Storm Breakers:第一部「Better Days」

蓮實長治

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序章

十年前

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「ねえ、あたし達って、何やれば良かったんだっけ?」
「ええっと……陽動……」
「悪モンの親玉の家を派手にブッ壊す事って、陽動って呼ぶんだっけ?」
「……」
「帰りは安心だな……。一夜にして関西の軍事バランスが崩れちゃったんで、奴らには私らを追撃する余裕なんて無いだろうしな」
「…………」
 ここは、あたし達が住んでいる九州は福岡県から遠く離れた大阪府の吹田市。
 かつて、万博記念公園と呼ばれていた場所の近くだ。
 夜が明ける頃には、わざわざ万博記念公園を潰して作られたモノも灰と瓦礫の山と化しているだろうけど。
「ところでさ……お前、靖国神社に怨みでも有るのか?」
 あたしの双子の姉であるらんちゃんにそう言ったのは、ひなたちゃんだ。……本名は関口陽、ヒーローとしてのコードネームは「大元帥明王アータヴァカ」。強化装甲服パワードスーツ水城みずき」の「パワー型」を着装した「修験道系『魔法少女』」だ。
 いや、「魔法『少女』」と言うと怒られるので(あたし達姉妹きょうだいも、今年の3月に高校を卒業し、ひなたちゃんは、そのあたし達より更に1~2歳上だ)「魔法使い」と呼ぶべきか。
「怨みと呼べる程の『思い入れ』が有るんなら、あんな雑なブッ壊し方なんてやらない」
「ああ、そう言や、前回も雑な壊し方だったな」
 姉とは言っても、あたし達が赤ん坊の頃に両親が離婚したせいで、別々に育ち……あたしが瀾ちゃんと云う姉が居るのを知ったのは、高校に入る直前だった。
 その「姉」が着装しているのは、超チート級の戦闘用強化装甲服パワードスーツ「護国軍鬼4号鬼」。
 「護国」と言っても、十数年前の富士山の噴火で関東が壊滅して以降、日本の「国」って何だ、と云う極めて哲学的かつ実際的な問題が生まれ……そして、未だに回答の糸口すら見出せていない。
 実際、あたし達の仲間の一人で、瀾ちゃんの恋人であるエイミー……ヒーローとしてのコードネームは「青き戦士ソルジャー・ブルー」……は、生まれも育ちも民間軍事企業の研究所なのに「自分の民族的エスニック・アイデンティティーは『スコッチ・アイリッシュ系アメリカ人』だ」と言い張っている。
 世界各地で「国」が機能しなくなってからは、それが「普通」になりつつあるのかも知れない。国籍も民族も……下手したら性別さえも「自分が何者かを自分で決める為の補助線や道具」と化しつつあるのかも……。いや、エイミーの場合は、単にアメコミのキャプテン・アメリカのファンだから、スティーブ・ロジャースと同じになりたいだけだろうけど。
 話を戻そう。
 あたし達の目に映っているのは……そして、かつて「万博記念公園」が有った場所に建てられたけど、もうすぐ単なる廃墟と化すであろうモノは……関東が壊滅して以降に作られた2つの「贋物の靖国神社」の内の残り1つ。通称「シン靖国神社」だ。
 もう1つは、壱岐と唐津の間の人工島「Neo Tokyo Site01」の通称「九段」地区に存在したが……3年前に瀾ちゃんが、ある理由で「死んだフリ」をする羽目になった際に「ついで」に爆破されてしまった。
 ちなみに、この「大阪」に有る方の「贋物の靖国神社」は、どうやら精神操作系の特異能力者らしい自称「シン天皇」が住む、これまた自称「シン皇居」も兼ねている。なお、本当に旧皇族の一員かは不明。
 いや、「シン皇居」を兼ねている、ってのは不正確だ。正確には「兼ねていた」。
 金も社会的地位も十分に有るのに、もうすぐ廃墟になる場所に住み続けるのは少しもオススメ出来ない。
 「シン天皇」が生きていても、そろそろ、引越し先を探して、引越し業者に見積を依頼した方がいい。
 多分、家具とかもほぼ全部無くなってるだろうから引越し費用がかからないのは、この状態での数少ない救いだろう。……生きていればだけど。
 ここ、自称「シン日本首都」こと旧大阪府が誇る珍兵器「陸上戦艦『移動式・護国神社』」が何台も制御を失なって、「シン靖国神社」に突入し、そして互いに衝突したり、積んでる大砲やミサイルを乱射したり……まあ、控え目に言ってもエラい事になっている。要は、自分達の兵器を、自分達が「日本の正統な国家元首だ」と主張してる人物の住居にKamikazeさせてしまったのだ。そのうち歴史の本に載る事間違いなしの派手で豪快で色々と残念な自殺点オウンゴールだ。
 その時、陽ちゃんの脈拍が変化。
「どしたの……?」
