことは間違っていなかった、そう思えた。そして実の子供である娘を育てる時にも、それを忘れないようにしようと心に刻んだ。
「どうか、したんですか? そういえば、そもそもなんでボクを訪ねてきたんですか?」
模擬戦の話でそのことをまだ聞いていなかったことに気がついていた。こうして2人きりでガッディアと喋ったことなど一度もなかった。
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