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15.トモ
しおりを挟むもしかして、泣いてる?
慌ててスクリーンを見たけど、
そんな泣くような場面じゃなくて。
「トモ、お前、何なんだよ」
「…え」
怒ってる?でも、なんで?
思春期の男子ってムズカシイ。
「なあ、数時間前までミドリミドリって騒いで、それが急に気持ちが切り替わるって。心の変化に、自分自身でも戸惑ってるんだけど。でも、頼む、聞いてくれ」
「うん、いいよ」
「俺、お前が好きみたいだ」
「は?」
「信じてもらえないかもって、承知の上で言ってるから。
でも、『好き』って何だろう?
この気持ちが『好き』じゃなかったら、
何が『好き』なんだ?
とにかく俺、お前を逃がしたくない。なあ絶対、俺のことも好きにさせてみせるから。だから俺と、付き合って?」
目の前の森野君は小さな子供みたいに号泣してて、私のことが欲しいって懇願してる。なんだかその姿が、ものすごく可哀想だなって。なんて、弱々しくて、健気で…。
そう、『守りたい』って思ったんだ。
この人を1人にしちゃいけない。
私が、守らなくちゃ。
孤独から、妬みから、虚無感から…。
きっとね、私が毎日『大丈夫』って、そう言うだけで、この人は安らぐの。シュウさんが翠ちゃんをずっと守ってきたように。翠ちゃんがずっとシュウさんの心の支えになっていたように。
お互いがお互いを『守る』んだよ。
そうして、優しさを分け合って、
私たちは生きていくの。
「…いいよ。私で良ければ、喜んで」
ポタポタと涙はさらに増加して。森野君はそれを拭おうともせず、ただただ笑う。
「ああ、ちくしょう。嬉しい。なんだ、これ、この気持ち」
「あは。なんか私も嬉しくなってきた。ねえ、これからは私が守ってあげるからね」
「…なんだよ、それ?」
「ふふ、なんでもない。ねえ、もう泣かないで。何も怖くないし、何も悲しくないでしょ?もう大丈夫だから、泣かないで…」
…………
数週間後。
下校前にトイレへ行こうとしたら、見知らぬ女子に声を掛けられた。名札を見ると3年生らしく、2年の教室に何の用事だろうか?
「ねえ、このクラスに有川翠ってコ、いる?いたら呼んできてよ」
ああ、またいつもの。──そう思い、窓際の席で読書していた翠ちゃんに声を掛ける。
「翠ちゃん、この先輩が呼んでる~!」
「はーい」
相変わらず美しい彼女は、微かに笑みを浮かべながら軽やかな足取りでやって来た。シュウちゃんと付き合いだしてから、元々の美貌に妖艶さも加わり、今ではもう直視できないほど魅力に溢れている。
翠ちゃんを一目見て、固まる先輩。
「へ?このコ??噂によれば『みどりのオバサン』って仇名で、髪はボサボサ、流行遅れのメガネかけていると」
「ああ、はい。それはシュウ…永井さんにそうしろと言われてたので。けれどもう、止めました」
『そ、そう…』と、短く呟きながら先輩はスゴスゴと去って行く。最近、このテの呼び出しが多いのだ。
シュウさんを好きになり、思い詰めた女子が交際相手である翠ちゃんのことを調べ。なぜかその情報が古いため、『それなら勝てる』と思い、宣戦布告に来て。実際の翠ちゃんを目にし、諦めるという。
もう、毎度毎度のお約束パターン。残念ながら廊下側の一番後ろの席が私なので、その都度、呼び出し役をさせられており。一連の流れが手に取るように分かるのだ。
「トモ、待たせたな、帰るぞ~」
「あ、龍之介。シュウさん来るまで、翠ちゃんと一緒にいてもいい?」
なぜなら、木崎君に襲われてから、翠ちゃんをなるべく一人にしないよう心掛けており。
「ん、もちろん。なんなら4人で一緒に帰ろう」
「うわあい。やったあ」
そうこうしているうち、シュウさんも来て、皆んなで賑やかに歩き出す。駅までは徒歩20分くらい。その途中に私立高校が1つ有り、そこの生徒とよく遭遇する。今日もまた5~6人の女子軍団と、並んで歩くカタチとなってしまった。
「ちょっと、アレ見てよ。超絶美形グループ!」
「うわあ、あの人、有り得ないほどカッコイイ」
「もう1人の男のコも、アイドルみたいだよッ」
「真ん中の女のコ、天使みたいじゃない?!」
…彼女たちは噂好きで、しかも声が大きい。
たまにこうして4人で歩くと、必ずキャーキャー騒がれ。そして、最後に決まってこう言われるのだ。
「あの端っこにいる女のコだけ、浮いてない?すっごく普通。地味なんですけど」
ったく、聞こえてますよ。普通で悪かったわね、地味でゴメン。その日も、そうして項垂れている私に向かって、翠ちゃんが言う。
「あの人たち、分かってないよね。このグループの首領はトモなのに」
続けて、シュウさんも言う。
「ああ。俺らの中で、一番まともで、頼れる。陰の実力者だよな、トモって」
ふふふ、と笑って龍之介も言う。
「俺から見たら、世界で一番可愛いんだけど。この小さい目、このふくふくの頬、うっすい唇。どれも絶妙のバランスでさ。クセになるよ本当」
な、慰めてくれてるのかな?