「あ……ああ、『観えない』んだな……。あのデカブツ、『魔法』系の兵器も積んでたみたいで……それも暴走して……ヤバい『異界』への『門』が次々と開いてる」
「なんだ……いつもの事か」
「困った事に『いつもの事』だ」
 続いてドデカい火柱。
「何、あれ?」
「そりゃ、ガソリンと火薬を山程詰んでるモノに火が回れば、ああなる」
 今度の解説は瀾ちゃん。
「『最新兵器』なのにEV電動車じゃないの?」
「あのデカさのモノを電動化するのは……まだ技術的に難しい上に……今じゃ『大阪』の内と外の技術格差は5年分ぐらいは有る筈だ」
「あたしの能力ちからで、あの火を消した方がいいかな?」
「あれの消火に必要なのは……水より、化学消防車だな……」
 残念ながら「ヒーロー稼業」を始めてから、何度も、この手の「歴史に残る一大スペクタクル」の現場に居合せる羽目になったので、あまり感慨は無い。ああ……自分でも色々と感覚が麻痺してる事だけは良く判る。
 確かに瀾ちゃんの言う通りだ……。「怨み」も、また、「思い入れ」の一種。愛の反対は憎しみではなく無関心。誰かに憎まれ怨まれてるなら、まだ、安心だ。力を持つ誰かが、自分の大切なモノに何の関心も持っていない時こそ、あっさりと、無惨かつ面白おかしく、どたどたどたどたどたぁっ♪って感じでティラノサウルスのむれか何かが走り去った後みたいな状態と化す事を心配した方がいい。
「あのさあ……何で……いつも、こうなるんだよ……」
 この自称「シン日本首都」こと旧大阪府は、無法地帯でも全体主義国家でも無い。
 そのどちらよりも更に酷い。
 両方の悪いとこ取りだ。
 チート能力は持ってるけど、阿呆さに関してもチート級のヤツが支配する……普通はあっさり破滅の炎に焼かれるけど、その結果、不死鳥のようにもっとマシな状態になって甦る筈の社会が、支配者のチート能力によりゾンビのように死に切れずにいる、と云う最低最悪の状態だ。支配者は変る気配が無いのに、社会システムは破綻している。最近の社会学者が「ゾンビ社会ソサイエティ」「ゾンビ共同体コミュニティ」と呼んでるモノの典型例だ。
 あたし達の今回の任務は……そこから「難民」を隣県に逃す事……。
 そこに関しては、専門のチームがそつなくやって、あたし達は、言わば「超強いだけの囮」。
 「事実上の大阪政府」である「獅子の党」は、今や旧時代の遺物にして異物と化した連中の集団だ。
 「大阪」の真の支配者である「精神操作系の特異能力者」は「手駒」として「精神操作能力への耐性を欠いたメンタリティ」の持ち主……昔風の言い方をすれば「体育会系」や「ヤンキー」……を揃えてしまった上に、「精神操作能力」への耐性が有る人達への迫害を行なっていた。
 どうやら、二〇〇一年に存在が明るみに出る前から裏で何かやっていた「精神操作能力者」達は……秘かに「自分達の能力に耐性が無いメンタリティの持ち主ほど出世しやすい社会」を作っていたらしいのだが、今の「大阪」の「真の支配者」は、それを歴史上、最も堂々かつあからさまにやり始めた。
 その事態を何とかする為に、あたし達が囮になってる間に、万単位の『精神操作能力への耐性持ちの人達』を『亡命』させる、と云う手筈を整えていた筈だった。なにせ、「大阪」の上層部は、異常に面子に拘る直情的で短絡的で、それでいて自分達を冷静で合理的で理性的だと信じ込んでるマヌケが揃ってるんで、精神操作能力なんて無くても操り易い事、この上無い。
 けど……いつも……こうなる……。あたし達と云う「囮」が……少々、チート過ぎたらしい。ゾンビから生きた一般人を逃す作戦の囮役が、あっさりゾンビの半数以上を虐殺してしまったような感じだ。
 そして、瀾ちゃんは……理性・合理性・知性を兼ね備えてるのに……何故かいつも結果として、単に、悪モンを大量虐殺し、建物や町をブッ壊す……だけで済んだら、まだマシなオチを作り出す。……あたし達が行く先々の「地域社会」は、何故か、瀾ちゃんが関わったが最後、それ以前とは同じで有り続ける事は出来ない。
「なあ、私らがやった事のせいで……『大阪』の支配者が代ったら……難民を逃す意味って、有ったのか?」
「あ……言われてみれば……」
「『言われてみれば』じゃないよ……」
 そうだ……瀾ちゃんのヒーローとしてのコードネームは「羅刹女ニルリティ」。そして、「瀾」と云う名前の意味は「荒波・高波・大波」。
 いつしか、同業者の間でも、悪モン達の間でも、こんな事が囁かれるようになっているらしい……。
「悪鬼の名を騙る苛烈なる『正義の女神』が現われる場所には混沌と新たなる秩序がもたらされる」
 と……。
 いや、こんなクサくてダサいセリフ、本人の前で言ったら、瀾ちゃんの機嫌が悪くなるのは確実だけど。
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