そんな女のひとりごと

ももくり

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3.キッスの行方

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「小嶋さん、今週金曜の夜ってヒマ?」

ナナ先輩に声を掛けられたのは、その翌日の昼休みのことである。
 
この人は企画部の中でも目立つ存在で、ひと言で表現すると『アクティブ女子』。飲み会なんかを催すと必ず幹事になるし、部署全体でBBQをしようと提案したり、仲間内で鍋や餃子パーティをしたりする。派手な目鼻立ちのせいで、オネエに間違われることが多く、それを鉄板ネタにして笑わせたり。…とにかく外見も中身も男前な人なのだ。

「え…、私、ですか?」

多分、飲み会に誘われるのだろうと思った。先輩は定期的にそういった男女の出会いの場を作ってあげていると噂に聞いていたからだ。だがしかし。私にお声が掛かるなんて初めてのことで正直、戸惑うばかり。

「うん、そう。小嶋さんに訊いてるの」
「ガラガラに空いてますけど」

ぷくく、と笑いながら彼女は言うのだ。

「じゃあ、飲み会に参加してよ」
「よ、喜んでっ」

どこぞの居酒屋の店員さんみたく、大声で返事する私。口角をキュッと上げ、ナナ先輩は更に続けた。

「あのね、小嶋さんって興味無いのかと思って。えっと、何がって言うと恋愛関係に。誘ったりしたら叱られそうな雰囲気だったもの。それが突然の意思表示って言うかさ、その変身っぷりは『恋をしたくなりました』という意味に受け取っていいんだよね?あ、もしかしてもう彼氏とかいたりする?」
「いません、でも彼氏は欲しいですっ」

羞恥心はガッツリあったが、それ以上に喜三郎さんから褒めて貰いたくて。次に会ったときに報告出来る成果みたいなもの、それを逃すまいと思ったのだ。ナナ先輩は明るく『了解!お互いに頑張ろうね』とだけ答えて去って行った。…人生初のコンパかもしれない。その事実に軽い衝撃を受けつつも、私は早速、喜三郎さんに電話するのである。

「そっか、生まれて初めて…ってマジか?!だってキコちