みどりさんの好きな人

ももくり

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10.みどり

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 う、嘘嘘嘘嘘ッ。
 森野君に、付き合おうって言われた。

 もしかして、罰ゲームさせられてる?
 それとも、何か脳に疾患が??

 落ち着け、私。

 取り敢えずアワアワと教室に戻る。ドアを開けると、誰もいなかった。…木崎くん以外は。教壇の真ん前の席に座っていたので、視界に入らなかったの。ごめんね木崎くん。動揺する私に気付いたのか、彼も立ち上がる。

「待ってたんだ」
「えと、私を?」

 コクリと彼は頷き、歩み寄って来る。教室の一番後ろのスペースで、私たちは向かい合う。なんだろう。いつもの木崎君じゃないみたい。気のせいか、なんとなく思い詰めている感じで。そんなことをボンヤリと考えているうちに、両手を彼に握られた。

「小岩井とかが、喋ってるのを聞いちゃって。あのさ、翠ちゃんって、森野なんかと付き合ってないよね?」

 また『翠ちゃん』と呼んだな。なんか、ちょっと違和感。

「えと、まだ付き合ってないけど、『付き合おう』とは言われたかな」
「ええッ?!何て返事するのさ。まさかあんなチャラ男と、付き合わないよね。だって、キミは俺のことが好きなんだから」

 …へ??聞き違いだよね。いま、何と言いましたか。

「ああ、もう。恥ずかしがりやなんだから。知ってるよ、他の男と俺に対する態度の違い。明らかに俺にだけ、心を許してるだろう?」

 あの、もしもーし。

「いつも先生に頼まれる用事を断らないのは、俺と一緒にソレをしたいからで。ちゃんと分かってるから、安心してよ」

 も、も、もしもーし。

「あの、木崎くん、すごく誤解してるみたい。私ね、別に木崎くんのことは何とも思ってな…」

 さっ、最後まで言わぜでぐださーい。彼が握っていた私の手を、グイと引っ張る。途端にバランスを崩し、膝をついてしまい。それを引っくり返され、床で仰向け状態に。その上に、木崎くんが覆い被さってきて、鼻息も荒く、ニヤリと微笑む。

 こ、このままでは貞操の危機だわッ。日頃、バカみたいに誰かしら残っているのに、なんで今日に限って、早帰りしちゃうのよお。うう。唇を突き出し、彼の顔が近づいてくる。
 
 んきゃ───っ!

 自分でも驚くほど、甲高い悲鳴が出た。抵抗されるとは思っていなかったようで、木崎くんが、哀し気に言う。

「ごめん、もうキミを他の男に渡したくない。だから、俺のモノになって…」

 そんな色男みたいなセリフ、地味なアナタには似合いませんしッ。慌ててブンブンと顔を激しく左右に振る。助けて、シュウちゃんッ。…そのとき。引き戸のドアを、叩きつけるようにして開け、彼がやって来た。

「大丈夫か、翠ッ?!」
「シュ、シュウちゃんんん」
 
 いつの間にか涙が溢れて、目の前が見えない。慌てて、木崎くんが私から離れ、思いっきり、シュウちゃんに殴られている。そりゃもう、ボッコボコに。

 それがひと段落したので、思いっきり抱き着く…と、どうやら相手を間違えたらしく。目の前のその人は、笑顔全開の森野君だった。うろたえまくる私。こっ、これは、シュウちゃんに誤解される…。

「ご、ごめごめんなざい」
「え?なんで。嬉しいけど。咄嗟に抱き着いたってことは、やっぱ俺のこと」

 バカバカ、私のバカ。木崎君を殴るシュウちゃんを、目の前で見ながら、なぜ真横にいた森野君に?ドッペンゲルガーでもあるまいし。シュウちゃんと間違えたという言い訳、絶対に成り立たないしッ。おずおずと体を離すと、それはもう優しく森野君が微笑み、

 …なぜかキスされた。

 驚きのスピード!
 驚きのテクニック!
 驚きの(…ネタ切れです)
 
