予防薬の不正申請

蓮實長治

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予防薬の不正申請

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「あのねぇ……貴方達の会社向けに支給する薬なのに、何で、貴方達の会社の社員の何倍もの量が必要なんですか?」
 厚生労働省の担当者は、わざとらしい溜息をつきながらそう言った。
「いや……でも、社員の社員の家族や下請さんにも『抗ゾンビ化薬』を打たないと、ウチの社員の安全を確保出来ませんよね?」
「あのねぇ……どんな言い訳しようと、不正は不正ですよ。貴方達の会社に支給出来る抗ゾンビ化薬は社員分だけです。抗ゾンビ化薬が不足してる状況だって事、判ってますか?」
「いや、待って下さい。1~2ヶ月前に『抗ゾンビ化薬は十分な量確保した』って政府発表が有りましたよね?」
「状況ってのは変るモノなんです。一部上場企業の保健衛生部門の責任者なるような頭のいい人なら判るでしょ?」
「さっぱり判りませんよ。政府発表は嘘だったんですか?」
「ええ……嘘ですよ。良く有るマスミによる捏造です。ずっと抗ゾンビ化薬は不足してました」
「待って下さい。政府はマスコミが政府発表を捻じ曲げる事が有ると知りながら……その状態を放置してるんですか?」
「あのね……いい加減にしないと、抗ゾンビ化薬の支給は打ち切りますよ」
 ふと……ある事に気付いた……。まさか……そんな事は無いと思うが……。
「あの……そもそも、抗ゾンビ化薬の支給は何の為ですか?」
「はぁっ?」
「国民の安全の為ですか? それとも、単に数値目標を達成する為ですか?」
「あのねぇ……五十過ぎのいい大人が、何、御花畑な理想論みたいな事を言ってるんですか? に決ってるでしょ?『宮仕え』なんて、どこでも、そんなモノでしょ?」
 厚生労働省の担当者は、私が持って来た判子を押しながら、嫌味ったらしい独り言を呟いた。
「全く、こんなのが管理職なんて、部下に同情するよ」
 それは、こっちの台詞だ。

「第三工場の東A棟でゾンビ発生。保安部門が既に鎮圧に向っています」
「ゾンビ化したのは誰だ?」
「部品の納入に来た下請業者の社員のようです」
「事象が発生した棟に居る従業員への抗ゾンビ化薬の接種は終っているのか?」
「それが……ウチの正社員は全体の3割程度で……他は子会社や人材派遣業者から派遣された人達です」
「つまり……建物内に居る人間の約7割は、抗ゾンビ化薬が接種済みかは不明と云う事か……」
「はい……」
 最悪だ……。
「第三工場の東A棟を完全封鎖」
「えっ……でも……」
「同じ事業所内に常駐している産業医は全員S装備で事象が発生した棟の近辺で待機。同じ工場内の救命訓練を受けている自衛消防隊員を召集。近隣の病院のキャパを確認しろ」
「あの……部長……でも……」
「もう、事象が発生した棟を犠牲にしても、被害を外に及ぼさないようにするしか無い」

「こんな問題を起こした以上、貴方達の会社への抗ゾンビ化薬の支給は打ち切らざるを得ませんね……」
 厚生労働省の担当者は苦虫を噛み潰したような表情でそう宣告した。
「いや……ちょっと待って下さい。我々が申請しただけの抗ゾンビ化薬を支給してもらっていれば……」
「何を言ってるんですか? 記録を見る限り、貴方達の会社は、最初から正社員分ギリギリの申請しかしてなかったじゃないですか? 何で、こんな御時世に、そんな御花畑な真似をしたんですか? しかも、貴方達の会社が支給申請をした時点で『抗ゾンビ化薬は十分に足りているので、余分に申請してのかまわない』と説明しましたよね? それなのに、貴方達の会社が接種を行なう人員の不足を理由に正社員分だけしか申請をしなかった訳ですよね? ちゃんと記録に残ってますよ」
 「何を言ってるんですか?」は……こっちの台詞だ……しかし……。
 私は……あまりの事に、頭が真っ白になり、反論出来なくなっていた。
 多分……もう、この国は……ゾンビ禍より遥か前に手遅れになっていたのだろう。
 だが……こいつらは……国が滅びるその日まで……その事に気付く事無く……そして、その後も反省などしないだろう……。
「そうなるのも判りますが……責任は貴方達の会社に有るんですよ。本日の用件は終りました。さっさと帰って……ええっと……医者でも呼びましょうか?」
 クソ役人は、惚けた表情が浮かんでいるであろう私の顔を見ながら、呑気にそう言った。
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