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廣瀬さんを褒め称える
しおりを挟むそして非常に環境が似ているこの2人が、これほど違う仕上りになってしまったという事実に改めて驚く。
一方は時間を持て余し、快楽ばかりを追求して。
一方は時間が足りないと、分刻みで働き続ける。
ふと、先程まで語り合っていた幸福論が頭に浮かんでくる。差し出されたコップを大きいと思うか、小さいと思うか。きっと湊は小さいと嘆き、廣瀬さんは大きいと喜ぶのだろう。
仕上りの違いは、その差なのかもしれない。
面白いなあ…と思って。だって、廣瀬さんは自慢するのが大好きだけど、決してその経歴や父親のことは口にしないから。そんな分かり易いアピールポイントを敢えて封印し、己が苦労して得た功績や称賛を嬉々として話していたのはよくよく考えてみると凄いことだと思う。
パチパチパチパチ。
「えっと、太田さ…じゃなくて朱里、その拍手はいったい何?」
「廣瀬さん、偉い!だって、自慢するのが三度の飯より好きな癖して、よくぞ今までお父様のこととか黙っていられましたね!」
「もしかして貶されてるのかな、俺」
「違う、褒めてるんです!己の努力で得たものだけを誇示するなんて、カッコイイよ、アンタ」
もう、ここまでくれば私は止まらない。ずっと思っていたこと伝える日がとうとう来てしまったようだ。
「…あのね、皆んな知ってますよ、廣瀬さんがメチャクチャ有能な人だって。鳴り物入りで作られた人材開発課が漸く軌道に乗りそうだったのに、それを頭デッカチの重役達に横槍入れられて大幅に人員が削られてしまったじゃないですか。本当、あの時はもうダメかなって誰もが思ったんです。
でも、そこに廣瀬さんが加わった。それも経営企画部と兼任でしかも3人分の穴埋めでって、ほんとハードモードな状況だったでしょう?正直言うと、さすがの廣瀬さんでも無理だよねってアナタ以外の誰もがそう思ってたんです。
いや、冗談抜きで私、聞いちゃったんですから、『廣瀬さんを呼んだのは最後の悪あがき』だと部長と迫田さんで話していたのを。なのに、短期間で業務改革して少人数でも運用していけるように変えてしまった。
私ね、あの時ちょっと泣いちゃったんですよ。本当に仕事であんなにも感動したのは初めてだったと言うか。こんな凄い人がいることに、その傍で働けるという感謝の気持ちで一杯になって。越えられない壁なんて無い、もしかしてその壁は自分で作っただけなのかもって、願わくばいつか廣瀬さんみたいになりたいなあと、強く尊敬の念を抱いちゃったワケです。
そんな廣瀬さんとプライベートでも仲良くして貰えるようになって、こうして2人きりで話せるようになったのに、憎まれ口ばかり叩いてしまう自分のことをちょっと後悔してるっていうか。ああ、もう恥ずかしいから褒めるのはもうこのへんで止めておきますね」
余りにも自分のキャラでは無いことを言ってしまったと思い、目の前の白ワインを飲み干して恐る恐る廣瀬さんの顔を覗いてみると…。
「え、ええっ?!な、なんで泣いてるんですか?」
「う、うるせえ、なんか努力が報われたというか」
その頬にツウと一筋の涙が流れ落ちた。
「廣瀬さん、本気で褒めて欲しかったんですね」
「悪いか?!だって、俺ほどになると何でも出来て当然と思われてるからな!」
「でも、実際に何でも出来ちゃうんでしょ?涼しい顔してスイスイって」
「んなワケないだろう、這いつくばって、脳みそドロドロ状態でどうにか遂行してんだよ!だからたまには『頑張りましたね』『大変だったでしょう』と可愛い女子から褒められたいじゃないかッ!!」
ううむ。出木杉くんが目の前でジャイアンになってしまった。いや、どちらかと言えばジャイアンよりもスネ夫かな。
「皆んなから完璧だと思われてるんですもん、仕方ないザマス」
「何だよ、そのザマスって」
「知らないんですか?スネ夫のお母さんの口癖ですよ」
「は?」
この話題、これ以上引っ張りたくないなあと思っていると誰かに肩を叩かれた。
「え?ああ、湊…まだいたんだ…」
「いちゃ悪いかよ…」
珍しく暴君が大人しくて気持ち悪い。そしてその暴君はこの後、驚くことを言い出すのだ。
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