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序章
ネクロポリス
しおりを挟む数年に一度の規模の大型台風が関東に上陸したせいで、道路は各所で寸断さていた。
地元や隣県の県庁所在地や政令指定都市・中核都市にも「レンジャー隊」は配備されているが、予想外の事態のせいで、どこの部隊も出払っており、相対的に余裕が有る東京の総本部――所在地の名前を取って「九段」と呼ばれている――から、茨城と千葉の県境の山間部に「レンジャー隊」が派遣される事になった。
事象の発生が確認されてから通報まで推定三〇分。
近隣のレンジャー隊に「人員」(正確には「人」でない者も含まれるが)の余裕が無い事が判明し、「九段」からの直接派遣が決まるまで、2時間弱。
レンジャー達が「九段」を出発してから、ここに到着するまで4時間以上。
ただし、「現場」は、この市街地から更に車で二〇分以上かかる山間部だ。
台風によって起きた土砂崩れで死傷者が出た為に、事象が発生したが、連絡者が置かれていたであろう状況からして、避難は極めて困難である事が予想され、最早、連絡者も無事ではあるまい。
しかも、この区域にある警察署・市役所その他の公的機関とは連絡が取れなくなっているが、台風による停電のせいか、それ以外の理由かは不明なままだ。
付近の建物のガラスは割れ、街灯や信号機や電信柱は、ほとんどが倒れている。
『隊長、我々を中心にした半径三〇〇m圏内に多数の反応が有ります。この区域は既に「黒」と思われますが、個々の反応は弱いので、我々の戦力で十分に掃討可能と思われます』
後方支援要員から無線通信が入る。「黒」とは、災害時などの識別救急から取られた用語であり、「既に手遅れ」を意味する。
「付近の怨霊を掃討後、怨霊検知センサ搭載のドローンでの探索を行なう。おそらく、事象が発生した地域も既に手遅れだろう。『九段』と最寄りの県本部に結界装置と大規模浄化弾の余裕が有るか確認してくれ」
『了解しました』
その時、いくつもの声がした。
「たすけてください」
「見ろ、みんな‼『神風者』が来てくれた‼ 助かるぞ‼」
その声と共に、近くに有った建物の中から、年齢も性別も様々な十人以上の人々が出てきた。
『隊長、貴官から約二〇mの位置に怨霊反応が十体以上有ります。怨霊らしきものは確認出来ますか?』
「いや、我々に救助を求めている人が十数人、近くの建物から出て来たが……」
『当方では生きた人間は確認出来ません。それは、おそらく怨霊です。人間に見えているなら擬態です。掃討して下さい』
「了解した。全員、銃器準備確認手順1を実行」
「『ブルー』完了しました」
「『イエロー1』完了しました」
「『イエロー2』完了しました」
「『ブラック』完了しました」
「『グリーン1』完了しました」
「『グリーン2』完了しました」
「『グリーン3』完了しました」
「『グリーン4』完了しました」
「攻撃前に、もう1度確認する。小職が目撃している十数体の『人型』は、そちらのモニターに映っているか?」
『いえ、映っていません。隊長が目撃しているモノは、物理的実体は有していないと思われます』
「ならば、小職が目撃している『人型』は、全て人間ではなく怨霊なのだな?」
『間違い有りません。有るのは怨霊反応のみです。全員の銃器のロックを解除しました。掃討を許可します』
「了解。全員、構え銃。九時の方向から一一時の方向に居る、当方に接近しつつ有る『人型』を全て銃撃。私からの停止の指示が有るか、『人型』が全て活動を停止するまで銃撃を続けよ」
『隊長、確認させていただきます。私は、あの「人型」を「生きた人間」と認識していますが、銃撃しても問題有りませんか?』
副隊長から質問が有った。
『問題ありません。銃撃して下さい』
「了解。副隊長、問題無い。銃撃を開始しろ」
『了解しました』
副隊長が、そう言った時、光の加減のせいか、「彼」の顔を覆っている半透明の青いヘルメットの中身――申し訳程度の知性を感じさせる目を持つ腐乱死体の如き顔――が透けて見えた。
それを見た、隊長は、一瞬、顔をしかめる。
次の瞬間、対怨霊軽機関銃の発射音が轟いた。
「ま……待て……どう云う事だ? おい、後方支援要員‼ どうなっているんだ? お前らが言った事と違うぞ‼ おい、待て、どう責任を取るつもりだ‼ うわあああああ‼ お……俺のせいじゃねぇぞぉ~っ‼」
『い……いや、そちらこそ待って下さい。一体、何が起きたのですか? 当方では何の異常も確認していませ……えっ? 何だ、これは……どうなっているんだ?』
血飛沫が飛び散り、悲鳴が上がる中、後方支援要員も何らかの混乱状態に陥っているようだった。
「フザけるなぁ‼ あれが……あれが、怨霊だと? 怨霊が……怨霊が……怨霊が……あんな事になるかぁっ⁉」
後方支援要員が「怨霊」だと自信を持って請け負った筈の「人型」は、次々と、血を流し、まず予想外の事態が起きた事で混乱してるような、続いて苦悶の表情を浮かべながら、1人また1人と倒れていった。
優しげな顔の老人も。
あどけない顔の幼児も。
咄嗟に、その幼児を守ろうとした母親らしき女性も。
隊長と同じ位の年齢の背広姿の男性も。
「フザけるなぁ‼ フザけるなぁ‼ フザけるなぁ‼ お前らが怨霊だと言ったんじゃないかぁ~っ‼」
『怨霊だよ。既に……』
