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好きになったきっかけを、知ってしまいました。
しおりを挟む「…えと、おはよう!」
「おはよう、美晴さん」
改めて1時間後。
ギンギンに目が冴えて眠れない私とは裏腹に、清春くんは小鳥のように可愛くピーピーと鼻から音を立てて熟睡し。その間、私はその顔をガン見…いや、堪能した。
ふうむ、やはり解せない。
どうしてこれほどの男が、困難を承知で私なんぞを選ぶのだろうか。いや、断っておくが自己評価が低いのではない。前にも言ったように確かに私は美人だが、それでも“超”が付くほどでは無いのである。清春フレンズによると清春くんは学校で1番人気のモテ男らしく、その気になれば女生徒を全員食えるそうだ。“食う”という表現はどうかと思うが、フレンズがそう言ったのだから仕方ない。
例えるなら私が日本イチで、清春くんが世界イチという感じであろうか。
たまたま喫茶店で見掛けて裏表の激しさが気に入ったというだけでは、好きになる理由としては弱い。私がもしも編集者で清春くんが作家だとすれば、そこのところをもっと掘り下げるようにと指示を出すこと間違い無しである。
朝6時。2時間の睡眠により復活した清春くんは恥じらいもクソも無く、私の尻を揉んでいた。
「えっ?ちょ、何してんの」
「第4ラウンド」
無言になったのは、回数の多さに驚いたからだ。
よ、よんかい?!
淡白さでは定評のある、この私が??
落ち着け、私。まだ4回目はやっていなくて完了しているのは3回目までだ!!
「ま、待ってッ。備え付けの避妊具はもう使い切ってるはずよね。高校生でパパになるつもりなの?」
「俺は別になってもいいけど、母さんに怒られるからヤメておく」
ちくしょ、その余裕たっぷりの微笑みに子宮がキュンキュンしたじゃないかッ!
「…ヤバイ、美晴さん、そういう顔すんの反則。俺、また燃えちゃうから」
「ボ、ボーボー」
「燃えてる効果音だね!」
「そうだけど、ちょっと訊きたいことが…」
「安心して!俺、準備万端だからッ」
「う?ええっ」
まるでマジシャンがパフォーマンスでトランプを刻むみたいにして、清春くんはジャバラ折りの避妊具をパラパラと見せつける。
「枕の下に隠してたんだよーん」
「『だよーん』って、アンタ」
若者という生き物は、陽気で人の話を聞かないな。…なんてことを考えているうちにとっても手慣れた感じでホグホグと解されまくり。
「んあッ!」
「はァ、はァ、私もう限界、も…無理ぃ」
無事に4回目も完了。荒い呼吸もセクシーな彼にようやく質問してみる。
「清春くんって、私のどこを好きになったの?正直に本当のことを教えてくれないかな」
…そしてその答えは、とても意外なものだった。
誰でも、ある日突然自分のルーツを知りたくなるものだ。
清春くんの場合は高校入学の際、実母の母親…つまり祖母が会いに来たことで強くそう感じたらしい。自分の生立ちは幼い頃に父から教えて貰ったが、それは経緯をただ羅列しただけで、当人たちの感情などは詳しく語られなかった。説明の場に育ての母が同席していた為、その気持ちを考慮してのことだったのだろうが、それでももっと実母に関する情報を知りたくなってしまったのだと。
思い悩んだ清春くんは、とうとう興信所へ調査を依頼する。初老の調査員は清春くんを孫のように可愛がり、有り得ないほど丁寧な報告書を作成してくれたそうだ。…適齢期を過ぎ、厳格な両親からムリヤリ見合い結婚を強いられ、泣く泣く地方へ戻ることになったその女性は、『最後の思い出が欲しい』と自分の上司だった藤井の父に迫り。
そしてその願いは叶えられたのだと。
当時、夫婦仲が冷え切っていたことも有ってその逢瀬は二度、三度と重ねられ。…次第に家庭と自分の間で板挟みになっていく藤井の父を、これ以上苦しめたく無いと断腸の思いで別れを告げた途端、妊娠発覚。当然のように両親は堕胎しろと騒ぎ出し、友人に相談しても同様の意見で誰もが彼女にこう言った。
『妊娠は無かったことにして普通に結婚し、幸せになれば良いのだ』と。『そうすることが賢い生き方なのだ』と。…なのに、たった1人だけ反対した女性がいた。彼女の幼馴染だけは、こう言ったそうだ。
「大好きな人との子供なんでしょう?だったらどんなに苦労しても愛せるよ。結婚して、安定した生活をしていても、子供を愛せない親だっている。私も片親で育てられたけど、こんな立派に育ったよ?もし不安があるなら頼ってくれていいから。ウチも娘が小学生になってかなり落ち着いたし、しばらくウチに泊まってのんびり考えてみたら」
その言葉に甘えて、清春くんの実母は幼馴染の家で1カ月ほど暮らしたそうだ。他人を家に寝泊まりさせるのに文句さえ言わず、逆に妊婦だからと労わってくれた旦那さん。帰宅すると真っ先に話し相手になってくれた、無邪気で可愛い娘さん。針の筵に座らされているような実家とは違い、いつしか心は穏やかになり、そうしてようやく産もうと決意を固めたのだと。
「…えっと、清春くん、もしかしてその幼馴染って?」
「そう、美晴さんのお母さんだよ。俺が今、ここにこうしていられるのは美晴さん一家のお陰なんだ」
そう言えば小学校低学年の頃、母の友人がしょっちゅう我が家にいたような…。とても綺麗な女性で、そのうち赤ちゃんも一緒に連れて来るようになって。…私はひとつひとつ記憶の断片を丁寧に拾い集める。
生まれて初めてのお葬式。
泣きじゃくる母の隣りで、
私は椅子に座りながら足をブラブラさせている。
そうだ、あれはあの綺麗な女性のお葬式で、
私は棺に白い花を一輪入れさせて貰ったのだ。
「あ…の時の赤ちゃんが…」
私が人差し指を向けると、清春くんは自身を指差しながら答える。
「そう、俺だよ。その節は母子ともどもお世話になりました」
「そ、そんな偶然って…」
そして更に驚きの真実が明かされる。
「あはは。偶然なワケないじゃん。もう本当のことを言うね。…成亮さんは、従兄弟なんかじゃない」
「ええっ?!ち、違うの??」
「実は探偵のオジさんに改めて美晴さんのことを調査して貰ってさ」
「わ、私をッ?!」
「うん。それですごく興味が湧いちゃって。週イチで通う行きつけの喫茶店が有ると知り、美晴さんに会いたくて毎日待ってたんだ」
「う、うわっ、うわっ、うわあ」
じゃあ、最初から私が目当てだったってこと?
