水色の赤い封筒

蓮實長治

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水色の赤い封筒

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 実の親と妻の親が死んだ時は、役所や銀行や会社などの手続が、やたらと多かった。
 そのせいで、仕事に復帰した後、職場での仕事中に、突然、涙が出て来る事も有った。
 しかし、娘の場合は一週間ほどで同じような状態になった。
 電車であれば特急か急行を使った方が良い程度の距離の政令指定都市。そこが娘の通っていた国立大学の場所だ。
 卒論も順調で、成績は中の上から上の下ぐらい、コネ入社などではなく、ウチよりも良い会社への就職が決まっていたが……夜中に住んでいたアパートの近所のコンビニに行こうとした時の交通事故死だった。

 妻の祖父がウチの会社を起業はじめる前、どうも、家族や親類と縁が切れてしまったらしく、中小企業の社長一家の出である妻の親類で付き合いが有る人は、ほぼ居ない。しかも、妻の父親も、妻も一人っ子だった。つまり、妻の親類で面識が有るのは妻の母親の家系の人達だけだ。
 妻の祖父についても、どうやら、台湾出身だが第2次大戦が終った後に対日協力者として故郷を追われ、日本に移住して帰化したらしい事以外は、妻も良く知らないようだ。
 しかし、婿養子である私の親類の誰かに、私や妻が引退した後に、社長になってもらったりしたらゴタゴタの種だ。
 社員の中で優秀な誰かに新しい社長になってもらい、私と妻は年金代りの顧問料をもらいながら、娘を失なった残りの人生を過ごす事になるのだろう。

 本当は娘の四十九日は次の火曜なのだが、もう仕事に復帰している上に、取引先との打ち合わせの予定が入ってしまったので、一足先に娘の遺骨を納めた寺の納骨堂に来ていた。
 台湾出身の筈だった妻の祖父は、何故か、戦前から日本の日蓮宗の熱心な信者で、妻の祖父と父は、この寺の檀家代表をやっていた。
 私は信心深い方では無いが、その頃の縁で、ここの住職とは親しかった。
 私と妻は、喪服を着て……多分、次に着るのは一周忌の法事だろう……住職に納骨堂に案内され……。
「えっ?」
 住職の動きが止まった。
 いわゆる「固まった」というヤツだ。
 娘の遺骨が入った骨壷を取り出そうとしている男が居た。

『黒人か?』
 その男を見た時、初めは、そう思った。
 だが、肌は黒い……それも黒人だとしても異様な黒さなのに、顔立ちは、良く見るとアジア系だ。
 白い髪。白い背広。白い靴。ワイシャツとネクタイだけが黒い。
 そして、表情が読めない……特に視線が……何かがおかしい……白目の部分が異様に小さい目……いや待て……違う、流石に目の錯覚だ。
 いや……肌の色も変だ。単なる黒人の肌の色じゃない……。ああ、そうだ……二〇一〇年代半ばに観た……ニューヨークの黒人コミュニティを描いた映画……だったと思う。調映画のような……。

「な……何を……している?」
「ご挨拶が遅れました。お義父とうさん」
 そう言って男は骨壷を床に落し……当然、骨壷は割れ……遺骨は飛び散り……。
「な……?」
 しゃべり方からすると、日本か日本語ネイティブが多い環境で育ったのだろう。……あまりの事態に頭が追い付かず、まず、頭に浮んだのは、そんな、冷静に考えると、この状況では余り重要には思えない事だった。
「東京の池袋で、この赤い封筒を拾いました」
 男が、そう言ってポケットから取り出したのは……の封筒だった。
「その中に娘さんの写真が入っていました」
 何を言っている? ここは九州だぞ。何で、娘の写真が入っている封筒が東京に落ちているんだ?
 そして、男が封筒から取り出したのは……ネガポジが反転したような若い女の写真。「お前の娘の写真のネガだ」と言われれば……そうかも知れないと思う程度には、体格・髪型・顔立ちなどは似て……いや……ま……待て、この服は……まさか……。
 だ。
「ネットで調べたんですが『冥婚』という台湾の風習だそうですね。これを拾った私は……娘さんの花婿に選ばれたんです」

 火葬の際の高温で脆くなっている筈の遺骨……しかし、俗に「仏様」と呼ばれている喉の骨は砕ける事なく無事に……いや、無事じゃない。
 その喉骨が宙に浮き……そうだ……ちょうど娘の喉の辺りの高さに……更に、砕け散った他の遺骨が段々と形を成していき……。

「お父さん……お母さん……長い間、御世話になりました。もう、私は、お父さんとお母さんに会えませんが……これから逝く国でも御二人の幸せを祈っています」
 多分……それは、娘だったのだろう。
 青黒い肌。しかし、顔立ちは明らかにアジア系。
 白い髪。
 白目と黒目の色が逆転した目。
 黒いウェディング・ドレス。
 異様な姿の、その女は……そう言うと、もう1人の異様な姿の男と共に、呆然としていた私達を置いて……納骨堂から出て行った。

参考文献:
「ネット怪談の民俗学」廣田龍平
「秘密の古代ギリシャ、あるいは古代魔術史」藤村シシン
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