ヴェロニカの結婚

ももくり

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白い煙

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 自分の記憶が改竄されていた?

 キッシンジャー家の背景を考えると、有り得ないことでは無い。

 だとすれば、この人をどれほど傷つけてしまったのだろうか。いや、でも確か数カ月前まで私はアンドリューから嫌われていたはずだ。分かり易く好意を感じる様になったのは、ここ最近のことなのだから。だとすれば、もしかしてこの人の記憶も操作されていたのかもしれない。

 では、ケヴィンは?

 ケヴィンだけではなく、お父様やお兄様、そして目の前にいるレイモンドも。皆んな知っていながら敢えて沈黙を選んだというのか。いや、そんなことよりもアンドリューに記憶が戻ったことを伝えなければと気は急くが、言葉は紡げそうにない。そう、私は怖いのだ。永遠を誓っておきながら呆気なく全て忘れてしまった私を、この人がどう感じているのか。…それを知ることが、怖い。
 
「ア、ンドリュー…」
「何だ?」

 返事はぶっきらぼうなのに、私に向ける表情は限りなく甘い。

「あの、私、どう伝えればいいか、えっと…」
「どうした、取り敢えず落ち着けよ」

 いけない、早く静めなければ。

 こんな風に感情を波立たせていると、力を暴走させてしまうかもしれない。王城は海へと臨む断崖絶壁に聳えており、水源には事欠かないのだから。こんな場所で感情を高ぶらせたまま水を降らせたりすれば、大惨事となること可能性が高い。

 『ふうううっ』と少し長めに息を吐くと、傍にいたエミリーが叫び声を上げた。

「やだ、いったい何なの、これ?!」

 いつの間にか蔓延していた、白い煙。それは瞬く間に視界を覆うほど色濃くなり、この場にいる人々を騒めかせている。

 >きゃあああ、火事かしら?
 >早く逃げないと!

 >火元はいったい何処だ?!
 >って、おい、外灯が消えたぞ!

 >怖い、怖いわ。
 >誰か助けて!何も見えないのッ。

 混乱するのも当然のことだろう。何故なら、ここにいるのは宮廷舞踏会に招待される様な上級貴族ばかりなのだ。幼い頃から危険とは縁遠い場所で暮らし、もしトラブルが発生しても使用人や護衛に任せて終わり──そんな安穏とした生活を送っていれば、自己解決能力など育つはずも無い。

 しかも残念ながら、助けは期待出来ない。この煙だらけの状態では、百戦錬磨の護衛であろうとも身動きが取れないからだ。真っ白な視界の中、私が冷静でいられたのは固く握られたアンドリューの手の温もりのお陰かもしれない。加えて、先程までは懸念材料となっていた自分の力が、心強い存在へと変化していた。

 火事であれば、消せばいい。
 私が水を降らせたなら、きっと火は消える。

 人々を救う為に、この力を使える喜び。大丈夫、この状況ならば人目に付かず密かに水を降らせることが出来る。とにかく火元を確認しようと必死で目を凝らしてみるが、かろうじてエミリーの赤いドレスが分かる程度だ。

「よりにもよって今回はドレスコードが白だったから、男性陣もそれに合わせて白い礼装が多かったのね。そうか、そのせいで見え難いんだわ…」

 そんな私の独り言が聞こえたのか、アンドリューが耳元で呟く。

「ヴェロニカ、おかしいと思わないか?」
「えっ、何が?」

「城内は厳しい警備で24時間監視している。だから、もし火事が発生してもすぐに見つけて鎮火してしまうはずだ。だから、こんなホール近くの中庭でこれほどの煙が出る火事なんて有り得ない」
「でも、あ、ほら、ツィタライエンの葉が擦り合って火事を起こしてしまったということは考えられないかしら?」

 アンドリューにつられて、私も小声で返答する。

「ツィタライエンは日中の乾燥した場所でないと、葉が擦り合っても燃えないんだ。今は夜だし、ここはすぐ傍に海が有るから乾燥しているとは言い難い。どうやらこれは火事じゃないのかもな」
「火事…じゃない?」

 握っていた手を私の腰に移動させ、抱き寄せながらアンドリューは更に続けた。

「通常であれば、火事の煙は上方に広がるはずなんだ。なのに、この煙は人間を隠すかの如く地に沿って広がっているだろう?しかも、これほど真っ白なのは妙だ。もしかしてこれは人為的に作られた煙かもしれない」
「そんな、まさか…」
 
 
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