お役所仕事の連鎖で隣国の新閣僚候補が行方不明

蓮實長治

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お役所仕事の連鎖で隣国の新閣僚候補が行方不明

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「うるせえ‼ これだから外事は(差別用語自粛)なんて言われんだよッ‼」
「なに言ってる? てめえらのせいで、最後の手掛かりが消えたんだぞ‼」
 警視庁公安部の違う部署の間で、凄まじい罵り合いが起きていた。
「あのなぁ、俺達は、当時の基準に従って、粛々とやっただけだ。今の基準で過去の所業を裁かれてたまるかッ‼」
 どのような国が「マトモな法治国家」かは議論の余地が大いに有るが、日本政府の考えでは「今の基準で過去を裁くな」という法治主義の根本教理セントラル・ドグマの1つは、一般国民ではなく、権力機構の内部に有る者達を護る為にこそ存在する。
 何が起きたのかはともかくとして、公安警察も権力機構の一部である以上、公安警察が今の基準からして失態と判断される事を過去にやらかしていたとしても、「今の基準で過去を裁くな」は、その失態を免責する十分な理由になるだろう。
「ふざけんな。てめえらが考え無しにサヨク弁護士を別件逮捕したせいで、戦争が起きたら、どうする気だ?」
「はぁ? 別件逮捕の何が悪い? どこでも、やってる事だぞ。ウチだけとやかく言われてたまるかッ‼」
 もっとも、その何かが「過去の基準」で問題ない行為ならばであるが。

「で、『対象』が最後に接触した弁護士は見付かったのか?」
「……すいません」
「これだから、君達公安は『敵に回せば恐しいが、味方になると頼りない』とか言われてるんだぞ、判ってるのか?」
「は……はい……」
 先月、民主化運動により中国の共産党政権が瓦解し、現在、新政権の設立準備が進んでいた。
 そして、民主化革命を主導した勢力から、日本政府に対して、日本に亡命した筈の民主化活動家の行方を探して欲しいとの依頼が有った。
 新政権の閣僚として迎える為に。

「おい、何で、この弁護士の名前で検索しても何も引っ掛からない?」
 問題の民主化活動家の行方は、あらゆる都道府県警のあらゆる部署が把握していなかった。
 ようやく判ったのは、東京都の弁護士会に所属するある弁護士に接触していたらしい事。
 だが、その弁護士の足取りも掴めなかった。
 よりにもよって、公安警察の対左翼部門によって「極左勢力関係者の弁護を何度も行なった目の上のタンコブ」と見做され、些細な件で別件逮捕され、1年近い勾留延長後に保釈され……その後の足取りが消えていた。
「そ……それが……そちらからの依頼で……その人に関する全投稿を消しました」
「はぁ? そちらってどちらだよ?」
 その弁護士の情報はSNS上にも無かった。
 そして、警視庁公安部の外事課がSNSの運営会社に問い合わせた結果がそれだった。
「ええ、ですから、警視庁公安部です」

「はぁ、その弁護士の事は、たしかに記事にしてたかも知れません」
「だったら、その記事を出せ」
 公安外事課の担当者は手掛かりを探す為、かつて、その弁護士を取り上げた記事を載せた新聞社を訪れていた。
「少々、お待ち下さい」
 対応した新聞社員は、公安の担当者を会議室に残したまま……。
 ……。
 一〇分が経過した。
 …………。
 二〇分が経過した。
 ……………………。
 一時間が経過した頃……。
「畜生、いつまで待たせる気……」
 その時、会議室の外から奇妙な音がした。
 台車の音だ。
 それも複数台。
「はい、御依頼の記事を持って来ました」
「……な……何だ、それは……?」
 台車に積まれた段ボール箱の山を見て、公安の担当者は……悪ガキに絞め殺される寸前の哀れな小動物のような声をあげた。
「ですから、ここ数年分の弊社の新聞の縮小版です。この中に有る筈です」
「待て、どうなってる?」
「いや、ですから……警視庁の公安部に脅されて……その弁護士さんに関する記事をWEB上から削除したんですよ。ですので、検索ですぐ見付けるのは無理です。とは言え、縮小版には載ったままの筈なので……自力で探して下さい」
 一〇人以上の捜査員を投入し、丸三日間、不眠不休でその新聞の過去数年分の縮小版を調べた結果、問題の弁護士に関する記事は見付かったが、それを書いた記者はエジプト支局に異動になっており、現実的な時間内での事情聴取は事実上無理だった。

