ある神社の起源に関する異伝

蓮實長治

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ある神社の起源に関する異伝

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 その男が、乳母代りだった尼に連れられて、この郷に辿り着いて何十年も経っていた。
 ここに来た頃は、まだ、幼児だった男の髪にも白いものが混じり始めていた。
 だが、彼が子供の頃と変る事なく、冬になると郷には見事な紅白の椿が咲き誇っていた。

 男が、その夢を初めて見たのは、この郷に辿り着いて間も無くの頃だった。
 夢に出て来たのは、烏天狗……に良く似た姿だが、そう呼ぶには余りに神々しい全身を金色の羽毛に覆われ、朝日の色を思わせる炎をまとった存在ものだった。
 それは……夢の中で、まだ幼児だった男に異国風の真っ直ぐな剣を振り翳し……そして、首を傾げた。
「お待ち下さい、……様」
 その時、1人の女性にょしょうの声。
「どなたかな? 見た所、いずこかの尊き御方のりのお姿と見受けるが?」
「かも知れませぬが、今は、この地に住む名も無き水神にございます」
 その女性は、声も姿も……二度と会えぬであろう母親に似ている……。少なくとも、まだ幼児だった男には、そう思えた。
「では、如何なる御用か?」
「そのわらべは、貴方様が討つべき者でしょうか?」
「……たしかに……。妙な……。何やら手違いが有ったようだ。退散いたそう」

 そのような夢は、男が齢四十になる頃まで、何年かに一度、起きていた。
 ただ、2回目以降は、微妙な違いが有った。
 金色の烏天狗が出てきたのは1回目の夢だけで、2回目以降は、青い肌に真紅の炎をまとった明王であったが、やはり、水神を名乗る女性にょしょうの説得により退散していった。

 だが、この夢は単なる夢ではなく……何かの神異のようで……しかし、その影響は、男自身の身ではなく、近隣の娘達の身に顕現あらわれた。
 この郷の娘達の中に、もののけや神を視る事が出来る者達が異常に多くなったのだ。
 この時代、「もののけ」と「神」は区別されており、更に「神」も、気軽に人の願いを叶えてくれるが、迂闊に人間が関わるべきでない「実類」「実神」と、容易く人の願いを叶えてくれないが、人々を慈悲深く「もののけ」や「実類」より護ってくれる「権神」とに分けられていた。
 幸いにも、この地には「神」が……それも「権神」が住まっていたらしく、この世ならざる者達を視る能力を得た娘達は、巫女として近隣で加持祈祷を行なうようになり……。

 いつしか、その巫女達の拠点となった、この郷には水神を祀るやしろが建ち、年に何度かは、祭が開かれ、近くの別の郷からも人が集まるようになっていた。
 そんな祭の日、男は、たまたま、郷に一夜の宿を求めた旅の遁世僧に幼い頃から自分の身に起きた不思議な夢の話をした。
 一体、この夢は何なのだ、と?
「誰かに妙な誤解をされている覚えは、ございませぬか? 貴方が誰かを怨んでいると……その誰かに誤解されるような覚えは?」
「誰かに怨まれる覚えではなく……儂が何者かを怨んでおると、その何者かに誤解される覚えですか……さて……?」
「2回目以降は……おそらくは、貴方に怨まれておると誤解した誰かが、山伏か密教僧に調伏の修法を行なわせたのでしょう」
「では、何故、儂は無事なのですか?」
「その誰かは……貴方が怨霊と化したと思い込んでいた様子。ですが、貴方は、現に生きておる。それゆえ、生者に怨霊調伏の修法を行なった為に……貴方様は亡くならなかったと。それと、この地にられる神の御加護でしょう。どうやら、この地の神は、徳高き仏菩薩が何かの因縁により位の低い神に身をやつしたものと思われます」
「では……1回目の夢は……?」
「それだけは……何とも……。1回目の夢に現われたのは迦楼羅王。龍や蛇に関わりのある邪神やもののけを調伏する神にあらせられるが……」
「儂に怨まれているという思い違いをした何者かは……儂が人ではなく龍か蛇だと思い込んだとでも?」
「それしか説明が付きませぬが……何故、そのような思い込みをしたのやら……」
 どんな理由で、自分が誰かを怨んでいると誤解されたかは判らぬが……死して怨霊になったと思われていた、であれば、まだ理解出来る。
 だが、一体全体、誰が何の理由で、自分を龍か蛇の化身と思い込んだのか?

 その時、琵琶のが響いた。
 薩摩や筑前を拠点にする僧形の盲人達が、戦乱の悲劇を歌う芸が、いつの頃からか流行っていた。
 その唄を聴く内に……。
『ま……待て……これは……』
 唄の中に出て来る、幼なくして命を失なった哀れな幼児。
 それと、幼い頃の記憶が……妙に一致している。
 自分は死なず、唄の中の幼児は……本州と九州の間の壇ノ浦に沈み……。

 だが……更に……。
 唄の中の幼児と、現実の自分の運命は、分かれながら、それでいて、一致していた。
 幼児は実は龍宮の龍王の王子の化身であった。
 かつて、八岐大蛇の名で、この国に現われた時に、須佐之男命と争い敗れ、龍宮の宝であった宝剣を奪われた。
 しかし、龍王の王子は奪われた宝剣を取り戻す機会を伺い……八の首にちなんで、八歳の人間の天子となり宝剣を取り戻して龍宮に帰還し……。
 そして、八歳の天子の怨霊は都に地震を起こし……自分達を討ち滅ぼした男と、その兄で武家の者達が「右大将殿」と崇めていた男とを仲違いさせ……更に、その「右大将殿」を憑り殺し、その血脈を「右大将殿」の息子の代で断絶させ……。
 どうなっている?
 思えば……最後に、あの夢を見た頃……遠く坂東の地より、かの「右大将殿」の2人の息子が相次いで死に、ただ1人生き残った出家した息子も、還俗する事を拒み、ついに「右大将殿」の直系の血は絶えたという噂が……。
 どうなっている?
 儂は……現実の人間なのか?
 それとも……物語の中の登場人物にすぎないのか……?
 儂の今までの人生は夢の中の夢……物語の実在せぬ登場人物が己の哀しい人生を呪って見た夢なのであろうか……?

 男は……必死に頭を回転させ……やがて、納得のいく結論に辿り着いた。
 そうか……この唄は……世の人々が信じた……この儂についての物語。
 真実まことには程遠いが、世の人々は真実まことと信じた。
 そして、何か世に変事が有るたびに……それを儂の祟りだと信じた。
 

 だが、四十の頃を最後に、男は子供の頃から見続けていた夢を2度と見る事なく、安らかに天寿を全うした。
 男を恐れていた、朝廷も鎌倉幕府も……いつしか、男の事を忘れ去っていたのだ。

 それから数百年、その地の領主であった有馬氏によって、男が暮した郷のやしろは、筑後川の川縁に移され、有馬氏の守り神とされるようになり、そして、全国の水天宮の総本社となった。

 当時の身分高き生れの男の常として、男には様々な名が有った。幼名・本名いみな通称あざな……その中で、後世、最も良く知られたものは「安徳」という諡号おくりなである。
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