ヴェロニカの結婚

ももくり

文字の大きさ
上 下
20 / 54

~回想~ 執事ロバートの告白・1

しおりを挟む
 
 
 ※ここよりキッシンジャー家の執事であるロバートの独白です。
 
 



 ──数年前。


 ザザザザ…
 ザザザザ…


「雨が一カ月以上も降り続いているぞ」
「なあ、本当にこれは雨なのかな?」
「だって森周辺しか降っていないじゃないか」
「雨…じゃなければ、いったい何なんだよ」


 狩人達が山小屋を出て、不安気に空を仰ぎ見る。


「とにかくまずいぞ」
「このままじゃ、ここらへん一帯が水没しちまう」
「ここらへんだけで済めばいいがな」
「ああ、森の脇にある川が溢れれば、街も危険だ」


 激しく、そして延々と地面を打ち付けるそれは、一般的な雨よりも粒が荒くリズムも心なしか不安定だった。

 そう、人為的に空から落としているかの如く。
 そう、まるで誰かの涙の様に。 






 …………

「お父様、どうかお許しください、私はこの力を制御出来ないのです」
「何ということだ、せっかく賜った天恵がこのままでは天災…いや、人災と化してしまう。キッシンジャー家の長として、それだけは防がねばならぬ」

 森の中央でずぶ濡れになっている娘を力の限りに抱き締めながら、キッシンジャー家の当主は悲し気にまた呟く。

「我らの力は、人々に害をなしてはならぬのだ」

 普段は雄々しい父の、寂し気な口調…それに胸を締め付けられた娘はか細い声で決心を告げる。


「分かりました、覚悟を決めることに致します」
「良いのか、ヴェロニカ?」

「はい、全ては御心のままに…」
「すまない、では早速その様に手配させよう」





 キッシンジャー家の執事ではあるが、真の主は国王陛下という位置付けのロバートは奔命していた。

 初恋を散らされたキッシンジャー家の末娘が、相手と引き離された本当の理由を知り、能力を暴走させてしまったのだ。齢40間近のロバートには全く理解出来なかったが、どうやらそれほどまでに相手のことを好きだったらしい。

 一旦は離別を承諾した末娘も、実はその相手が隣国の王女に見初められ、婚約の打診をされている最中だとの話を聞いてしまったらしく、悲しみの余りに能力が制御出来なくなったのだと。

 …噂に寄れば、その隣国の王女は気まぐれで、
 欲しい物が次々と変わっていく。

 それが今回は“者”だっただけで、一旦手にすれば飽きてまたすぐ次の者を欲するに違いない。だから気長にそれを待てば良いとは伝えたが、一途な末娘にはそれが受け入れ難かったのだろう。悪い方、悪い方へと考えが進み、最終的には何もかもが不安になってしまった様だ。

 >事態の収拾を…
 
 ロバートは宰相から直々に呼び出され、
 そう指示を受けた。

 このままでは危険だと分かっている。何故なら、末娘の能力は武器にも成り得るからだ。どんなに屈強な軍隊であろうと、集中的に水を浴びせればその威力は委縮させられる。『たかが水』と侮るなかれ、時に大量の水は視界を遮り、行動を制御させることも可能なのだから。

 最早、国家機密となっている
 キッシンジャー家の末娘の能力。

 各領地の森に水を降らせる際もキッシンジャー家の当主が同行し、秘密裡に行なっているほどで、例外として知っているのがローランド家の子息なのだが、この子息というのがキッシンジャー家の末娘の初恋相手というワケだ。

 末娘は現在、王命によりラングストン家の後継者であるレイモンドと婚約しているので、もしかすると彼も知っているのかもしれない。

 とにかく一日程度の人為的な降水であれば問題無いが、さすがに1カ月も降り続けば不審に思う輩も出て来るだろう。その輩が他国…それも戦好きなガルツィ王国の人間だった場合はより危険度が増す。

 国王陛下が一刻も早い収束を望まれていることを伝えると、キッシンジャー家の当主は最終手段としてお抱えの呪術師を呼び寄せた。ペイジという名のその女呪術師は、記憶を自由に操れるのだという。


 …どうやら末娘は、
 初恋の記憶を改竄されてしまうらしい。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

処理中です...