「て……てめえら……何て真似を……」
「だ・か・ら、その話は終った筈だろ。『今の基準で過去を裁くな』って」
「ふ……ふざけんな……」
「はぁ? 結果的に中国新政府との間で戦争が起こって日本が滅ぼうが、俺達は法律に違反する事は、な~にもしてませ~ん。はい、論破」
「何が論破だ? マズい事を散々やりまくってるだろうがッ‼」
「おい、その『マズい事』は、そっちも散々やってるだろ。問題にする気なら、ウチと差し違える気でやるんだな」
 再び、警視庁公安部で部署間の大喧嘩が発生していた。
「あ……あの……刑事部から、ようやく情報が届きました……」
 その時、若い刑事が声をあげた。
「はっ?」
「へっ?」
「その弁護士が保釈された、翌朝に、それらしい行旅死亡人が見付かっています。ええっと……推定死因は……栄養失調とそれに伴う合併症だそうです」
「ちょっと待て。何で、今頃になって、ようやく判った。その弁護士が保釈後に行方不明になったのは……何ヶ月も前だろう?」
「あの……長期間、勾留されてた人物には、ある筈のない特徴が見付かって……」
「何だ、そりゃ?」
「胎内から、同じく栄養失調で死亡したとみられる妊娠4ヶ月後の胎児が見付かっています」
「へっ?」
「あ……あの……この被疑者の勾留中に……担当部署の皆さんは何をやったんですか?」
 一同は絶句していた。
 おそらくは、公表すべきか隠蔽すべきかは議論の余地は有るにせよ、被疑者が取調べ担当者に何をされたのかが、あまりに明白なのに「何をやったんだ?」という性教育を受ける前の小学生のような質問をしたマヌケが居たせいと思われる。

 実は、不法滞在中の外国人の摘発を担当しているのは、警察ではない。
 そして、入管の収容施設に入れられる「不法滞在中の外国人」は、基本的に警察の取調べも、検察による送検も、裁判も行なわれていない。
 しかし、法律でそう決っている以上、「『不法滞在中の外国人』とは言え、裁判も何もなしに、収容所に送られ、しかも、その過程では弁護士も付かず、警察・検察・裁判所に相当する役割を1つの機関が兼ねている」という外国の話であれば、とんだ人権侵害にしか思えない事でも、粛々と法に則って人権侵害をやるのが法治国家のあるべき姿というモノだ。
 結局、証拠品として押収された後、本人に返却されないままになっていた行方不明(おそらく、すでに死亡)の交通系ICカードの履歴を調べた結果、彼女は、逮捕直前に、何度も、ある場所に行っていたらしかった。
 入管の収容施設の最寄り駅で下り、更に、バスに乗って入管の収容施設の最寄りのバス停で下りていた。
「たしかに、その人の訪問記録は有りますね」
「で、面会相手は?」
「ああ……それなら……」
 おい……。
 公安の担当者は椅子からズリ落ちるほどの脱力感をおぼえた。
 お役所の縦割り仕事にも程が有る。
 入管は法務省の一部。警察とは別組織だ。だからと言って……。
 問題の中国の民主化活動家は、不法滞在者として入管の収容施設に収容されていた。
「で、その面会相手に面会したいんだが……」
「いえ、それが、笑っちゃうんですよ」
「はぁ?」
「ここの待遇改善を訴えて、ハンストして……栄養失調で死んじゃったんですよ。まったく、自業自得って、こういうのを言うんですね」
 笑えねえよ……それが公安の担当者の感想だった。

「おい、お前ら、何て真似をしてくれたッ⁉」
「何がですか? 我々は法律に従って粛々とやっただけですが……」
 法務大臣に呼び出された入管の責任者は、ケロっとした表情かおで、そう答えた。
「ふざけるな。お前、一戸建ての家を買ったそうだな……」
「それが何か?」
「お前の給料では買えそうにない値段の家を、ローンなしの即金でな。その金は、どこから出た?」
「ですから、それが何か……? ああ、そうだ……難民認定の書類に判子をお願いします」
「何を言って……おい、?」
「ええ、新政権下で迫害を受ける可能性が有る立派な政治難民です」
「いい加減にしろ。お前、どこの国の役人のつもりだッ⁉」
「あ……あの……本当に、まだ、何も気付かれてないんですか?」
「だから……何をだ?」
「まぁ、この事がバレても調教されきっている日本の国民やマスコミは何も騒がないと思いますが……日本は国際的な非難を浴びるでしょうね。だから、この件は隠し通すしかないんですよ」
「何度も言わせるなッ‼ いい加減にしろ。お前1人に責任を全て、おっかぶせればいいだけだ」
「ああ、やっぱり気付いてなかったんですね」
「だから、何をだ?」
「与党の重鎮の皆様に、政治献金を行なっていた企業・団体をよく調べる事をお勧めします。
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