満員御礼と特別恩赦

蓮實長治

文字の大きさ
上 下
1 / 1

満員御礼と特別恩赦

しおりを挟む
「あの、刑務官せんせい、質問が有ります」
「何だ?」
「いつ散髪出来るんですか? 邪魔で仕方ないんですけど」
 俺は刑務作業が終った後に、刑務官にそう聞いた。
「正式発表は明日の朝だ」
 おい、どう云う事だ? 何で「刑務所内で囚人に、いつ散髪の順番が回ってくるか?」を「正式発表」する必要が有るんだ?

「ここ数ヶ月間、お前たちの散髪を行なってこなかったが……本日から十日間の予定で全員分の散髪を行なう」
 病気のヤツや齢や障害で寝た切りのヤツ以外の囚人は全員、刑務所の講堂に集められ、所長からそう告げられた。
「それと、本日より当分は、全員、毎日、入浴するように。言うまでもなく、髭もちゃんと剃れ」
「ナチスの収容所のシャワー室みたいな事が待ってんじゃないのか……?」
 誰かが、ボソっと呟いた。

 通常は、2日に1回の入浴が毎日になった。……当然ながら……入浴する人間の数が倍になる。
 つまり大混乱だ。
「この野郎、ブッ殺して……」
「うるせぇ、シャワーの順番守んなかったのはテメエ……」
 今日も今日とて、浴場では喧嘩が起きていた。

「おい……何だよ、この髪型?」
 俺は、散髪が終った後、俺の髪を切ったヤツにそう聞いた。
 この刑務所の中で、理髪師の資格を取ろうとしてるヤツだ。
「い……いや……刑務官せんせいから……全員、娑婆に居てもおかしくない髪型にしろって……」
「はぁっ?」
「そ……それと……何か変なんですよ……。ここだけの話なんですが……ここの人達全員分の散髪が終ったら……『外』で散髪の仕事をやるらしくて……」
「何だって?」
 一体全体、何が起きようとしてるんだ?

 そして、その日、ウチの刑務所の囚人は、余程の重罪のヤツや病気・齢・障害のヤツ以外は、ほぼ丸ごと、娑婆に居てもおかしくないような服に着替えさせられた上で、東京のある場所に護送された。
「こ……ここは……?」
「オリンピックの開会式の会場だ」
 俺達をここに連れて来た機動隊員は、そう言った。
「えっ?」
「刑務所の中でも知っちょるだろ? 外では伝染病が流行っとるって……」
 その時、ある事に気付いた……。その機動隊員のしゃべり方には、九州辺りの訛りが有った。
 ちょっと待て、こいつ、どこの県警のヤツなんだ?
「ええ」
「だが、そん中でオリンピックは開催されるこつになった」
「はぁ……」
「しかし、オリンピックのスポンサーであるアメリカのTV局から注文が来た……無観客試合は困ると」
「えっ?」
「おい、よう聞けよ、ロクデナシども……。お前たちは、これから……オリンピックの観客になってもらう」
 はぁっ?
「オリンピックの期間中、何も問題を起こさずに、観客をやり遂げる事が出来て、その後2週間経っても、例の伝染病に感染した兆候が出なかったヤツは……特別恩赦だ」
 い……いや、ちょっと待て。娑婆に戻る日を夢見てきはたが……心の準備が……。

「外人さん……あんた、どっから来たんだ……?」
 俺はうしろの席に居るヤツにそう聞いた。
「牛久の入管の収容所」
 なるほど……そこからも引っ張りだされたのか……。
 しかし……暑い。
 観客のフリをしろ、と言われたは良いが……この炎天下で飲み物1つもらってない。
 前の席には……背後に座ってるのが罪を償い終ってない犯罪者だとは知らず、呑気に日の丸の旗を振ってる小学生。
 どうやら……「無料での招待」と称して、ここに「強制連行」されてきたらしい。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 横の席の奴が苦しみ出した……。
 刑務所内で、他の囚人からいじめられてるのを助けてやった事が有る奴だ。
「おい……大丈夫か?」
「あ……アニキ……すまねえ……」
「どうした?」
「い……いや……生身の……を見るのは……久し振りなんで……いつまで耐えらるか……自信が……」
「えっ?」
 あ……そうだ……。
 刑務所は、ある意味で男社会だ。
 男らしくないと見做されたヤツはいじめの対象になる。
 ……例えば、性犯罪者……。その中でも……更に「弱い相手」を狙った……。
「でへへへ……」
 奴は……入場してくる選手団ではなく……前の席の子供達を、汗だけではなく、涎と涙を流し続けながら、うっとりと眺め……。

 たのむ……誰か……助けてくれ……。
 この狂った娑婆から……平和な刑務所の中に……俺を戻してくれ……。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

当サイトは小説投稿サイトです。エロ実話の投稿は他所でやって下さい。

蓮實長治
ホラー
だが、投稿者にとっては、とんだジャンル違いだった。 ついでに、この校則は実在する&その学校が有る自治体の議会でも問題になったから困ったもんだ。 「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「pixiv」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。

気まぐれホラー

黒色の猫
ホラー
作者の気まぐれ、ホラーっぽい話 今の所、予定はないですが、もしかしたら、今後も投稿するかもしれないので、完結にはしてません。

国葬クラウドファンディング

輪島ライ
ホラー
首相経験者の父親を暗殺された若き政治家、谷田部健一は国政へのクラウドファンディングの導入を訴えて総理大臣に就任する。刑務官を務める「私」は、首相となった谷田部を支持していたが…… ※この作品は「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。

支配者【マカシリーズ・7】

hosimure
ホラー
わたしは今、小学5年生。 名前をルナって言います♪ 自分ではフツーの女の子だと思っているんだけど、みんなには「にぶい」ってよく言われる。 確かに、自分のクラスの支配者を気付いていなかったのは、わたしだけだったみたい! でも…本当に支配しているのは、誰かしら?

夜の底からの通信

歌川ピロシキ
ホラー
元通信兵のニーナは終戦後の今も戦場の悪夢の中にいる。 家の外を車が通っただけで怯えて物置に潜り込み、掃除機の音で暴れまわり、パンクの音で家を飛び出す日々。 トラウマに振り回される日々に家族もニーナも耐え切れず、帰還兵専門の病院に入院する羽目になった。 そんなニーナに戦友からかかってきた電話の内容は? 「血まみれ聖女」「戦争のあとしまつ」のスピンオフですが、そちらを読んでいなくてもわかるようにはなっています。 「戦争のあとしまつ」に入れるつもりが長くなってしまったのでSSとして独立した作品にしました。

ヲクトリサマ

猫蕎麦
ホラー
ゲーム用に作ったシナリオです。 稚拙な文章ですみません。

冴戸さん

郷新平
ホラー
高校生の綾瀬浩介は友達にからかわれた怒りで嘘を吐いた。 そこで出てきた女性の名前、彼女は実在しているのか? 浩介の犯した罪は?

事故物件に泊まったら自縛霊がいた

ツヨシ
ホラー
タイトルそのまんまです。

処理中です...