そ、そんなの怖くて可愛くていじらしくない?
パチクリと瞬きを繰り返すと、清春くんは堂々と言うのだ。
「でも、これ運命だから!」
いやいや、今更なにを言うのか。だって調査しまくって確実に会える場所で待機してたんですよ、キミは。そう反論する私に、清春くんは尚も続ける。
「だって美晴さん、地元の短大を出て地元の企業に就職したのにその会社が東京に移転しちゃったんだよね?」
私はコクリと頷く。
「俺、3歳までは美晴さんの地元にいたんだ」
「…うん、それは知ってる」
「でも、実母がガンで急に亡くなって、東京の藤井家に引き取られた。もし美晴さんの会社が移転しなければ、こんな風に会っていなかったと思う。俺さあ、最近よく考えるんだ。
…もし、母さんが妊娠より前に
ガンに罹っていたら?
…もし、たまたま再会した幼馴染に
妊娠していることを相談しなかったら?
…もし、その相談相手が
美晴さんの母親じゃなかったら?
きっと俺、この世に存在していないんだよね。
それで気づいたんだよ。たぶん俺、美晴さんに会うために生まれたんだ。何もかも美晴さんを愛するために仕組まれた運命なんだと思う。だから先に謝っておく。もう俺、絶対に美晴さんを離さないから。こんな男に惚れられて気の毒だと同情はする。でも観念して、一生俺のモノでいて欲しいな」
ロ、ロマンティ──ック!
この顔面でこんなこと言うなんて、そのへんの初心な女子だったらイチコロだよ?私は初心な女子じゃないけどさ…と、ふと視線をその目からズラすと真っ赤な耳たぶが見えた。
「えっ、ちょ、美晴さん?どうしたのいったいッ」
羽根枕に顔を埋めたまま動かなくなった私に、清春くんが慌てふためいている。そんな男前なセリフを言っておきながら、実は照れて耳たぶ真っ赤だなんて…。
こ、殺される。
このままでは萌え死にだ。
キュンキュンからギュンギュンに変化した胸の痛みに耐えながら、私はようやく口を開く。
「まいった、まいりました」
「いや、こういうのは勝ち負けじゃないから」
「でも、勝てる気がしないんだもの」
「それを言うなら俺だって、美晴さんには全面降伏だよ」
薄っすらと頬まで染めて、清春くんは私に問う。
「ねえ、美晴さん。俺で満足してくれた?その…俺、下手じゃない?」
うぐっ、いきなりの下ネタに鼻血出そう。いや、でもたぶんこのくらいの年齢の男子にはたぶん死活問題なんだろうな。こっちはそれなりに修練を積んだ百戦錬磨の女戦士だと思われているに違いない。彼氏がいたのに長年レスだったとは言えず、言葉を慎重に選びながら私は答える。
「そんなことない、上手だったよ」
「は、早く無かった?もしかして乱暴じゃなかったかな?」
たぶん他の男性がこんなことを訊いてきたら、『気持ち悪い』と冷めたかもしれない。なのに、その一生懸命な感じというか、必死で私に好かれようとしているのが伝わってきて、胸がギュンギュン鳴る。1人の男として、こんな質問をするのはきっと死ぬほど恥ずかしいだろうに。それでも頑張って訊いてきたのは、私と長く続けるつもりだからなのだろう。
今はもう過去となった恋愛を幾つか思い出し、彼らとどうしてダメになったかその理由がようやく分かった気がする。だって私はこんな風に、関係を改善しようとしなかった。自分がどうして貰いたいのかを伝えもせず、内心では『言わなくても悟って欲しい』と。プライドばかり高く、格好ばかり気にして型どおりの恋愛をなぞって生きて来たのだ。
感情の通い合わない恋愛なんて、
長続きするはずが無い。
若いというのはとても恥ずかしくて
…そしてとても尊い。
忘れていた大切なことを思い出させてくれる。
「あのね、実は私…1年以上レスだったのね」
「ええっ?!彼氏がいたのに??」
「うん、そう。だから私、そういう欲求が無くなったのかなってちょっと不安になってたんだ。でも、清春くんのお陰で自信が取り戻せたよ。え…っと、その、すごく、気持ち良かった…」
「み、美晴さんッ」
恋愛に於いて“恥ずかしい”という感情は、
もしかして大切なエッセンスなのかもしれない。
応援ありがとうございます!
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