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序章
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太平記巻第六「正成天王寺未来記披見事」より
當人王九十五代(九十五代目の天皇の時代)
天下一亂而主不安(天下は乱れて不安に満ちる)
此時東魚來呑四海(その時、東魚来たりて四海を呑む)
日沒西天三百七十餘箇日(西の空に日が沈んだような日々が三百七十余日続き)
西鳥來食東魚(西鳥来たりて東魚を食らう)
其後海内歸一三年(その後国内が一つとなること三年間)
如獼猴者掠天下三十餘年(ミ=ゴの如き者、天下を掠め取る事、三十余年)
大凶變歸一元(大いなる凶事変じて一元に帰す)
何故だ?
何故、たった一〇年で、こんな事になった………。
何故、こんな……息苦しい、言いたい事も言えない世の中になったんだ?
何故、一〇年前まで、普通の日本人だと思っていた俺達が、こんな扱いを受ける事になったんだ?
加藤田宏志は、床にゴミが散らばった六畳一間のアパートの中で、そう思った。
三十代も後半で、同期の女の中には既に課長になっている者も居るのに、平社員のままだ。係長にさえ、いつ成れるか判らない。おそらく、齢で働けなくなり退職するまで、そうだろう。大手メーカーの系列会社に正社員として就職した時に思い描いていたのとは、まるで違う状態だ。
能力は有る筈だった……一〇年前までは……。しかし、あっと云う間に、その「能力」の定義そのものが加藤田達に不利なモノに変ってしまった。
とは言え、加藤田は、まだ幸運な方だ。あの時代の変り目に大学時代を過ごした者の中には、もっと酷い目に遭った者も居る。
大学入学直後に、就職に有利だから、と云う理由で体育会系のサークルに入ったは良いが、大学を卒業する頃には、「体育会系のサークルに4年間所属し、その特異な状況に順応していた」事が、ある種の色眼鏡で見られてしまう世の中になっていたのだ。
大企業や官公庁であれば、加藤田達のような通称「特定日系亜人類」を一定割合で雇用する事が法律で義務付けられている。
しかし、同時に、そのような職場であっても「特定日系亜人類」は必ず少数派となるのが現状だ。例えば、職場内で何かのプロジェクトの為に一時的に小さいチームが組まれたとしても、「特定日系亜人類」――略して「特亜」――は必ず半数未満になるように人選が行なわれ、そして、チームのリーダーは常に「特亜」以外の者が勤める。
そもそも、「特定日系亜人類」「特亜」は差別用語として、「μ5型男性」と言い替えられているが、「『兵隊』としては優秀だが『指揮官』をやらせるには問題が有る」「『彼ら』だけの集団か、『彼ら』が主導権を持つ集団は、柔軟な発想を持つ者や集団やその指導者に批判的な者は抑圧・排除される傾向が強く、いつ暴走をするか判らない」と見做されている事に変りは無い。
今では、大学入試にも一般入試よりも合格しやすい「μ5型男性枠」も有る。表向きの理由は「先天的に劣っているが教育や環境で挽回可能な者達にチャンスを与える」為だ。
だが、おそらく、その「枠」を設けた者達は、大半の「μ5型男性」にとって、その様な「枠」を利用する事は屈辱であり、もし、利用する「特亜」――もしくは「μ5型男性」――が居たならば、同じ「特亜」は、もはや、そいつを仲間と見做さず、かと言って、「特亜」以外の者にとっては、そいつが「特亜」である事に代りないと云う、差別する側とされる側の両方から排除される最悪の境遇に自分自身を堕とす事になる事を見越していたのだろう。
少なくとも、加藤田は、そう信じているし、「特亜」仲間でもそう云う意見が多く、そして、これから大学に入ろうとする――合格出来るとしてだが――高校生の「特亜」の多くも、そう思っているようだ。
早い話が、今や、加藤田達、日本人男性の何割かは、当の日本においてマイノリティと化してしまったのだ。
マイノリティだから、配慮と排除が同時に行なわれる。
マイノリティとして保護されると同時に、この社会の中で、一定以上の力を持つ事や、一定以上の地位に登るのを困難にする「見えないの障害物」が確固として存在する。
そう、「ヤツら」は、よりにもよって、「ヤツら」自身が「生まれ付きの特性のせいで、『保護』『配慮』される事を『自分達が弱者と見做されている屈辱的な状態』だと思う傾向が強い」と信じている者達に対して「配慮」と「保護」を行なっているのだ。同時に、加藤田達「特亜」の生まれ付きの特性が「欠点」となるように社会の在り方そのものを変えたのも「ヤツら」である以上、加藤田にとっては「ヤツら」のやっている事は「放火魔が消火活動をやっている」ようなものだ。しかも、その「消火活動」さえも放火と同じ位、傍迷惑なやり方だ。
加藤田は、7~8年前の型式のスマートフォンの画面を見た。
加藤田にとって、これこそが、仕事以外の数少ない「社会」との繋りだった。
しかし、画面に表示されていたのは……加藤田達の社会的地位を取り戻してくれる筈の政党が、警察の捜査を受けた、と云うニュースだった。
容疑は……「詐欺」。
あいつのせいだ……。
加藤田の胸の中で、その想いが渦巻いた。
よりにもよって、加藤田が、かつて付き合っていた女が、加藤田達を、こんな地獄のどん底に堕としたのだ。
當人王九十五代(九十五代目の天皇の時代)
天下一亂而主不安(天下は乱れて不安に満ちる)
此時東魚來呑四海(その時、東魚来たりて四海を呑む)
日沒西天三百七十餘箇日(西の空に日が沈んだような日々が三百七十余日続き)
西鳥來食東魚(西鳥来たりて東魚を食らう)
其後海内歸一三年(その後国内が一つとなること三年間)
如獼猴者掠天下三十餘年(ミ=ゴの如き者、天下を掠め取る事、三十余年)
大凶變歸一元(大いなる凶事変じて一元に帰す)
何故だ?