 心の中で絶賛してみたものの、シュウちゃんと目が合い、固まる。顔以外の部位を、数発殴られた木崎君は、ボロ雑巾のようになったまま、逃げ去り。ゆっくりとシュウちゃんが私の元へと歩み寄る。
 
「こら、不細工、サカってんじゃねえ。早く離れろっつうの」

 私と2人きりのときにしか、発動しない裏シュウちゃんが、とうとう森野君の前でも…。

「はァん?『不細工』は撤回しろよ。俺、自慢じゃないけど、超イケメンだし」
「お前じゃねえよ、コイツに言ってんのッ!!」

 ハイ。私がその『コイツ』でございます。せっかくこんな不器量な私でも良いと、森野君が言ってくれたのに。その彼の前で罵られたことが妙に恥ずかしくて、思わず唇を噛み、俯いた。
 
 シュウちゃんが私の右手首をギュウと握ると、今度は反対の左手首を、森野君が握る。

「アンタ、目ぇイカレてるんじゃないの?有川のどこが『不細工』なんだよ!超絶可愛いじゃねえかッ」

 じーん。
 森野君、いいひと。

 私のような不細工のことを、庇ってくれて。外見じゃなく、中身で判断してくれたのだとすれば、非常に有り難いです。
 
「るせえ、不細工ったら不細工なんだよッ。こんな翠を相手に出来るのは、俺くらいなんだ。
 
 たまにマニアな趣味の奴らに狙われるけど、この眉目秀麗な俺と付き合ってるってコトで、そいつらを避けることが出来るんだよッ」

「…アホか。そうやって小さい頃から洗脳してきたんだな?もうアンタの出る幕ないって。俺が本物の彼氏になってやる。
 
 な、いいだろ、有川?!」

「え、え、あの、あの」

 そのとき。強引に森野君の手から離され、私はシュウちゃんに、抱き締められていた。それはもう、息も出来ないくらいギュウギュウに。

「…シュウちゃん?」
「アホか、渡すワケないだろッ。翠は俺のだ。翠は、俺のモンなんだ!!」

 シュウちゃん。嬉しいけど、誤解しそうになるよ、私。

 他に好きな人、いるんでしょ?

 きっとすごく美人で、素敵な人なんだろうなあ。シュウちゃんが好きになるほどの人なんだもの。私、頑張って1人で歩かなくちゃ。今日みたいに、また面倒を掛けないように。…もうこれで、シュウちゃんから卒業します。

 そおおっと、シュウちゃんの目を覗く。なぜか『ウン、ウン』って頷かれたけど、私は頑張って笑顔をつくり、そっとその腕の中から離れた。

「あのね、私、森野君と付き合ってみるよ。彼、悪い人じゃないと思うから、安心して。それから、森野君」
「なに?」
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

 長い長い片想い。

 両親よりも、友人よりも、ずっと傍にいて、いつでも私を守ってくれた。ねえ、知ってる?毎朝、シュウちゃんと顔を合わせるたび、私は恋に落ちてたの。何度でも何度でも。会った日数分、貴方を好きになったんだよ。

 ふふ。
 大好きだよ、シュウちゃん。
 …だから、サヨウナラ。

「な、バカ、行くな翠!戻って来い!!翠ッ!!」

 くるりと踵を返して、シュウちゃんの元に戻り、今度は私の方から抱き着く。

「そう、これでいい。俺の傍から離れるな」
「ううん。これで最後だよ。今まで有難う。好きな人と幸せになってね、シュウちゃん」

 もう一度、微笑み、…私は森野君の手を取る。良かった。森野君が迷惑そうじゃなくて。むしろ、嬉しそうに見えるのは気のせいかな?

「有川、いや、ミドリ!!俺、誓うよ。もう他の女には、よそ見しない。ミドリ…お前だけを大切にするから」

 ペコリとお辞儀して、私は答える。

「なにぶん、恋愛初心者なので、どうかお手柔らかにお願いします」
「了解。うんと優しくしてやるから、安心しろ」
 
 彼は私の手をギュッと握り、優しく前髪にキスをした。シュウちゃんはいつの間にか立ち去っていたようで、もう姿は見えない。

 こうして私の長い長い片想いは、
 ようやく、幕を閉じたのだ。
 
 
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