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~回想~ 執事ロバートの告白・1
しおりを挟む※ここよりキッシンジャー家の執事であるロバートの独白です。
──数年前。
ザザザザ…
ザザザザ…
「雨が一カ月以上も降り続いているぞ」
「なあ、本当にこれは雨なのかな?」
「だって森周辺しか降っていないじゃないか」
「雨…じゃなければ、いったい何なんだよ」
狩人達が山小屋を出て、不安気に空を仰ぎ見る。
「とにかくまずいぞ」
「このままじゃ、ここらへん一帯が水没しちまう」
「ここらへんだけで済めばいいがな」
「ああ、森の脇にある川が溢れれば、街も危険だ」
激しく、そして延々と地面を打ち付けるそれは、一般的な雨よりも粒が荒くリズムも心なしか不安定だった。
そう、人為的に空から落としているかの如く。
そう、まるで誰かの涙の様に。
…………
「お父様、どうかお許しください、私はこの力を制御出来ないのです」
「何ということだ、せっかく賜った天恵がこのままでは天災…いや、人災と化してしまう。キッシンジャー家の長として、それだけは防がねばならぬ」
森の中央でずぶ濡れになっている娘を力の限りに抱き締めながら、キッシンジャー家の当主は悲し気にまた呟く。
「我らの力は、人々に害をなしてはならぬのだ」
普段は雄々しい父の、寂し気な口調…それに胸を締め付けられた娘はか細い声で決心を告げる。
「分かりました、覚悟を決めることに致します」
「良いのか、ヴェロニカ?」
「はい、全ては御心のままに…」
「すまない、では早速その様に手配させよう」
キッシンジャー家の執事ではあるが、真の主は国王陛下という位置付けのロバートは奔命していた。
初恋を散らされたキッシンジャー家の末娘が、相手と引き離された本当の理由を知り、能力を暴走させてしまったのだ。齢40間近のロバートには全く理解出来なかったが、どうやらそれほどまでに相手のことを好きだったらしい。
一旦は離別を承諾した末娘も、実はその相手が隣国の王女に見初められ、婚約の打診をされている最中だとの話を聞いてしまったらしく、悲しみの余りに能力が制御出来なくなったのだと。
…噂に寄れば、その隣国の王女は気まぐれで、
欲しい物が次々と変わっていく。
それが今回は“者”だっただけで、一旦手にすれば飽きてまたすぐ次の者を欲するに違いない。だから気長にそれを待てば良いとは伝えたが、一途な末娘にはそれが受け入れ難かったのだろう。悪い方、悪い方へと考えが進み、最終的には何もかもが不安になってしまった様だ。
>事態の収拾を…
ロバートは宰相から直々に呼び出され、
そう指示を受けた。
このままでは危険だと分かっている。何故なら、末娘の能力は武器にも成り得るからだ。どんなに屈強な軍隊であろうと、集中的に水を浴びせればその威力は委縮させられる。『たかが水』と侮るなかれ、時に大量の水は視界を遮り、行動を制御させることも可能なのだから。
最早、国家機密となっている
キッシンジャー家の末娘の能力。
各領地の森に水を降らせる際もキッシンジャー家の当主が同行し、秘密裡に行なっているほどで、例外として知っているのがローランド家の子息なのだが、この子息というのがキッシンジャー家の末娘の初恋相手というワケだ。
末娘は現在、王命によりラングストン家の後継者であるレイモンドと婚約しているので、もしかすると彼も知っているのかもしれない。
とにかく一日程度の人為的な降水であれば問題無いが、さすがに1カ月も降り続けば不審に思う輩も出て来るだろう。その輩が他国…それも戦好きなガルツィ王国の人間だった場合はより危険度が増す。
国王陛下が一刻も早い収束を望まれていることを伝えると、キッシンジャー家の当主は最終手段としてお抱えの呪術師を呼び寄せた。ペイジという名のその女呪術師は、記憶を自由に操れるのだという。
…どうやら末娘は、
初恋の記憶を改竄されてしまうらしい。
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