上 下
1 / 1

献残屋と堅物そうなサラリーマン

しおりを挟む
「先輩、いいんですか、あそこの人?」
 俺が入っている大学のサークルの落語研究会の後輩である関口リカは小声でそう訊いてきた。
 ここは、俺のバイト先の喫茶店の2F席。
 そして、近くの席には……店員がめったに来ないのをいい事に、店外から持ち込んだペットボトルの烏龍茶を飲んでるサラリーマン風の男が居た。
 テーブルに有るのは空になった最小サイズのカップ。
 やってる事はセコいのに、髪も服装もきっちししている。
 顔もマジメそうだ。何代か前の総理大臣に似てる気もする。
 そう云うヤツがセコい真似してるってのも……落語の小話でネタとして使えそうだな……。
「いいよ、今日は客として来てんだから」
 俺は、そう言った。
「あ、ところで、村山さんがやってた小話の中に出て来た『献残屋』って何ですか?」
「江戸時代に有った、賄賂をお金に換えてくれる店だよ」
「へっ?」
「例えば、誰かに賄賂を贈りたい奴は、その献残屋って店で、壺とか掛け軸とか、そう言った美術品を買う。もらった方は、献残屋に『売った』事にして、金に換える」
「い……いや……それって、いいんですか?」
「良くはないけど、金を直接やりとりしてる訳じゃないから……」
「ああ、だから……」
「そう、だから、あの小話では、そんな店だと知らなかった奴が掛け軸を買おうとして『お客様、不心得は困ります』って言われた訳だよ」
「説明するのも野暮ですけど……ちゃんと、お金を払って商品を買おうとしたのに、万引きでもした時みたいな事を言われた訳ですね」
 そんな話をしてる内に……セコいサラリーマンの姿が消えていた。

 俺とリカは、1時間ほど話した後、今日は客として来たバイト先を出ると……。
「あなた……ここの店員さんですよね?」
 外に出た途端に、中年ぐらいの男の声。
「えっ?」
「でも……今日は休みみたいですね?」
 あ……あの……そ……そんな……。
「おやおや、彼女を置いて自分だけ逃げる気ですか?」
 話し掛けてきたのは……例の身形みなりはいいのにセコい真似してたサラリーマン。
「休みの日なのに……何で、あんな事を言ったんですか? 仕事じゃないから言わなくてもいいでしょ? 何、考えてんですか? どうせバイトで、大した給料もらってないんでしょ?」
「何の事ですかッ⁉」
 勇気を振り絞って、そう言ったのは……俺ではなくリカだった。
 ゴッ。
 サラリーマンは、持っていた鞄でリカの頭を殴る。
 お……おい……中に……何が入ってるんだ?
 リカは悲鳴1つあげずに倒れた。
「ああああ……」
「『お客様、不心得は困ります』って、私に言ったんですよね? 私への嫌味ですよね? 何、考えてんですか?」
 それは……こっちが訊きたいよッ‼
「あのねえ……君みたいな非常識な人は……社会に出てから、やってけないよ。判ってる? 私は親切心で言ってあげてるんだよ」
 い……いや、待て……何考えてんですかはははは……。
 じょぼじょぼじょぼ~ッ……。
「あのねえ、その齢でおもらしって、何考えてんの?」
 小便もらすわ、こんな訳わかんね~状況。
 逃げ……逃げ……逃げ……駄目だ……え? 俺……いつの間に座り込んでたの?
 立たないと……立たないと……立た……駄目だ、立てない……走れない……歩くのも無理……逃げられ……。

 ……と、ここまで書いた時、この小説を思い付いた切っ掛けである、飲食禁止の公立図書館の読書室で、妙に臭いのキツいツマミを喰いながら、安い缶チューハイを飲んでやがった背は高いが妙に痩せてる初老の男の姿が……あれ? あの非常識な屑野郎、いつの間に、どこへ行った……。
 ん?
 俺の背後に誰か立ってるような……?
 あ……っ。
 振り向くと、そこには、背は高いが妙に痩せてる初老の男が、俺のノートPCの画面を妙に虚ろな目で凝視みつめてい……。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

非モテキモオタですが、悪魔からもらった催眠能力でモテモテに……あれ??

蓮實長治
ホラー
「1つ目の願いはお試しなんで無料ですが、2つ目の願いを叶えたら、死んだ後、地獄行き確定ですよ」 「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「pixiv」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。

茨城の首切場(くびきりば)

転生新語
ホラー
 へー、ご当地の怪談を取材してるの? なら、この家の近くで、そういう話があったよ。  ファミレスとかの飲食店が、必ず潰れる場所があってね。そこは首切場(くびきりば)があったんだ……  カクヨム、小説家になろうに投稿しています。  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330662331165883  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5202ij/

「釘」

いちどめし
ホラー
週末に語られる、ある呪いの話。 あなたは大丈夫ですか?

呪詛返死

蓮實長治
ホラー
呪いとは、解こうとすればするほど強まり、逃れんとすればするほど絡め取られるもの。 この事態を解決しようとすればするほど……被害は広まり続ける。 誰かが意図してかけた呪いなら……その手腕は、あまりに見事。 意図せず陥った状態なら……関った者全員が、あまりにマヌケ。 SNS発の呪いが、今、1つの国を滅ぼす。 「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」Novel Days」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。 ※若干の性的表現は有りますが、あくまで本作はホラーであり、エロ方面の「実用性」はほぼ皆無です。非常に下世話かつ下品かつ直接的な言い方をするなら、例えば、男性の場合であれば「読んだら勃たなくなる」ような作品を好まれない場合こそ、御注意下さい。

カウンセラー

曇戸晴維
ホラー
あなたは、あなたの生きたい人生を歩んでいますか? あなたは、あなたでいる意味を見出せていますか? あなたは、誰かを苦しめてはいませんか? ひとりの記者がSMバーで出会った、カウンセラー。 彼は、夜の街を練り歩く、不思議な男だった。 ※この物語はフィクションです。  あなたの精神を蝕む可能性があります。  もし異常を感じた場合は、医療機関、または然るべき機関への受診をお勧めします。

おかあさん

餡脳(unknow)
ホラー
おかあさんかと思って声をかけたら、おかあさんじゃなかった女の子のお話。 ある意味ホラー。

心霊便利屋

皐月 秋也
ホラー
物語の主人公、黒衣晃(くろいあきら)ある事件をきっかけに親友である相良徹(さがらとおる)に誘われ半ば強引に設立した心霊便利屋。相良と共同代表として、超自然的な事件やそうではない事件の解決に奔走する。 ある日相良が連れてきた美しい依頼人。彼女の周りで頻発する恐ろしい事件の裏側にあるものとは?

短な恐怖(怖い話 短編集)

邪神 白猫
ホラー
怪談・怖い話・不思議な話のオムニバス。 ゾクッと怖い話から、ちょっぴり切ない話まで。 なかには意味怖的なお話も。 ※完結としますが、追加次第更新中※ YouTubeにて、怪談・怖い話の朗読公開中📕 https://youtube.com/@yuachanRio

処理中です...