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森での記憶
しおりを挟むキリリ、と頭の奥の方が激しく痛み出す。それはまるで針で突かれているかの様な鋭い痛みだ。そして予想どおりにアンドリューの唇からその言葉が告げられると、途端に視界が歪み始める。
「大好き…だよ、ヴェロニカ」
「う、ああ…っ」
記憶の中のアンドリューが徐々にケヴィンへと変化し、それが砂状になったかと思うと強風が吹いて跡形もなく消えていく。続けて、薄紙に描かれたアンドリューの姿絵にケヴィンの姿絵が重ねられ、その2枚が何度も入れ替わり、最後は真っ黒に塗り潰されてしまった。
「大丈夫か、ヴェロニカ?!」
目の前にいるはずのアンドリューの声が遠くから聞こえ、徐々に近づいて来る。
苦しい、悲しい、切ない。──そんな感情に支配されそうになり、瞑っていた瞼をこじ開けると、心配そうなアンドリューの表情が真っ先に目に入った。
ふううっ。
大きく息を吐いたことで、漸く記憶の中の“彼”がケヴィンの姿で落ち着いたようだ。…そう、これでいい。私が好きになったのは黒い髪に黒い瞳の生真面目な男性で、目の前のこの人では無いのだから。
「思い出してくれ、ヴェロニカ…あの頃のことを」
「あの頃?」
「遠い昔にツィタライエンの森で、キミは誰と会って、何を話した?」
「それは…、ケヴィンと会って、ありふれた日常の出来事を報告し合っていたわ」
この人は、何を思い出させたいのだろうか?
あの頃の会話なんて、互いの家族の失敗談だったり、家庭教師から習った内容を自慢気に披露したり、そんな他愛も無いものばかりだ。それを思い出させてどうしようと言うのだ?
「兄上は最年少で騎士団に入団された。ヴェロニカの記憶の中で2人は、何歳まで逢瀬を重ねているんだい?」
「えっ、私がケヴィンと森で過ごしたのは確か12歳まで…彼は3歳上だから、多分15歳…よね?」
「じゃあ、当時は月に何回会っていたのかな?」
「少なくとも…3、いいえ4回は会っていたと思うけど」
ここで私はハッとする。そう言われてみれば、ケヴィンは14歳で騎士団に入っているはず。
「おかしいと思わないか?我が国の騎士団は厳しいと評判で、入団してから数年間は休日だろうと先輩方の鍛錬に付き合わされるんだ。なのにキミは兄上と月に4回は会っていたと言う。そんなに時間が作れるものだろうか?なあ、その相手は本当に兄上だったのか?」
「ええ、もちろんケヴィンに決まっているわ!」
即答しておきながら、なぜか視線が揺らぐ。
俯いたままで再度記憶を辿ってみた。そう、あの森で会っていたのはケヴィンに違いない。何故なら、覚えているのだ…私の名を呼ぶ、彼の声を。それは舌の上で甘い砂糖菓子を転がしている様な、至上の喜びに満ちた声だ。それは今でも変わらないし、彼以外には出せないと思っていたのだが。
その自信が、ここにきて揺らぎ始めている。
「ヴェロニカ…、本当に?」
「本当に、ケヴィンだったのよ」
分からない。どうしてアンドリューが、こんなにも甘く蕩けそうな声で私の名を呼ぶことが出来るのか。それよりも、これはケヴィンにしか出せない声では無かったのか?
不安と懸念に苦しみながらも箱馬車は正門に到着し、警備兵により身元を確認された上で入城手続きを終える。謁見室へと向かう途中、誰かが駆け寄って来た。
「ヴェラ!元気そうだな」
陽気な笑顔のその人は、久しぶりに会うジェレミーお兄様だった。
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※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
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