無線機から聞こえてきたのは、もう夕方の6時ですか、道理で暗くなってる訳だ、となにげなく言ってるような口調の初老の男の声だった。
「だ……誰だ、お前は? ま……まさか……」
『これだから……私が生きてる頃にも……あんた達の装甲服だけじゃなくて、この車にも、対霊能防護を施しておくべきだ、って散々言ってたのに』
次は、大人の女性の声。
生者を守るべき対怨霊部隊である「神風者」が人を殺してしまった。そして、助けてくれる筈の者達に殺された人々は次々と怨霊と化していく。
「何故、助けてくれないのぉ~」
「何故、撃ったぁ~」
「何故、ぼくたちを殺したの? 神風者はヒーローじゃないの?」
「これだから、国なんて信用出来ん……」
怨霊達は、次々と憎悪と苦痛と悲しみに満ちた声を上げる。
しかし、副隊長以下8名は、隊長からの停止命令が無い為に、なおも銃撃を続けていた。
そして、怨霊と化した人々は、怨霊にも効果を持つ特殊弾によって、もう1度「殺され」ていた。
「き……貴様らは……まさか……『怨霊戦隊デスレンジャー』⁉」
ドンッ‼
その瞬間、突如として上空から落ちて来た、あるものにそっくりな「槍」が隊長の脳天を直撃した。
全長約2m、太さ約7㎝の「巨大なボールペン」にしか見えない「槍」。
隊長の股間から覗いている「槍」の「穂先」もボールペンのペン先にそっくりだった。大きさと、血液その他の体液に塗れている以外は……。
「何、それ? ダっサい。まさか、あたし達の事?」
声の主は、どこからともなく現われた、「半袖のセーラー服」を装った十代半ばらしい短めの髪の少女だった。
セーラー服と言っても、襟やリボンや袖口やスカートは明るめのメタリックブルーで、それ以外の部分は白と云うより銀色だった。金属を思わせる独特の光沢のせいで、コスプレ用の衣装にしか見えない。
「しょうがねぇだろ。素で『護国戦隊・神風者』とか恥かしい名前を名乗ってるクソどもだぞ。俺達の事も、クソな名前で呼んでて当然だろ」
次の声の主は、若い男……ただし、右半身はチンピラ風の長髪の男だが、左半身は、所々、ガンメタリックの「装甲」に覆われている以外は皮膚の無い剥き出しの筋肉となっていた。
もっとも、その剥き出しの筋肉も、知識が有る者が見れば「ホラー映画好きの素人が適当に描いた解剖図モドキのような」とでも評するであろう解剖学的に有り得ない無茶苦茶なものだった。
『隊長、後方支援要員、聞こえていますか? 指示をお願いします』
副隊長は、壊れたレコードのように、そう言い続けていた。
「うるせえよ」
半身がチンピラ風、半身が剥き出しの筋肉からなる男は、そう言って、左腕に出現していた、骨と筋肉で構成されているような外見の刃で、副隊長の首を落し、続いて、その刃で胴体を貫いた。
副隊長の「体」は機能を停止し、首の切り口からは、その「体」に封じられていた怨霊が顔を出していた。
その怨霊の腐乱死体のような顔には、戸惑いの表情が浮かんでいた。
そして、「チンピラ」と「少女」は、指揮官を失ない木偶の坊と化した他の「神風者」達も次々と倒していった。
「何と言いますか……私らの『仲間』に出来そうな方は居らんようですなぁ……。まぁ、毎度の事ですが……」
更に新たなる声の主は、地味な色の和服を着た髪の白い皺だらけの女性だった。
「じゃあ、おばあちゃん、成仏させてあげたら」
「はぁ……そうですなぁ……」
老女が何か読経のようなモノを唱えると、「神風者」達の「中」に居た怨霊は次々と消えていく。
「ところでさ、あれ、誰?」
そう言って「少女」が指差した先には、高校生ぐらいの少年が居た。
「おい、新しい死人」
「えっ? 俺の事っすか?」
「いや……それほど新しか方じゃなかごたるとですが……」
年配の女性が、そう指摘した。
「え? ばあちゃん、どう云う事?」
「どうも……あたしらの同類になって……2~3日ほど経っとるようです」
「あ~、そう言や、その頃に、ちょうど、高校生が、この駅の線路で飛び込み自殺をやった、とか云うニュースが有ったな……。でも、たしか、自殺した高校生が『怨霊』化したかは不明」
「で、結局、どうすんの? この子、仲間にする?」
「仲間って、何の事だよ?」
「何だよ、その口の聞き方? これだから、男は……自分より強そうな男にはペコペコする玉無しのクセに、女ってだけで目下だと思ってやがる」
少女が、そう言った途端、彼女の姿が消えた。
続いて少年の姿が消え、代りに、少女は少年が居た辺りに出現していた。
更に一瞬の後、十数mほど離れた場所に有る建物の方から、何かの激突音がした。
「いきなりかよ」
「誰が先輩か、教えてあげたの」
半身はチンピラ風、もう半身は剥き出しの筋肉の男の一言に対し、少女は、顔をしかめ、痛みを払うかのように手を振りながら答える。
翌日、その区域には「大規模浄化弾」と呼ばれるが対怨霊兵器が投下された。しかし、この「大規模浄化弾」は、高熱と爆風を伴なう為、必然的に、近隣に居たわずかな生存者の命も奪う事となった。
そして、「九段」が、先に派遣されたメンバーが発したと判断した、「大量の怨霊により襲撃されている為、救援を乞う。近隣には生者は、ほぼ皆無の模様」と云う連絡は、俗に「怨霊戦隊デスレンジャー」と呼ばれている「敵」が流した欺瞞情報だった。
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