何故、たった一〇年で、こんな事になった………。
何故、こんな……息苦しい、言いたい事も言えない世の中になったんだ?
何故、一〇年前まで、普通の日本人だと思っていた俺達が、こんな扱いを受ける事になったんだ?
加藤田宏志は、床にゴミが散らばった六畳一間のアパートの中で、そう思った。
三十代も後半で、同期の女の中には既に課長になっている者も居るのに、平社員のままだ。係長にさえ、いつ成れるか判らない。おそらく、齢で働けなくなり退職するまで、そうだろう。大手メーカーの系列会社に正社員として就職した時に思い描いていたのとは、まるで違う状態だ。
能力は有る筈だった……一〇年前までは……。しかし、あっと云う間に、その「能力」の定義そのものが加藤田達に不利なモノに変ってしまった。
とは言え、加藤田は、まだ幸運な方だ。あの時代の変り目に大学時代を過ごした者の中には、もっと酷い目に遭った者も居る。
大学入学直後に、就職に有利だから、と云う理由で体育会系のサークルに入ったは良いが、大学を卒業する頃には、「体育会系のサークルに4年間所属し、その特異な状況に順応していた」事が、ある種の色眼鏡で見られてしまう世の中になっていたのだ。
大企業や官公庁であれば、加藤田達のような通称「特定日系亜人類」を一定割合で雇用する事が法律で義務付けられている。
しかし、同時に、そのような職場であっても「特定日系亜人類」は必ず少数派となるのが現状だ。例えば、職場内で何かのプロジェクトの為に一時的に小さいチームが組まれたとしても、「特定日系亜人類」――略して「特亜」――は必ず半数未満になるように人選が行なわれ、そして、チームのリーダーは常に「特亜」以外の者が勤める。
そもそも、「特定日系亜人類」「特亜」は差別用語として、「μ5型男性」と言い替えられているが、「『兵隊』としては優秀だが『指揮官』をやらせるには問題が有る」「『彼ら』だけの集団か、『彼ら』が主導権を持つ集団は、柔軟な発想を持つ者や集団やその指導者に批判的な者は抑圧・排除される傾向が強く、いつ暴走をするか判らない」と見做されている事に変りは無い。
今では、大学入試にも一般入試よりも合格しやすい「μ5型男性枠」も有る。表向きの理由は「先天的に劣っているが教育や環境で挽回可能な者達にチャンスを与える」為だ。
だが、おそらく、その「枠」を設けた者達は、大半の「μ5型男性」にとって、その様な「枠」を利用する事は屈辱であり、もし、利用する「特亜」――もしくは「μ5型男性」――が居たならば、同じ「特亜」は、もはや、そいつを仲間と見做さず、かと言って、「特亜」以外の者にとっては、そいつが「特亜」である事に代りないと云う、差別する側とされる側の両方から排除される最悪の境遇に自分自身を堕とす事になる事を見越していたのだろう。
少なくとも、加藤田は、そう信じているし、「特亜」仲間でもそう云う意見が多く、そして、これから大学に入ろうとする――合格出来るとしてだが――高校生の「特亜」の多くも、そう思っているようだ。
早い話が、今や、加藤田達、日本人男性の何割かは、当の日本においてマイノリティと化してしまったのだ。
マイノリティだから、配慮と排除が同時に行なわれる。
マイノリティとして保護されると同時に、この社会の中で、一定以上の力を持つ事や、一定以上の地位に登るのを困難にする「見えないの障害物」が確固として存在する。
そう、「ヤツら」は、よりにもよって、「ヤツら」自身が「生まれ付きの特性のせいで、『保護』『配慮』される事を『自分達が弱者と見做されている屈辱的な状態』だと思う傾向が強い」と信じている者達に対して「配慮」と「保護」を行なっているのだ。同時に、加藤田達「特亜」の生まれ付きの特性が「欠点」となるように社会の在り方そのものを変えたのも「ヤツら」である以上、加藤田にとっては「ヤツら」のやっている事は「放火魔が消火活動をやっている」ようなものだ。しかも、その「消火活動」さえも放火と同じ位、傍迷惑なやり方だ。
加藤田は、7~8年前の型式のスマートフォンの画面を見た。
加藤田にとって、これこそが、仕事以外の数少ない「社会」との繋りだった。
しかし、画面に表示されていたのは……加藤田達の社会的地位を取り戻してくれる筈の政党が、警察の捜査を受けた、と云うニュースだった。
容疑は……「詐欺」。
あいつのせいだ……。
加藤田の胸の中で、その想いが渦巻いた。
よりにもよって、加藤田が、かつて付き合っていた女が、加藤田達を、こんな地獄のどん底に堕としたのだ。
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