青き戦士と赤き稲妻

蓮實長治

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「赤き稲妻」第1章:平和の時代(ユートピア)

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 頭は打たずに済んだが、全身に激痛が走り、肺の中の空気が一気に外に出る。
 だが、私の手には拳銃が有る。倒れたまま、黒人女性に銃口を向け、引き金を……引けない。ロックされている。
「安全装置は外したかい?」
「えっ?」
 思わず手にした拳銃を確認するが……。
「‼」
 黒人女性が、私の顔を踏み付けようとした。私は、ギリギリでそれを躱す。
「あのね、それは弾が無くなると、引き金がロックされるの」
 からかわれている。だが、逆に言えば、この黒人女性は、全力を出さずとも私を捻じ伏せる事が可能な腕前を持っていると云う事だ。
 純粋な身体能力は私が上でも、私は、あくまでも対「上霊ルシファー」要員。上霊ルシファーは、通常、単独行動で、しかも、高度な格闘術も、こちらの心理的な隙を突いたトリッキーな戦法も使わない……身に付けていたとしても、使う必要が無い。そう、私が学んできたのは、1人1人がまるで違う多様で圧倒的な力を持つが、同時に戦いの素人である場合が多いような相手に対する戦法だ。
 それに対して、相手は、人間同士の何でも有りの戦闘を掻い潜り続けた歴戦の戦士らしい。何の事は無い、私の判断ミスだ。最初から有利な条件に有る相手に喧嘩を売ってしまったのだ。
「その人から離れなさい‼」
 コ事務官の声。
 彼女は暴漢の1人が落した拳銃を拾って、黒人女性に向けていた。
「撃てるのかい?」
「よう、ジャミラ姐さん、久し振りだな」
 その時、聞き覚えのある男性の声がした。
「ジャミラ?」
「そう、ジャミラ。ジャミラ・ニュートン。D・j・a・m・i・l・a。Dは発音しない」
 黒人女性は、そう自己紹介した。
「あ……貴方は‼」
「久し振りだな、新米。しかし、何てザマだ。あと、その格好は何だ?軽薄な観光客にしか見えねぇぞ。いわゆる『お上りさん』と云うヤツだな。『田舎者』と呼んでもいいかも知れんな」
 声のする方向に居たのは、大柄な禿頭の三十代の白人男性と、テルマをそのまま二〇歳前後にしたような容姿の女性、そして明るい茶色の髪の中背の白人の二〇代後半の男性が1人と、短髪に口髭のインド系か中東系らしいもう少し年上の男性が1人。……私と同じ「鋼の愛国者」の1人コードネーム「青銅の竜騎兵」ことヘルマン・グルリット中佐と、その相棒であるアーリマン11=3だ。あとの2人は、おそらく補佐役の下士官だろう。
 人の格好をとやかく言う割には、4人とも、古着屋で仕入れたようにしか見えないヨレヨレの服を着ている。いや……よくよく考えれば、身分を偽るなら、中佐達のような格好をすべきだったかも知れない。
「旦那、前に会った事が有ったっけ?いや、あんたは有名人だから名前と顔は知ってるけどさ」
「あぁ、そう言や、『鎧』ごしにしか御目通りが叶った事が無かったな。しかし、何故、『カル・オブシディアン』の幹部がここに居るんだい?」
 選ばれし黒曜石カル・オブシディアン……たしか、北アメリカ大陸を中心に活動する「黒人解放」を謳うテロ組織だ。
「言うと思うかい?」
 ジャミラがそう言った途端、轟音と共に、銃弾が地面に穴を穿った。
「狙撃手?」
「実は、あたしらのスポンサーは、あんたらに無事に香港に行ってもらいたいらしいんだよ。『鎧』込みでね」
「どう云う事?」
「なるほど……ウチの若いのをブッ殺しやがった誰かさんと手を組んでる訳か。そして、『鎧』の使い手を一箇所に集めて、『鎧』の動力源を奪おうって腹かよ……」
「ま、そんなとこみたいだね」
「俺達も舐められたもんだな。そうそう簡単にバラされると思うかい?」
