14 / 21
14.崩壊の夜
しおりを挟む喜三郎さんに『面倒を押し付けてゴメンね』と平謝りされたまま電話を切り。私は何も考えず、本能のまま動き出す。とにかく課長を慰めたい。あんなショボクレた姿の課長なんか見たくない。
それから暫くして私は、リビングのソファでボケッとする課長の前に、おにぎりを2つ差し出すのだ。
「…何?」
「牛すじカレーが美味しく出来たんです。だから、課長に食べて欲しくって」
「バカ言え、おにぎりじゃないかコレ」
「中身の具は牛すじカレーですよ」
「ざ、斬新だな、おい」
「ええ、ですから下の方は染みてます」
一瞬だけフッと笑みを浮かべ、課長はそれを一口食べる。最初は恐る恐るという感じで。それが二口め、三口めと食べ進み、アッという間に完食してしまう。
「ふっ、なんだコレ、旨いな」
「…でしょ?見た目は残念ですけどね。味はなかなかのモノかと」
おにぎりの話のつもりだったのに、ふと女性全般のことを話しているような錯覚に陥る。ねえ、課長。見た目も大事ですけど、食べてみれば結構イケるでしょ?
「うん、悔しいがすごく旨い」
「えへへ、良かった。課長のその顔が見たくて頑張ったんですよ」
「…そっかあ。有難うな、小嶋」
「どういたしまして」
憎まれ口を叩かない、ヨワヨワの課長。その素直さが可愛く見えて、気付けば思わず手が伸びていた。
なでなで、なでなで。
「何してんだよ」
「喋ってくれて、嬉しいんです。だから御礼に頭を撫でています」
叱られるかと思ったのに、なぜか課長は気持ち良さそうに撫でられている。
「お前は俺と話してて、つまらなくないのか?」
「どうして?課長の話はいつもタメになります。ここ数日、喋って貰えなくて死にそうでした。…私、課長との会話が世界で一番楽しいですよ」
本心からそう思って答えたのに。課長は物凄い勢いで残りのおにぎりを食べ終え、いきなり立ち上がる。そして私にも『立て』と言うので、素直にそうすると…。
ガシッ。
「か、課長??どう…し?あれ?あの??」
「あー、もう限界ッ」
せ、背骨が痛い。なんだかメリメリ音がする。そのくらい力強く、私は課長に抱き締められていた。ええ、分かっているのです。モテ・エリートの人生を送ってきた男が、生まれて初めて味わった挫折。それは不遇の人生に慣れている私には、想像もつかない屈辱だったのでしょう。そんなときに優しくされたら、グラッとしますよね?いえいえ、弱っているところを狙うとか、姑息なことをしたいワケでは無いのです。
本当に私はいつもの強気な課長が好きだから。
いや、でも、実を言うと弱ってる課長もなかなか捨て難いですよ。たぶんこれが庇護欲ってヤツなんでしょうか。私よりもずっと年上で、大人な課長。その貴方を無性に守りたい。
物理的には抱かれているけど、
精神的には抱いている気分です。
…なんてことを頭の中でアレコレ考えていると、背骨バキバキの抱擁から解放され、突然のキス。
>ああ、唇ケアはムダでは無かったな。
そんな雑念を一瞬で吹き飛ばすほど情熱的で、とろとろに溶けそうなほどの熱いキス。課長がその角度をかえるたび、水面で口をパクパクさせる魚みたく酸素を求めて思いっきり息を吸う。目を閉じて、その感触だけに集中し、私はいつの間にか課長の背中に腕を回していた。なんだかこのままでは、すごく愛されていると錯覚してしまいそうだ。この人は弱っていて、自信を取り戻したくて、傍にいる私にその慰めを求めているだけなのに。
「小嶋、やっぱり俺を最初の男にしろ」
「…へは?」
この状況で間抜けな返事をしてしまうのは、ご愛嬌と言うもので。
「コンディションは万全では無いが、いま絶好調に気持ちが高ぶっている」
「…はあ?」
「抱くぞ、お前を。いいな?」
「お、お手柔らかに」
予想外の展開に心臓がバクバクしているけど、なんだかそれでも自分的には納得していた。だって、最初の相手は好きな人が良かったから。本当は相思相愛だと嬉しかったけど、そんなに世の中は甘くない。私なんぞが課長の恋愛対象になれるワケないし、私が課長を好きだと伝えたりしたら、きっとこの人を困らせるだけだ。初めて入る課長の部屋。ベッドの前で立ち尽くしていると、そっと手を握られ、課長が訊いてくる。
「驚くほど素直についてきたな。もしかしてお前、俺のことが好きなんだろ?」
だから私は笑顔で答えるのだ。
「ち、違いますよ、好きなんかじゃありません」
「バァカ、顔を見たら分かるんだよ。ったく素直じゃないんだから」
「本当ですよ、私、課長のことなんか全然…」
「はいはい、もう黙ってろ」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、私に触れるその手はとても優しくて。それはまるで『愛してる』と繰り返し囁かれているみたいで。
…こうして私は結局、大松課長に抱かれたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
敏腕SEの優しすぎる独占愛
春咲さゆ
恋愛
仕事も恋愛も、兎に角どん底の毎日だった。
あの日、あの雨の夜、貴方に出逢うまでは。
「終わらせてくれたら良かったのに」
人生のどん底にいた、26歳OL。
木崎 茉莉 ~kisaki matsuri~
×
「泣いたらいいよ。傍にいるから」
雨の日に現れた、30歳システムエンジニア。
藤堂 柊真 ~Todo Syuma~
雨の夜の出会いがもたらした
最高の溺愛ストーリー。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
You Could Be Mine 【改訂版】
てらだりょう
恋愛
平凡な日常だったのに、ある日いきなり降って湧いて出来た彼氏は高身長イケメンドSホストでした。束縛彼氏に溺愛されて、どうなる、あたし!?
※本作品は初出が10年前のお話を一部改訂しております。設定等初出時のままですので現代とそぐわない表現等ございますがご容赦のほどお願いいたします※
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる