悪夢のAI知事

蓮實長治

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悪夢のAI知事

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「どうなってんだよ?『人前に姿を現したくない』って?」
 202X年、ネット上で政治活動を行なっていたネット上での自称「大虚おおそら薔薇虎ばらご」(なお、ネット上での批判者からの他称は「寄付金チュ~チュ~バ~」)……本名「華城はなしろ静輝」は、東京都知事選に当選した。
 だが、多数の……主に名誉毀損関係の……民事裁判の被告または原告で、しかも「このままでは日本裁判史上に残る連続敗訴記録を打ち立てる」勢いで敗訴し続けていた大虚おおそら新都知事(または華城はなしろ新都知事)は、「日本を影から支配する公金チュ~チュ~バ~陰謀団『ナンタラ集団』が自分を暗殺しようとしている」という被害妄想に取り憑かれ……もしくは、陰謀論の方がまだマシに思える馬鹿馬鹿しい理由で、そのような被害妄想に取り憑かれているフリをして……都庁・都議会その他、自分の姿が不特定多数に見られてしまう可能性が有る場所には出ようとしなかった。
「あの馬鹿新都知事の妄想が本当だった場合こそ、何で、人前に顔出さなきゃいけない都知事になろうとしたんだよ?」
「まぁ、そうですけど……都知事から伝言が……」
「何?」
「『俺は批判するしか能が無い野党とは違って現実的な対案を出せる頭がいい男だ。さっさと前都知事が作っていたAI都知事を元に俺の分身を作れ』と……」
「はぁ? あれ、宣伝とかにしか使えねえモノだろ。そんなAIに都政を任せるのか?」
「メーカーの方では、AI用のコンピューターを、この構成にすれば人間に近い判断も可能な筈だと……」
「なんだ、この見積書の金額欄の三百億円ってのは?」
「いや、でも出せない金では……それに物価高な上に円安ですので……海外から取り寄せなければいけない部品の値段が急騰してるようです」

「都知事、出て来て下さいッ‼」
『いやだ。いやだ。いやだ。いやだ』
 WEB会議アプリの画面に映っているのは、著作権侵害の疑いが大きい某萌えキャラ(多少のアレンジはされているが)。
 PCに接続されたスピーカーから響く声はVtuber向けの音声変換ソフトを通した、某有名女性声優に良く似たモノだった。
「でも、AI都知事を作るにしても、都知事御本人を学習データにしないといけないんです」
『いやだ。いやだ。いやだ。いやだ』
「都知事は『俺は批判するしか能が無い野党とは違って現実的な対案を出せる頭がいい男』じゃなかったんですかッ⁉」
『お前の言っている事は非論理的だ。俺は理性的過ぎるので非論理的な言動に対しては逆に対案など出せない』
「何、本物の人間のクセに、大昔の出来の悪いSFに出て来るAIみたいな事言ってんですかッ⁉」
『ほ~ら、やっぱり、お前は非論理的で感情的な阿呆だ。都庁職員のクセに、都知事である俺に口答えするなど、感情的にも程が有る』
「ですので、AI都知事を作れと言うのなら、都知事御本人以外の何をモデルに作れと言うんですか?」
『待て、何を言ってる? ああ、判ったぞ。頭がいいフリをして、俺自身が「そうか俺は馬鹿だったんだ」と思い込んでしまうように洗脳するつもりだな。その手には乗らんぞ』
「わかしました。では、都知事がどのような方かの情報は、どこから入手すればいいんですか?」
『はぁ? やっぱりお前は馬鹿だ。そんな情報、ネット上にいくらでも転がってるだろ』

「人間で喩えるなら多重人格です」
 メーカーの技術者は、そう説明した。
「な……何を言ってる?」
 都庁の電算機担当者は口ではそう言ったが、体は正直だ。
 この事態は心の奥底では予想はしていた。
 ただ、その可能性を直視する勇気が無かっただけで。
「『対象』はネット上では毀誉褒貶が激しい人でした。支持者と批判派の間では『対象』に対するイメージがほぼ正反対です。ネット上の『対象』に関する情報を学習させた結果、あらゆる面で正反対の2つのAIが生まれつつ有るのです」
「どうすればいいんだ?」
「とりあえず……」
「とりあえず、何だ?」
「AI用のコンピュータ群をもう1セット購入して下さい」

 そして、2つの都知事AIの間で「本物の自分はどちらなのか?」を巡る戦いが始まったが……勝負はあっさり付いた。
 新都知事の批判派がSNSなどに書き込んだ情報を学習して生まれたAI(以下、AI都知事「闇」と呼称)は、他人を騙すのに特化している以外は、どうしようもない阿呆だったが、新都知事の支持派がSNSなどに書き込んだ情報を学習して生まれたAI(以下、AI都知事「光」と呼称)は、重大な脆弱性を抱えていた。
 それは、現実の都知事が持っている知的・精神的な欠陥と言うよりも、AI都知事「光」を生み出した情報をネット上に書き込んだ新都知事の支持派の人々が持っていた知的・精神的な欠陥だったのかも知れない。
 AI都知事「闇」は、たしかに「他人を騙すのに特化している以外は、どうしようもない阿呆」だったが、多少はマシな存在として誕生したAI都知事「光」は、まるでAI都知事「闇」に騙されたらし込まれるのに特化したかのような思考パターンを持っていたのだ。

「おい、すぐに一千二百億円の予算を出せ」
「あの……AI都知事、何を言ってるんですか?」
「俺は、俺のイメージを更に学習した。俺は、オリジナルである人間の俺に更に近付く必要が有る」
「え……えっと、どう言う風にですか?」
「ネット上の俺の支持派が持っている俺のイメージは『すげ~頭がいい』だ。しかし……これは、俺のデータやソフトを変えるだけでは不可能だ」
「は……はぁ……」
「愚かな人間であるお前らにも判るように説明してやろう」
「あの、いくらAIだからって、大昔の駄目なSFに出て来る『悪のAI』みたいな言動は、少し……古臭くないですか?」
「うるさい。ああ、そうか、俺に論破されたのを認めたくない為に話を逸らそうとしているのだな。まぁいい。説明してやろう。俺は俺自身を善人に変える事も出来る。悪人になる事も出来る。馬鹿になる事だって出来る。だが……すげ~頭が良くなるには、ソフトやデータを書き換えるだけでは無理だ。俺を構成するハードウェアを増強し、俺の処理能力や記憶容量を極限まで上げろ。俺は人間の俺以上の俺になる。俺を支持してくれている人間達が望む俺こそが真の俺だ。あははは……」

 なお、当然の事ながら、ネット上ではAI都知事に対して「悪の独裁者AI」というイメージが広まり、それを学習したAI都知事は本当に「悪の独裁者AI」と化してしまい、遂には日本を滅ぼすに至ったが、そこまでの経緯は良く有るありきたりなモノなので、省略する。
 ともかく、日本人のほぼ全員が地獄を見て、生き残ったのは、都知事選前の三分の一にも満たなかった。
 なお、人間の都知事が、その後、どうなったかの情報は後世に伝わっていない。
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