魔導狂犬録:BELIEVER

蓮實長治

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第一章:無間道

妹(2)

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 あの頃の私は馬鹿だったのか……それとも今の私が、あの頃よりも馬鹿になったので、逆に当時の私の行為が馬鹿に見えるのか……今では、どちらなのかは自分でも判らなくなっている。
 ともかく、あの頃は、学校でも、そうだった。
 例えば、それが嫌いな相手であっても、誰かがいじめられているのを見れば庇おうとした。
 そのせいで、思い出したくもない程、ロクでもない目にも遭った。
 小学校で、いじめられている男の子を、女の子が庇ったりすれば、どう云う事になるか。
 それで想像が付くだろう。
 こうして、人は学び、大人になっていく。
 この世は、多分、無名の誰かの善意が失なわれたら、あっと云う間に地獄に変る。
 だが、その無名の善意を持つ誰かの役割は……文字通り、自分以外の自分とは関係ない誰かに押し付けた方が賢いと。
 世間とやらが、その無名の善意の誰かを嘲笑しているなら、その誰かが居なくなるか善意を失なうかしたら、無数の人達が地獄に堕ちるとしても、自分が地獄に堕ちない限りは、知った事か……嘲笑する側に回るのが現実主義・合理主義ってヤツだと。
 けど、子供の愚かさ……あの頃の私は、そこまで達観出来ていなかった。
 正直言って、兄は嫌いだった。
 兄の性格が歪んだのは……兄のせいではなく、父や祖父や叔父達のせいだとしても……嫌いなものは嫌いだった。
 でも……。
 週1回、離れで行なわれている何か。
 それが終る度に、兄が泣いているのを見た。
 呪術者の家系に生まれながら……兄は、呪術者に必要な、ある才能が欠けていた。
 スポーツで喩えるなら……「ちゃんとした訓練を受ければ驚異的なまでに高い身体能力を得るポテンシャル」と「どれだけ練習・訓練しても運動神経ほぼゼロ」の両方の特性を合わせ持って生まれてきたようなものだ。
 欠陥品の制御ソフトが搭載された、最高のハードウェア。それが私の兄だった。
 ともかく、気付いた時には、私は離れの前に立っていた。
 そして、離れの入口の戸に手をかけていた。
 怒り……。
 大人になってからは、ずっと押さえ続けてきた怒り。
 当時の私は、その怒りが呪いのようなモノだと気付いていなかった。
 どうやら、私は、強い者が弱い者を虐げる事に、本能的な怒りを感じるように生まれ付いてしまったらしい。
 そして、その怒りは……。
 今にしてみれば、何故、あの時の私が怒りを解き放とうとしたのか判らない。
 小学校の同級生から、いじめられっ子を庇うのとは違う。
 相手は大人だ。
 それなのに……。
 まるで……誰かに背中を押されるように……。
 だが……。
 たしかに、あの日の記憶の中では、私の背中を誰かが押した。
 炎に包まれた……怒れる神々が、私を守ってくれているような気がしたのだ。
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