どこ行った、証拠?

蓮實長治

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どこ行った、証拠?

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 冗談じゃない。
 あくまで、たまたまだが、次の国会の選挙の公示が行なわれた途端に、SNS上で俺が支持している事を表明していた政党の大物政治家の「失言」が次々とニュースになった。
 次期文部科学大臣と見做されてる人物は「シン家族学」とか云うタワ言を元にした「教育改革」を選挙の公約にした。
 厚労大臣は「例の伝染病対策としてナノ水素イオンを積極活用する」とか言い出し……もちろん、ナノ水素イオンなんてニセ科学だ。
 次期政調会長と噂されてる女性政治家は「LGBTQ治療の為の脳手術を国民の義務として怠った者は逮捕すべき。ただし、脳手術代は税金から金を出さず健康保険適用外の全額自費で」とか口走り……おいおいおいおい、待て待て待て待ってくれ……。
 だから、何で、野党にだって似たようなのは居るのに与党ばっかり……あ、トンデモの割合が同じだとしても、与党議員の方が圧倒的に数が多かった。

 だが、これは、ほんの始まりに過ぎなかった。
 勤務している大学の学食で昼食を食っていると……向いの席に古い知り合いが座った。
「あ……あれ?」
「ど~も……」
 学生時代からの知人だったSF小説家の海野ナヲミだった。
「どうしたんですか?」
「次回作の取材の為に、ここの工学部の先生にインタビューしに来たんだけどさ……ごぶさたですね」
 しかし、ここまで投げ遣りな口調の「ごぶさたですね」も、そうそう無い。
「ああ……まったく……でも、最近、何でSNSに何も書いてないの?」
「あのさ……あんたの政治絡みの発言を批判したら……あたしのアカウントをブロックしたよね? 覚えてないの?」
 ええっと……うっかり……やったかも知れない。
「あ……」
「SNSって便利だよね~、使い込めば使い込むほど嫌な意見は耳に入らなくなるから……。でもさ、そのせいで、とんでもない事になってんのに気付いてないでしょ」
「ええっと……何が……?」
「あんたが、昔、『超絶脳科学』に『氷からの伝聞』『パソコン脳』『高浜の神水』その他、九〇年代から〇〇ゼロゼロ年代ごろに当時の疑似科学・ニセ科学を片っ端から擁護してた、って都市伝説が広まってるよ」
「ちょ……ちょっと待て……俺、批判してた側だよ」
「でも、広まってる」
「誰か、その手のデマを止めてくれなかったの?」
「みんな、自分の事で忙しいからね。それに……」

 息子や学生に協力してもらって調べてみると……本当に、俺が疑似科学擁護派だった、と云う都市伝説がSNS上で広まっていた。
 それも、いつの間にかSNS上で「定説」「常識」と化しているらしく……。
 待ってくれ、冗談じゃねえぞ……。
 もう手を打つのは遅いかも知れなが……でも……。

 証拠は有る筈だ……。
 そう思って、九〇年代の疑似科学批判本を自宅の本棚の奥深くから取り出し……あれ?
 くそ、もう三〇年近く前の事だったんで、記憶が曖昧になってた。
 俺、この本に寄稿してなかった。

 ネット上での俺の過去の発言を……うそ……引っ掛からない。
 見付かるのは、ここ一〇年ぐらいの発言だけだ。
 知人の日記とかか何かに書かれてないかと、WEBブラウザの古いブックマークをあさって……ぎゃぎゃぎゃぎゃあああ……。
 昔の無料ホームページや無料Blogや無料掲示板は、軒並、サービスが終ってて、インターネット普及期から〇〇ゼロゼロ年代ごろに、WEB上に有った筈の情報がほぼ消えてしまっている……。

 ああああ、俺がやってたBlogは残ってる筈……はず……あれ?
 俺は大学の電算機センタの管理者に電話し……。
『あの……センセ、今、何時だと思ってんですか?』
「緊急の用事だ。昔、ウチの大学でやってた教員のblogだけど……」
『サーバのハードウェアごと廃棄しました』
「はぁ? 何で?」
『あの……あのblog始まったの〇〇ゼロゼロ年代の前半か半ばでしたよね?』
「そ……それが……?」
『とっくにサーバのハードウェアの耐用年数が過ぎてます。5年前に壊れた時点で、メーカにも予備部品が残ってませんでした』
「お……おい……データのバックアップぐらい……取って……」
『バックアップの媒体が残っていたとしても、どこに有るかすぐには判りませんし、誰がデータの復元作業をやるんですか? 業務や研究に、どうしても必要なら大学の事務方を通して下さい』

 ちょっと待てよ……ほんの1~2回だけだが、TVの昼のワイドショーに出て疑似科学批判をやった覚えが……。
 休日を丸1日使って、自宅の物置をあさって、古いビデオテープや録画用DVDを探し……おい、何で、俺、アニメや特撮の録画は取っておいたのに、自分が出たTV番組の録画を捨てちまったんだ?
 もちろん、有名どころの動画サイトを調べてみても……TV番組の違法アップロードに一番寛容な所でさえ、安っぽい昼のワイドショーを上げてる物好きは居なかった。

 次の手は……安易だがWikipedia。
 俺の項目が有ったはいいけど……編集合戦で編集ロック中。しかも、到る所に[要出典]。
 中身を良く良く見れば……確かにそうなるのも判る。
 俺に悪意が有る箇所だけじゃなくて、俺に好意的な箇所まで嘘八百しか書いてなかった。

 ならば、紙媒体だ。
 あ……待て……。
 擬似科学批判なんてやっても……別に学術論文誌に載る訳じゃないから……。
 ええっと……でも、どこかで疑似科学批判の原稿を書いた覚えが……。
 ああ、知り合いが編集長やってた教育雑誌だ……どこかに有る筈……。
 だが、自宅の本棚を漁っても、これまた捨ててしまったらしく見付からず……大学の図書館にも無く……。
 近隣の公立図書館を調べても無く……ようやく見付かった。
 国会図書館……って、おい、大阪の分館じゃなくて東京の本館まで行かないと無い上に貸出中?
 国会図書館の本を外に持ち出せるのは国会議員だけじゃなかったっけ?
 どこの国会議員が何の為に、十何年前の教育雑誌を借りてんだよ?

「あ……私、こう云う者です」
 大学の研究室に来たその男は、次期文部科学大臣と目されている政治家の秘書だった。
「ええっと……それで……」
「この度、関西の選挙区で出馬している候補の応援に来る事になりまして……つきましては、教授センセイにも、応援演説の際に、何か一言お願いできませんでしょうか?」
「あ……あの……どう云う事を言えば……」
「はい、教授センセイは、前々から『シン家族学』に肯定的だと聞いていますので、『シン家族学』に基く教育改革に関してですね……」
「は……はぁ……頑張ってみます」
「いやぁ、でも学者センセイって頭の固い人ばっかりだと思ってましたが……教授センセイみたいな方も居らっしゃるとは、日本の大学の未来も明るいですね」
「え……ええ……」
 あれ? 俺って、「シン家族学」やら「ナノ水素イオン」に関しては……肯定派と否定派のどっちだったっけ?
 まぁ、いいや。
 本当の俺は、俺の中じゃなくて、SNS上にこそ存在してるんだ。
 なら、SNS上での俺のイメージの通りの事をやれば……何の問題も有るまい……。
 ああ、ここ数日、無駄な事をして、何か疲れた。
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