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オリンピック聖火の災禍式

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「言い残す事が有れば聞いてやる……。例え、貴様が我が同胞のかたきだとしても……それ位の情けはかけてやっても良かろう」
 テロリスト達は、その相手に銃を向けながらそう言った。
「君達の国のブシドー精神と云うヤツかね……。馬鹿馬鹿しい」
「黙……ぐふっ?」
「おい……どうした?……ぐえッ?」
 IOCの元役員に銃を向けていたテロリスト達は……次々と床に膝を付き苦しみ出した。
「君達……私に少しは敬意を払いたまえ……」
「……ふ……ふざけ……」
「私は……あの疫病から世界を救った……さる偉大なる神の司祭なのだよ……。そうなったのは……偶然では有るのだがね……」

 あの疫病が流行が治まる気配は見せぬ頃……その儀式は行なわれた。
 関わった者達は、誰1人、宗教的要素など無い、形骸化した儀式だと思っていた……しかし……。
「偉大なる太陽の神アポロンよ。オリンピア競技祭の為に、聖火をともし給え」
 凹面鏡で集められた太陽光は、やがて、古代には存在しなかった物質であるフィルムを熱し……。
 「古代ギリシャ風」を装っているだけの単なる茶番の筈だった。
 だが、次の瞬間、巫女役の1人が口から泡を吹きながら倒れ伏した。

「一体、どうなっているんだ?」
 そのIOC役員は、WEB会議システムの画面に向かって、そう怒鳴った。
『○×△◇■?』
「おい、その女は……何と言ってるんだ?」
『古代ギリシャ語です』
「はぁ?」
『「お前がゼウスに捧げられし聖なる競技祭の紛物を企てた男か?」と聞いています』
「大体……その女は、何者だ?」
『そ……それが……この女性に取り憑いたモノは……「疫病の神アポロン」を名乗っています』

「だから……どう云う事なのだ?」
 IOCの役員は、数日前に起きた事態についての調査を命じた部下にそう尋ねた。
「ですから……古代ギリシャでも、アポロンが太陽神とされたのは、あとの方の時代で……本来は、アポロンは芸術・予言・疫病・医療の神だったのです……。今回のオリンピック聖火の採火式では、偶然にも、疫病の世界的流行の最中に……『疫病の神』の名を呼んでしまったのです……」
「しかし……それだけの事で、あんな事態になるなど……」
「そ……それが……そもそも、オリンピック聖火の採火式は……いつから行なわれたか御存知ですか?」
「昔から……おい、違うのか……?」
「一九三六年のベルリン・オリンピックです」
「待て……それは……ナチスの……」
「そうです……。当時の記録などを調べた所……採火式の手順の策定に関わっていたのは……ナチスお抱えのオカルティスト達でした……」
「はぁ?……一体全体、何が、どうなって……」
「ですから……近代オリンピックにおける聖火の採火式の正体は……信仰する者が絶えた古代の神々の力を利用する……魔術の儀式だった……らしいのですよ」

「なるほど……貴様の望みは……八十余年前に、我々の1人を呼び出したアドルフ・ヒトラーとか云う男に授けたような『力』か……」
 アポロンを名乗る存在が取り憑いた女性は、傲然とそう言った。
「い……いえ……この世界の人々を救う力です」
 IOCの役員は……へりくだって、そう答えた。この「アポロン」の機嫌を損ねて死んだ者は……たった数日で百人を超えていた。
「我々からすれば、似たようなモノだ。よかろう……我が力の一部を授けてやろう……。その中には……今、人間達を苦しめている疫病の流行を終らせる力も含まれる。条件は2つ……」

「私に、世界を救う力を与えてくれた『神』は生贄として……『紛物の祭』を行なおうとしている不埒な国の民の命を要求した……。だから……私達は、東京オリンピックを強行したのだよ……。君達の国で、あの疫病を更に蔓延させ、君達の国を滅ぼす為にね……」
「な……何を……言っている?」
「誇りに思いたまえ……君達の国と、君達の同胞は……世界を救う生贄に……」
 その時、テロリストの1人の持っていた銃が火を吹き……。
「ば……馬鹿な……偉大なるアポロンと司祭である私が……死ぬ……筈……など……待て……しまった……今日は……たしか……約束の……日……」

 東京オリンピックの聖火の採火式から、IOCの元役員の1人が「東京オリンピックにより、あの疫病が更に日本で蔓延した結果、日本が滅んだ」と信じるテロリストに暗殺されるまでの日数と、一九三六年のベルリン・オリンピックの聖火の採火式から、アドルフ・ヒトラーが死ぬまでの日数は偶然にも一致していたが、その事に気付く者は誰も居なかった。
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