A2:洗脳密令

蓮實長治

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第一章:毒戦寒流

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 昔の推理作家が、こんな事を書いていたそうだ。
「狂人の主張は正しいとは言えぬまでも、返答し難いのは事実だ」
 数年前のニューヨークのあの事件で「異能力者」の存在が明らかになった。そして、最初に存在が知れ渡ったその「異能力者」達の持っていた能力は「精神操作」。あのテロを起したヤツらは、その能力を使って、旅客機のパイロットを操り、数千人を殺害したのだ。
 そんな事が起きてしまった世の中で、外部と隔離されたカルト集団が有ったとしたら……そのカルトの外部の人間は「この集団の人間が何者かに『精神操作』系の異能力で操られている」可能性を思い浮かべ……逆に、そのカルトの人間は「外部の人間が『精神操作』系の異能力で操られている」可能性を思い浮かべるだろう。
 そして、外部の人間である我々が、カルトの構成員に「操られている可能性が高いのは、お前らの方だ」と納得させる理屈を考え出すのは難しい。
 特に「一国の国民の大半を支配できる『精神操作』系の異能力者など居る訳が無い」と云う事を、ちゃんと証明出来るほどに、異能力者について解明されてはいない今の状況では。
「しかし……公安さんも言われてるほど有能なんですかねぇ?」
 車の中から問題の「高級マンション」を監視しながら、そう聞いたのは、相棒で後輩の関口晃一。
「さてね……」
「でも……九五年の……例のカルト宗教が警察庁長官を狙撃した事件、公安がしゃしゃり出たせいで、迷宮おみや入りになりそうだ、って話じゃないですか」
 こいつは、北関東の修験者の家系の更に分家の一応は跡取りだが……本当に「魔法」能力を持っていたせいで、「特務要員ゾンダー・コマンドー」に採用された。
「時効まで、後、何年有ると思ってんだよ? 何とかなるでしょ……」
「でもねぇ……」
「腹の底で思っとくのはいいけど、態度には出すんじゃないよ」
「先輩こそ……人の事を言えた義理ですか?」
 警察が縦割り組織である為……そして、まだ「異能力犯罪」に対するノウハウを誰も持っていない為……私達は、しょっちゅう、他の「カイシャ」との共同捜査に駆り出される。
 警視庁のマル暴に麻取との「精神操作能力を持つらしいヤクザの親分と詳細不明の新興の麻薬密輸組織」についての捜査が一応の一段落をした後は……このクソ金持ち向けのマンションの監視。
 今回の共同捜査の相手ビジネス・パートナーは警視庁の公安のカルト宗教関係の部署だ。
 自分の金では絶対に来ないであろうクソ高価たかい喫茶店のテラス席から見えるのは……この前、私が捜査の為に滞在した「高級ホテル」より更に高級そうな外見の地上二〇階建てのマンション。
 東京は赤坂の一等地。
 住人は、引退した政財界の大物か……現役の億万長者……と言っても、日本に実在しているらしい「貴族」達の中では「成り上がり者」扱いらしいが……。
 セキュリティは万全。全部屋にTV会議システム完備。インターネットの回線速度は企業向け回線並。生活必需品は全て宅配。食事は1階に有る一流シェフが何人も居る調理場から、出来たてホヤホヤを自室まで持って来てくれる。
 そう……ここは……「死ぬまで信頼出来る人間以外との直接的な接触無しに仕事も私生活も可能な『城塞』」なのだ。
 だが、そこに住んでいる「貴族様」達の様子が日に日におかしくなっている……そう云う相談が、この「城塞」が出来てから何件も警察その他に寄せられた。億単位の金を実体の無い「企業」に投資したり……久し振りに会った家族と完全に話が通じなくなっていたり……財産を正体不明の何者かに贈与したり……。
「エドガー・アラン・ポーの『赤死病の仮面』だね、まるで……」
「何ですか、それ?」
「大昔のホラー小説。伝染病を避ける為に、金持ち達が城に逃げ込み……下界の悲惨な状況をよそに安全で面白おかしい生活を送っていた……。けど、ある日……病の化身そのものが城に入り込み……外部からの伝染病を防ぐ為の城は……伝染病が蔓延する逃げ場の無い牢屋になってしまう……」
「たしかに……」
 「外」のどこに居るかも判らない「精神操作系の異能力者」……それを恐れて雲の上の方々が閉じ籠った「城塞」は……「もし敵に入り込まれたら?」って事を何も考えずに作られたモノだったらしい……。
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