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衝撃のカミングアウト

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 そうこうしているうちに九瀬さんは愛しの弟君から電話が掛かってきて、『じゃッ』とか何とか短く叫んで去っていった。
 
 それに便乗して私も帰ろうかと思ったのだが、湊がハイボールを追加注文した直後だったせいで『飲み終わるまで付き合え』と言われてしまい、仕方なくそこに残ることにした。

「パワーバランス云々は分かるけどさ、余り下手シタデにでると相手が図に乗るぞ」
「いいよ、だって廣瀬さん、メチャクチャ仕事頑張ってるもん。私くらい甘やかしてあげないと、可哀想だよ」

「頑張ってるって、ソレは別に廣瀬さんがやりたくてやってるだけだろ?だからって朱里が犠牲になる必要は無いと言ってるんだ」
「犠牲だとは思ってない、だって私は仕事してる廣瀬さんが好きだから」

 段々と会話が白熱してきて、終結の糸口が見つからない。まるでメジャーリーガーがガムを噛んでいるみたいにしてタコのフリッターを咀嚼していると、湊が決定打を放ってくる。

「お前はな、いちいち重いんだよッ!空気読むってことを知らないのか?だいたい俺のことをスキスキ騒いでいた時もさ、待ち合わせに3時間も遅れたら普通はその気が無いと察するぞ。なのに、なに健気に待ってんだよ?!こっちはな、またイチから仕事を覚えさせるのが面倒で、バイト要員を失いたくないというただソレだけの理由で、遠回しに朱里の好意を拒絶してたんだっつうの!」
「…えっ」

 なんたる衝撃のカミングアウト。

 いや、衝撃もクソも無いか。これはひたすら私が鈍いだけということが判明しただけだ。そっか、婉曲に拒否られていたのか。なのに、『湊様はおモテになるから、このくらい待たされても全然大丈夫ですっ』とか何とか明るく元気に答えていたな。
 
 Oh…。改めて湊の立場から考えてみると、私って最早サイコパスじゃない??

「普通さ、こっちから呼び出しておいて3時間待たせた挙句に他の女と仲良く腕組んで登場したら、ギャン泣きするもんなんだよ」
「あははッ。ですよネ~」

 ヤベエよ私、ニコニコだったし。

「だからさ、2カ月も音信不通な廣瀬さんも、もしかしたら…拒絶してる可能性も有るってこと」
「がーん」

 って、おい、軽いな私。

「そういう、人の心の機微ってヤツをもっと察することが出来るようにならないと」
「うん、分かった。でもね、廣瀬さんは私を拒絶なんかしない」

 強がりなんかじゃなかった。
 だって、私は誰よりも彼のことを知っているから。

「は?朱里ィ、お前のメンタル、最強かよ?!」
「廣瀬さんは凄く面倒臭い人だけど、そんな遠回しに別れをちらつかせたりしない。私達ね、たくさん話し合ったんだよ、つまらないことも大事なことも全部全部。だから胸を張って言えるの。いま世界で一番、廣瀬さんが心を許せる相手は…この私だって。心で繋がっているから、揺らがない。湊が心配してくれるのは有り難いけど、でも私は廣瀬さんを信じるから。仕事が地獄モードで、私に連絡したくても出来ないだけって、そう思っておくことにするんだ」

「朱里!!」
「え、ああ、はいっ」

 ガン、と飲み干したグラスをカウンターに叩きつけるように置いて、湊は鼻に皺を寄せながら私の顔を凝視している。お酒に強い人だから、それほど酔っていないはずだけど…まさか、まだこの話を引っ張るつもり?警戒して、思わず湊側の肩をすくめるとそこに湊の手がガシッと置かれた。

「あーッ、もう!重くて空気読めなくて、廣瀬さんの彼女なんて立場のクソ厄介な女なのにっ!!」
「酷っ…もしかしてソレ、私のこと?」

 その問いには答えてくれず、湊は予想外の言葉を発した。

「どうやら俺、朱里のことが好きみたいだ」

 
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