だとしたら、気を遣わせてゴメンね。
そんな気持ちを込めて、『へへ』と笑ったのに。
「超絶かわいい!トモ、俺のベイベー!!」
龍之介が大ゲサに両腕を広げ、公衆の面前でキスしてきた。それを見た噂好きの女子たちが、キャーキャー騒いでいる。
「りゅ、龍之介??」
「本当に、本当に、本当に、本当に可愛い。俺がそう思ってるんだ。他のヤツらが何と言っても気にすんな。俺が、キスしたいのはトモだけだ。この学園王子に愛されているんだぞ、もっともっと自信を持て」
不思議。一瞬、卑屈になった心が、ソーダ水の泡みたくシュワシュワと消えていく。
龍之介なりの方法で、私を守ってくれてるんだ。
ふふ。私、『愛されている』んだって。
これ以上、望んだら、贅沢だよね。
そう思ったら、自然と本物の笑顔になれた。
嬉しそうに私の頭を龍之介が撫でる。なぜかシュウさんも一緒に撫でてきて、翠ちゃんは背中にスリスリって頬を摺り寄せた。
「忘れないでねトモちゃん。あなたのことを、誰よりも理解してる私たちが、あなたのことを、大好きなんだから」
「そうそ。俺なんか、トモのこと好き過ぎて、眠れないし。お前、こんな気持ちにさせておいて、まだ他のヤツにも気に入られようと思うなよ?」
「俺もなあ、翠の次に好きな女はトモちゃんだ」
はいはい、分かりましたよ、
もう僻んだり、落ち込まないから。
突然、翠ちゃんがボソリと呟く。
「例えば、テレビを見ていて、その時間帯に、面白い番組が無いと愚痴る。放送されていたのは、野球中継、連続ドラマ、時代劇…。でもさ、どれかひとつ、知識や興味を持てば、その時間帯が楽しみになるんだよね。
好きな野球チームを見つければ、野球中継が。売れないけど、応援したいと思う俳優がいれば、連続ドラマが。その時代の背景や、暮らしなんかを知りたいと思えば、時代劇が。
少しでも、自分の知識や興味を広げると、番組も楽しめるようになると思うわけ」
…へ?
いつになく雄弁な翠ちゃんに、ただただ頷くしかない私。
彼女は更に続けて言う。
「人間に関しても、同じじゃないかと思うの。相手のことを知りもしないで、終わらせるのは、損だよ。
あのコたちに教えてあげたいなあ、
トモの素晴らしさを。
私は、たくさんたくさん、
トモに助けられてきたから…」
まったくもう。
ほんとにもう。
「えっ?おい、トモ。なんで翠ちゃんに抱き着いてるんだよ。ココは彼氏である、俺にだな…」
「いやいや、トモちゃん、俺でもいいぞ?翠はきっと、笑って許してくれるから。そいつ、抱き心地悪いだろ?さあ、シュウお兄さんの胸に飛び込んでおいで」
男性陣が煩いので、仕方なく、龍之介、シュウさんの順に抱き着いた。
ああ、本当に私は果報者だ。
こんな素敵な人々に囲まれて、
毎日毎日、幸せだあ。
最後は、一斉に抱き着かれて窒息しそうになり、それを見た他校生たちが、口々にこう言った。
「あのコ、いったい何者??なんであのスゴイ3人から可愛がられてるの?」
それを聞いたシュウさんが、私の耳元で囁く。
「トモちゃん、好きだ。僅差で翠が一番だけど」
翠ちゃんもそれに続く。
「トモ、だあい好き」
最後にドヤ顔で龍之介が言う。
「トモと出会って、俺の人生は変わった。たかが17年ぽっちしか生きていないけど、でも、その17年はすべて、お前に会うために有ったんだと思う。
青臭いと笑ってもいいよ。
でも、言わせてくれないか?
トモ、愛してる」
…この物語をお読みの皆さまに、訂正がございます。
冒頭、私が言った、
>この物語は、私が主役ではありません。
>この翠ちゃんが主役なのです。
という台詞は、どうやら間違いみたいでして。
こんな地味顔で、成績も中の上、一般的な家庭で育った、とっても平凡な私が、この物語の主役だったらしく。ただいま、たくさんのギャラリーに見守られ、学園王子から愛の告白を受けております。
そして、少しだけ沈黙したあと、背中を翠ちゃんに押され、生意気にもこう返事しようと思っているのです。
「ああ、生きてて良かったあ」
う、はッ、思わず口から
考えが漏れてしまいました。
それを聞いた龍之介が、満面の笑みを浮かべ、私を抱き締めまくっています。
「俺も、生きてて良かったあ」
…心と心が触れ合う瞬間というのは、
なぜこんなに温かいのでしょうか。
照れ臭くて、むず痒くて、ホカホカします。
このホカホカが、『恋』なのだとしたら、皆さまにも、死ぬまでに一度は、経験してみることをお薦めしたいと思います。
だって、こんな幸せな気持ち、
私だけが味わうなんて、モッタイナイから。
「トモ、なあ、トモ…」
「うん。なあに?」
「これからもずっと一緒にいてくれよ?」
なんとも思っていなかったはずの、
単なるクラスメイトだったのに。
恋に変わったのは、
いつ、どのタイミングで?
ああ、本当に恋は不思議です。
突然、
そう、突然、訪れるのですから。
目の前の誰かが、ある日いきなり、
私の心をホカホカさせるのです。
ああ、本当に、本当に、恋は…
--END--
応援ありがとうございます!
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