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20.小杉さんの真実
しおりを挟むその翌日、小杉さんは異常なまでに静かだった。だから、てっきり全裸事件を引き摺っていると思っていたのに意外な事実判明。
「う、うううッ、痛い…」
「ええっ。ど、どこが痛いんですか?!」
どうやら体調不良だったらしい。課長は会議で離席していたので、慌てて私が駆け寄ると彼女は迷惑そうに言った。
「いいの、気にせず仕事を続けて。単なる生理痛なのよ。私、異常に重いから。ったく朝イチでなったのよね。ほんと面倒だわ」
訊けば、倒れることも度々あるのだと。病院で診察も受けたが、元々の体質で治らないそうだ。
「あの…、薬を貰ってきましょうか?絶対に誰か鎮痛剤を持っているはずなので」
「本当にもう構わないでってば!薬なら婦人科で貰ったのが有るから」
小杉さんはポーチから薬を取り出し、放り込むようにソレを飲む。しかし顔色は真っ青だ。私はロッカーの中に有った膝掛を取って来て、それを彼女に渡し、必死でその腰を擦り続ける。
「小嶋さん、な…にしてんの?」
「もちろん仕事も大切ですけど、体調が悪い時は無理しないでください。弱っているときくらい、頼って欲しいんです。喉、乾きませんか?白湯でも持って来ましょうか?それともお茶が」
「本当…に、だいじょ…」
「ほら、もう。全然大丈夫じゃないですって。だいたい小杉さんって日頃から頑張り過ぎです。私ごときの前では、頑張らなくてもいいですよ。ほら、ボヘ~ッとして。ほらほら、ボヘ~ッて」
そんなやり取りをしているうちに、なぜかどうしてか、小杉さんが泣き出した。
……
「そっかあ、いろいろと苦労してるんですね」
「うーん、苦労ってほどでも無いかなあ」
人生というのは不思議なもので。あんなに苦手だと思っていた相手とこうしてサシで飲んでいる。
あのとき。
急に泣き出した小杉さんを宥めていたら、突然、課長が戻って来て。気まずい雰囲気になったので私はそっと小杉さんにメモを渡したのだ。それは一緒に飲みに行きましょうという内容で、冷たく断られることを覚悟していたのに。
>いいわよ。後で場所と時間を教えて。
返事は意外にもOKで。張り切って私は課長にそのことを報告し、心配されながらもこうして2人で喋っている。今ではもうホーム的位置づけの、安い居酒屋。高級志向の小杉さんは嫌がるかと思ったが、楽しそうにキャッキャと注文しているので、どうやらそんなにイヤでも無いらしい。ここでも彼女はワインを頼み、ほろ酔いだ。そして話し始めたのだ…小杉さんの過去を。それは決して明るい話ではなく、この人の強さの理由が納得できるもので。だから私はシミジミと思ったのである。
人間って氷山の一角みたいなだな、と。
先端だけを見て全てを分かったつもりでいたけれど、その大部分は水面下に隠れてしまっているらしい。彼女は今、自らが抱える『闇』のようなものと闘っていて、私と課長はそれに巻き込まれた状態だ。でも、ここまで関わったのならば仕方ない、じっくり付き合っていこうと思う。
……
「ただいまー」
「き、紀子ッ」
帰宅すると物凄い勢いで課長が飛んでくる。心配そうな彼に私は、小杉さんから聞いた過去を話し始めた。小杉さんの事情はこんな感じだ。
子供の頃からとにかく真面目だった小杉さんは、大学卒業後に就職した会社でも全力で働く。周囲の人々が1日掛かって終える仕事を、彼女は半日で終わらせ、次から次へとバリバリ仕事をこなす。それは褒められるべきことなのに、何故か徐々に彼女は孤立していく。
>あんなに早く仕事をされたら、
>私たちが手を抜いているみたいでしょ?!
