1 / 6
序章
しおりを挟む
石原莞爾少将が、新京に着いてから、たった1時間で、辻政信大尉の胃は痛み出した。
「だから、例の禿の上等兵はどこに行ったのだ?」
「石原閣下、ですから、東條閣下の事をその様に呼ぶのは……」
「なら、聞こう。小職が東條事務官に面会を申し込んでいる事は、あの禿には伝わっているのか?」
「は……はい、一応……。あ……せめて、その東條閣下の事は……」
「判った。貴公に免じて、禿だの上等兵だの事務官だのと呼ぶのは、やめる事にしよう。例え陰口であってもな」
「御理解いただき感謝いたします」
「では、改めて、小職の最初の質問に答えてもらおう。あの憲兵上がりは、今、どこに居る?」
「いや、その……殺人事件の調査に……」
「あいつは、気は確かなのか? それが、関東軍参謀長の仕事か? 部下には規則遵守を五月蝿く言っている癖に、自分は、職務時間中に職務外の事をやっているのか? それとも、そんなに古巣が懐しいのか? ならば、ヤツに『退役するまで憲兵をやってろ』と伝えていただこうか」
昨年、関東軍参謀部に配属された辻政信の上官の上官の……ともかく、上官を辿っていけば、関東軍参謀長である東條英機に行き着く。
一方で、帝国陸軍参謀本部・作戦部長の石原莞爾は、辻政信が最も尊敬する人物の1人だ。
そして、辻政信にとって、最大の問題は、この2人が犬猿の仲だと云う事だった。
「い……いえ、東條閣下も、その内戻られると思いますので……」
「時に、そもそも、殺人事件と言うが、何が起きたのだ?」
「はい……農商務省から出向されて、満洲国・産業部次長を勤められている岸信介氏の邸宅で……」
「あの国賊野郎が死んだのか。それは目出度い。ヤツは確実に国に害を成す思っていたが、くたばってくれたか。たとえ、ヤツの代では大した事をやらかさずとも、ヤツを血脈を断たねば、ヤツの子孫から日本を滅ぼしかねぬ奸物が出る、と云うのが小職の持論でな。不幸にして犯人が捕まったのなら、小職は、裁判所に温情ある判決を出すよう嘆願する事にしよう」
「残念ながら死んでおりません……。被害者は岸信介氏とは無関係な通行人で、たまたま、岸信介氏の邸宅に投げ込まれたものと思われます。いや、それに岸信介氏には感心出来ぬ点も多々有りますが、国賊とは……いささか不穏当では……?」
「『国賊』とは、本来、マヌケな権力者に諂う者の意味だぞ。東條の男妾の岸にピッタリ……」
「閣下、やめて下さい。人に聞かれては……」
「なんだ、貴公も口が悪いと聞いていたが、噂より肝が小さいようだな。それは、ともかく、被害者が岸でないなら、猶の事、何故、関東軍参謀長が自ら殺人事件の調査などをやっている? 確かに、何者かの死体が満洲国の高官の邸宅に投げ込まれるなどとは奇妙な事件だが……」
「閣下、少々、誤解が有るようですが……」
「何だ?」
「司法解剖の結果、被害者は、岸信介氏の邸宅に投げ込まれた時点では生きていた可能性が大であるとの事です」
「はぁ?」
「被害者は岸信介氏の邸宅に生きたまま投げ込まれ……庭の地面に激突して死亡したと見られております」
「だから、例の禿の上等兵はどこに行ったのだ?」
「石原閣下、ですから、東條閣下の事をその様に呼ぶのは……」
「なら、聞こう。小職が東條事務官に面会を申し込んでいる事は、あの禿には伝わっているのか?」
「は……はい、一応……。あ……せめて、その東條閣下の事は……」
「判った。貴公に免じて、禿だの上等兵だの事務官だのと呼ぶのは、やめる事にしよう。例え陰口であってもな」
「御理解いただき感謝いたします」
「では、改めて、小職の最初の質問に答えてもらおう。あの憲兵上がりは、今、どこに居る?」
「いや、その……殺人事件の調査に……」
「あいつは、気は確かなのか? それが、関東軍参謀長の仕事か? 部下には規則遵守を五月蝿く言っている癖に、自分は、職務時間中に職務外の事をやっているのか? それとも、そんなに古巣が懐しいのか? ならば、ヤツに『退役するまで憲兵をやってろ』と伝えていただこうか」
昨年、関東軍参謀部に配属された辻政信の上官の上官の……ともかく、上官を辿っていけば、関東軍参謀長である東條英機に行き着く。
一方で、帝国陸軍参謀本部・作戦部長の石原莞爾は、辻政信が最も尊敬する人物の1人だ。
そして、辻政信にとって、最大の問題は、この2人が犬猿の仲だと云う事だった。
「い……いえ、東條閣下も、その内戻られると思いますので……」
「時に、そもそも、殺人事件と言うが、何が起きたのだ?」
「はい……農商務省から出向されて、満洲国・産業部次長を勤められている岸信介氏の邸宅で……」
「あの国賊野郎が死んだのか。それは目出度い。ヤツは確実に国に害を成す思っていたが、くたばってくれたか。たとえ、ヤツの代では大した事をやらかさずとも、ヤツを血脈を断たねば、ヤツの子孫から日本を滅ぼしかねぬ奸物が出る、と云うのが小職の持論でな。不幸にして犯人が捕まったのなら、小職は、裁判所に温情ある判決を出すよう嘆願する事にしよう」
「残念ながら死んでおりません……。被害者は岸信介氏とは無関係な通行人で、たまたま、岸信介氏の邸宅に投げ込まれたものと思われます。いや、それに岸信介氏には感心出来ぬ点も多々有りますが、国賊とは……いささか不穏当では……?」
「『国賊』とは、本来、マヌケな権力者に諂う者の意味だぞ。東條の男妾の岸にピッタリ……」
「閣下、やめて下さい。人に聞かれては……」
「なんだ、貴公も口が悪いと聞いていたが、噂より肝が小さいようだな。それは、ともかく、被害者が岸でないなら、猶の事、何故、関東軍参謀長が自ら殺人事件の調査などをやっている? 確かに、何者かの死体が満洲国の高官の邸宅に投げ込まれるなどとは奇妙な事件だが……」
「閣下、少々、誤解が有るようですが……」
「何だ?」
「司法解剖の結果、被害者は、岸信介氏の邸宅に投げ込まれた時点では生きていた可能性が大であるとの事です」
「はぁ?」
「被害者は岸信介氏の邸宅に生きたまま投げ込まれ……庭の地面に激突して死亡したと見られております」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
日本入れ替えグルメ旅・られた肥後褐牛死体一頭食べ尽し
蓮實長治
ミステリー
「あれ? この死体の様子、遺族が言ってた事と食い違いが有りますよ?」
変死体の検死を行なっていた監察医は不審な点に気付くが……?
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。
ありがちなアメリカン・ジョーク?
蓮實長治
ミステリー
と見せ掛けて、何か話がヤバい方向に……果たして真実は?
※作中の残酷描写は「何かマズい事が起きたという匂わせ程度」「本当に起きたか判らない」ものですが、苦手な方は御注意下さい。
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」「note」に同じモノを投稿しています。
裁判は真実を明らかにする場ではなく、あくまで人を裁く場
蓮實長治
ミステリー
あるいは刑事裁判版「牛歩戦術」。
……それも悪夢のような。
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「pixiv」「Novel Days」「GALLERIA」「Novelism」に同じモノを投稿しています。
ポイズン ~少女は眠ったまま目を覚まさない~
closet
ミステリー
あらすじ:大屋敷内で開かれたティーパーティーに招待された少女たち。
くじ引きゲームで13のカードを引いた少女は紅茶に仕込まれていた毒薬で即死した。
その後も立て続けに、招かれた少女たちは消失していった。その中で唯一生き残ったメアリーは、メイド長の指示でメイドとして働かされる。
地下室に集まっていた他のメイドたちもティーパーティーの参加者での生き残りだということを知る。
ある時、刑事のデイビットが最近の連続少女失踪事件についてメイド長に聞き込み調査をしてきたが、すぐに帰って行った。
その翌日、メイド長は探偵とも話をするが、何かを隠し守っているようにメアリーとマーガレットには見えた。
果たしてティーパーティーで消えた少女たちはどこへ行ってしまったのか。
メイドたちの推理合戦が始まる。
※表紙画像はピクルーのsaf.Orionさん・作です。
※フーダニットよりホワイダニットに
重きを置いて書いています。
『量子の檻 -永遠の観測者-』
葉羽
ミステリー
【あらすじ】 天才高校生の神藤葉羽は、ある日、量子物理学者・霧島誠一教授の不可解な死亡事件に巻き込まれる。完全密室で発見された教授の遺体。そして、研究所に残された謎めいた研究ノート。
幼なじみの望月彩由美とともに真相を追う葉羽だが、事態は予想外の展開を見せ始める。二人の体に浮かび上がる不思議な模様。そして、現実世界に重なる別次元の存在。
やがて明らかになる衝撃的な真実―霧島教授の研究は、人類の存在を脅かす異次元生命体から世界を守るための「量子の檻」プロジェクトだった。
教授の死は自作自演。それは、次世代の守護者を選出するための壮大な実験だったのだ。
葉羽と彩由美は、互いへの想いと強い絆によって、人類と異次元存在の境界を守る「永遠の観測者」として選ばれる。二人の純粋な感情が、最強の量子バリアとなったのだ。
現代物理学の限界に挑戦する本格ミステリーでありながら、壮大なSFファンタジー、そしてピュアな青春ラブストーリーの要素も併せ持つ。「観測」と「愛」をテーマに、科学と感情の境界を探る新しい形の本格推理小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる