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~回想~ 父ニールの懺悔・3
しおりを挟む分かっていた。
…過去にもその例が有ったから。
感情をコントロール出来ずに、己の能力を暴走させたキッシンジャー家の娘の末路は決まっている。
──密やかな死だ。
最初に犠牲となった娘は、
自由に嵐を起こせる能力を持っていた。
彼女は夫が落馬により意識不明の重体となったせいで感情を乱し、収穫間近の畑を幾つか嵐で吹き飛ばしてしまった。それは今迄の功績のお陰で温情が掛けられ、静観されたのだが、その数日後に夫が亡くなったことに寄り事態は最悪の展開を迎える。
悲しみに能力を支配され、
嵐がありとあらゆる物をなぎ倒した。
最終的には数十人の死者が出て、しかもその中に高爵位の貴族も含まれていたのだと。
どれほど『民のために』とその身を犠牲にしようとも、善行より悪行の方が人の耳に伝わり易いのは世の常だ。キッシンジャー家の特別な能力については噂話程度で、公にされていないにも関わらず、何故かこの件が恐ろしいほどの速さで人から人へと広がり、王家としてもこれを罰せずには収まらなくなってしまったのだ。
──英雄から、罪人へ。
『薄氷の上に乗っているかの如き、危うい名声に気付いたのはその時だった』と、当時の当主は書き記している。
そうして捕らえられた能力持ちの娘は、
獄中で毒殺された。
それは多分、その能力を…いや、キッシンジャー家の存在自体を他国に知られて悪用される前に、口封じされたと考える方が妥当だろう。『他国に悪用されるくらいなら、その前に消すぞ』と、『これに懲りたなら、目立つ行動をさせるな』と。そんな牽制の意味も含んでいたに違いない。
しかし、残念ながらそれでも能力を暴走させる娘は後を絶たず、冷酷に下される罪人判定を受け入れるしか無かったのだ。
そんな長い年月を経ていくうち、我らは感情を平坦に保つことに心血を注ぐ様になり、少しでも乱れる気配があればその悩みを取り除く為にありとあらゆる手段を行使した。
そう、心の平穏を保つことが出来るのならば、記憶を操作することも厭わない。想い出なんぞ生きていれば、また新しく作り出せるではないか。このまま能力を暴走させていると、遅かれ早かれ毒殺されてしまうのだぞ?
「私の初恋相手の記憶を、…レイモンドに入れ替えるのですか」
「ああ、そうだ」
その想い出が多ければ多いほど、記憶操作に掛かる時間は長くなる。ヴェロニカとアンドリューが過ごした6年間は決して短いとは言えず、呪術師に寄れば『数カ月ほど要するだろう』と。
であればこんな風に娘に承諾を得ず、強引に推し進めても良かったのだが、それでも親心だろうか。…一縷の望みを残しておいてやりたかったのだ。
アデラ王女がアンドリューに飽きて
ヴェロニカがレイモンドとの仮初の婚約を解消し
本当に愛する者同士が婚約を結ぶ
──そんな未来が訪れることを。
呪術師の話に寄れば、記憶操作は本の表題を変えるだけで、本文を読めば正しい記憶が蘇るそうだ。であれば、これほどまでに強く好きになった相手のことだ、会えば想い出すかもしれない。
だからヴェロニカ、忘れるな。
お前が本当に好きな男が誰なのかを。
「分かりました、覚悟を決めることに致します」
「良いのか、ヴェロニカ?」
「はい、全ては御心のままに…」
「すまない、では早速その様に手配させよう」
そして娘はこう続けた。
「それでも私は、辿り着くでしょう…彼の元へ。きっと、きっと」
「……」
私は何も答えずに、ただただ静かに頷いた。
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