「ま、スポンサーの都合はともかく、あたしらとしては、あんたらが『鎧殺しの鎧』を怖がって逃げ隠れしても、それはそれで有りなんだけどさ。じゃあ、あたし達は引く。今からなら歩きでも港に間に合うだろう。あんたらが香港に着いたら、あんたの予想通り敵に回る」
「待って‼何者なのよ、その『スポンサー』って……」
 私はジャミラを追おうとした。
「お前こそ待ちな、新米‼下手な真似をすると狙撃されるぞ‼」
「特別に教えてあげるよ。あたしらのスポンサー達は仲間内でもコードネームで呼び合ってるんで、本名さえ不明だ。でも、自分達の組織の事は『亡命者エグザイルズ』と呼んでる。そのリーダーは『涙の騎士ナイト・オブ・ラクリマルム』を名乗る白人の女。……あぁ、そう言や、そのお嬢ちゃんに似た顔だったね。腕前は全然違うけど」
「えっ⁉」
「その内、会えるだろうよ。じゃあね、お嬢ちゃん。あんたが、奴に殺される前に、また、会えるといいけどね」
 そう言って、ジャミラ・ニュートンは去って行った。
「中佐、狙撃手を発見……。狙撃手の横に観測手と思しきヤツまで居ます」
 中佐と共に居た口髭の男性が双眼鏡…民生用に見えるが、おそらく偽装で、暗視機能付きのモノ…を見ながら、そう言った。
「本格的だな、おい。狙撃銃はどんなのだ?」
「おそらくソ連製の……」
「そこの新米にも判るように説明してくれねぇかな?」
「あ……そうですね、『鎧』でも当たり所によってはマズい事になる威力のヤツです。あ……こっちが奴等を見付けた事に気付きました。ハンドサインで『こっちの方向のみ安全、早く進め』と言っています」
「何で、ヤツらのハンドサインが判るんだ?」
「何故、ヤツらが知っているか不明ですが、世界政府軍仕様のハンドサインです」
「どう云う事だ?どっちみち、残念ながら、奴等の意図通りに動くしかねえようだな」
「しかし、中佐、何故、ここが?」
「アーリマン同士は、互いの位置が、ある程度は判る。そしたら、アーリマンが3人も上海に集っていた。何かヤバそうだと思って調べてみたら……香港でのテロの影響で、上海と香港の間の船便も制限されてた。今日出る香港行きの船は、俺達が乗るヤツ一便だけだ。となりゃ、俺達の行動は読まれたも同じだ」
「じゃ……じゃあ……誰かの意図か偶然かは別にして……『鋼の愛国者』と『アーリマン』が3人づつ同じ民間船に乗る事に……えっ?3人?」
「私もだ」
 今度は、私より少し年上の女性の声。声の主は短めの赤毛の白人女性、「鋼の愛国者」の中で私を除く唯一の女性である階位5=9、コードネーム「漆黒のワルキューレ」ことエリーザベト・ヴェールマン中尉だ。もちろん、その近くには、彼女の相棒の「アーリマン」が居た。そして、補佐役の下士官らしい筋肉質で短髪の白人女性が1人と、事務官らしい戦闘訓練を受けているようには見えない東南アジア系らしき女性が1人。
「しかし、少尉、なんだ、その格好は?軽薄な観光客にしか見えんぞ。いわゆる『お上りさん』と云うヤツだな。『田舎者』と呼んでも……」
 そう言っている中尉と連れの女性達の格好は、出張中の女性の事務員、と言った感じのものだった。
「もう、やめて下さい‼何度も同じ事を言われました‼この格好をした事を後悔しています‼」
「……私のせいか……?」
「この馬鹿な仮装は、貴方に原因が有るのですか?妹よ、何を考えているのですか?」
「施設の外で活動する以上、もう少し、常識と云うモノを……」
 テルマの傷付いたような口調と、他の「アーリマン」2人の叱責の声を聞いて、私は面倒な事になったように感じた。
 一方、中佐は、茫然自失状態になっていた、もう1人のオートリキシャの運転手を助け起していた。
「治安の悪そうな所で、夜中に御婦人を1人置き去りにする訳には行かんな。港まで、御一緒する事にしよう」
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