>ほんと気が利かない女ね。
>どんなに頑張ったって給料は俺たちと同じだ。
>頑張っても無駄だと誰か教えてやれよ。
コソコソと、でもワザと聞こえるように陰口を叩く同僚たち。そしてそのうち事件が起きるのだ。小杉さんが2人分以上の働きをするので、派遣社員は不要だという判断が下され、長年勤務した人が契約更新されなかった。責任はすべて小杉さんにあると誰かが言い出し、そして彼女の立場はより一層辛いものになる。
そんなときに、救世主が登場。
その男性は営業部のエースで、人あたりも良く、異常にモテた。浮いた噂は多く有ったがそれでも特定の彼女はおらず、誰もが彼を『王子』と呼ぶほどの好青年っぷり。そんな王子が突然、小杉さんに交際を申し込み、その半年後に彼女は寿退社する。専業主婦になって欲しいという王子からの要望に、小杉さんが従った結果だ。地味で嫌われ者の自分を選んでくれただけで有り難いと、彼女は心の底から王子を信頼しきっていた。
ところが。
王子の両親との同居で始まった新婚生活は、
地獄だったそうだ。
王子の実家はコンビニを経営しており、そのバイトがなかなか見つからないのだと。最初は義両親に頭を下げられ、仕方なく働いた。ところが1日数時間の勤務が、気付けばオール勤へと変わり、いつしか休みも無くなっていく。生理痛で倒れそうになっても誰も代わってくれず、給料すら貰えない。クタクタのまま帰宅すれば家事をしろと叱られ、バイト募集をお願いすると、『タダで働ける嫁がいるのに、人を雇うなんて無駄』と鼻で笑われる始末。
更に遠方に住んでいた王子の祖母…つまり義祖母が倒れて同居することになり、その介護まで小杉さんに押し付けられる。義両親は趣味や旅行に忙しく、疲れ切った小杉さんを労おうともしない。唯一、優しかったのが介護を受けていた義祖母本人だったが、その義祖母も早々に亡くなり、同時に王子の浮気も発覚する。相手は結婚前から付き合っていた女性だったようで、それを知って漸く小杉さんの目は覚めた。
最初から自分は愛されておらず、
『無料の家政婦』として選ばれただけ。
あの男は王子なんかじゃなくて、
汚いゲス野郎だと。
そこから小杉さんの反撃が始まる。
まずは探偵を雇って浮気の証拠を集め、続けて弁護士に相談し、離婚手続きを着々と進めていく。自分の両親には全て打ち明け、独身時代の貯金で賃貸マンションを契約し義実家には黙ったまま移り住む。
後日、居場所を突き止めて乗り込んで来た彼らに自分を殴るよう挑発し、その様子を隠しカメラで撮影。法的に訴えると伝えたところ、世間体を気にした3人は示談を申し出てきた。十分すぎる慰謝料を手にした小杉さんは、無事に離婚手続きを終え、贅沢な暮らしを始めたそうだ。
彼女は言った。
「なんか、反動って怖いよねー。質素倹約の生活に慣れてた女がさ、突然、大金を手にしたんだよ?そりゃあ豪遊しちゃうわよお」
それから私があの涙のワケを問うと、彼女は照れ臭そうにこう答えるのだ。
「あのね、笑わないで聞いてよ?勝手に小嶋さんの姿を自分と重ねちゃったの。真面目で不器用だった自分とね。で、大松課長とウチの元旦那も重ねちゃった。一目で2人、付き合ってるって分かったし。絶対に騙されてるんだって。小嶋さんを助けなきゃって。私なんてもう汚れきってるし、身を挺して敵を倒すつもりだったわけ。
でも、ホテルで大松課長が逃げて行くときに言ったの。『俺、好きな女がいますから!』って。そっか、この人たちは全然自分と同じじゃない。すごく幸せな2人なんだなって、そう思ったらなんだか羨ましくなっちゃった。でね、自分が可哀想になったのよ。物事を悪い方にしか考えられない自分が。どうしてこんな風になっちゃったのかな、って。すごくすごく可哀想になっちゃったの」
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