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あの時、めちゃめちゃに混乱ていても、赤ん坊の生活を強いられた。
理解が出来てなくても時は進んでいくから嫌でも自分の頭は落ち着いた。

どうやら私は本当に私がプレイしていた『ドラゴンナイト』の世界に来てしまったようだった。
しかも、推しに成り代わるという形で。

夢かとも思ったけれど、何度寝ても、何日経っても覚めない夢をもう夢と呼ぶことは出来なくて、私は諦めてカイン・ヒルデガルドという人間を演じて生きていた。
カイン・ヒルデガルドになって、もう13年が経とうとしていた。

「カイン!何度言ったらわかるんだ!踏み込みが遅いと言ってるだろう!!」

「はい!」

「お前はヒルデガルド家の跡取りだぞ!躊躇なんてしてる暇はない!」

男として生きるのは、次第に慣れていった。最初は推しに成り代わりなんて解釈違いすぎて辛かったけど、私がカインくんを殺してしまったのだから、せめて原作に影響が出ないように完璧にカインくんを演じきらなければと思ったのだ。

カインくんの体はさすがカインくんと言うべきか、想像した行動はある程度できた。それでも原作のカインくんみたいに扱うには血が滲むような努力が必要だったけれど、頑張るしかなかった。

「……もういいカイン」

「っ!俺はまだできます!!」

「いいや、時間だ。今日はお前に会わせねばならない奴がいる。」

そう父に言われてやっと思い出す。
カイン・ヒルデガルドが13歳の時、弟ができる。これは公式では明かされていない事実だった。

おかしいとは思ってた。だってカインくんの一個下であるはずの弟が今の今までいなかったのだから。13歳に来るというのに気づいたのも、カインくんになってから何年かしてからだった。

ヒロインに小さい頃の弟の話を聞かれた時にカインくんは12歳から前のあいつを俺は知らないと言っていたことを思い出したのだ。

本当に公式は裏話を隠すのが上手いと思った。誰もそれで弟と血が繋がってないなんて思わないわ!
しかも名前も出てこない弟の話なんて覚えてる人の方が少ないでしょ!

「紹介しようカイン。今日からお前の弟になるアベルだ。明日からはお前と一緒に訓練にも参加する。」

父の横に立ち、自信なさげに目線を下に向け続けるアベルと呼ばれた弟がいた。
スチルではよくわからなかったけど改めてみるとカインくんと弟は全然似ていなかった。

カインくんは、仕事の時にはフードで隠さないといけないオレンジに近い茶色の髪と、優しい茶色の瞳。
だけれど弟は闇に紛れてしまいそうな真っ黒な髪と血のように赤い目を持っていた。

血が繋がってないんだから当たり前なんでしょうけど。

「今日の訓練はもういい。アベルに屋敷内を案内するように。わかったな?」

「はい……俺はカイン。カイン・ヒルデガルドだ。今日から君の兄になるから、よろしくな…。」

「…よろしくお願いします。……兄さん」

するとアベルは先程までは下に向け続けていた目線を次はこっちに向けてきた。

向けられた赤色の奥には、スチルで見た時と同じようなドロドロとした憎しみが見え隠れしているような気がして、体が自然と固まって動かなくなる。

「……兄さん?」

「カイン。どうした?」

「い、いえ…行くぞアベル。屋敷を案内する。」

「はい。」

私が彼に向けるのはもともとカインくんの幸せを邪魔してくる怒りだったけれど、ここに来てから変わった。怒りから恐怖になっていたのだ。当然なのかもしれない。だって自分を殺す可能性がある相手が目の前にいるのだから。

でも私が怖くても俺は怖がっちゃいけない。だって、カインくんは最後まで弟を家族として大切に想っていたから。
私はそう自分に言い聞かせて後ろを大人しくついてくるアベルに声をかける。

「ここがアベルの部屋になるらしい。俺の部屋の隣。だから何か困ったことがあったらすぐに来ればいい。」

「……わかりました。」

アベルに屋敷内を案内している間にわかったことがある。
それはアベルは普段めちゃくちゃ口数が少ないことだ。ゲームでは最後の対決シーンの時しか喋らなかったし、その時はカインくんに散々ひどいことを言っていた。

それを聞いたカインくんは悲しそうにやっぱりなって言うんだ。思えばもしかしたらカインくんはすでに気付いていたのかもしれない。アベルが自分に向ける憎しみの目に。
だって私が気づくぐらいだもん。カイン君が気づかないはずがない。

カインくんは小さいころから王家の懐刀として教育を受けてたんだ。訓練も何も受けてない子供の感情なんて感じ取れないわけないもん。

「…兄さんは、愛されているんですね。」

ボソッと呟かれた言葉はどこまでも暗かった。
憎しみや怒り、嫉妬などが入り混じっているであろうその言葉は油断していればとり逃してしまいそうな声だった。
隣を見れば先ほどと変わらない目を向けてくる物静かなおとなしい少年がいる。

「今日は疲れただろう。明日からはアベルも訓練に混ざるってお父様が言っていたからもう休んだ方がいい。」

「……」

「お休みアベル。いい夢を」

さっきの言葉を最後に何も言わなくなったアベルを置いて、私はアベルの目から逃れるように部屋に入った。
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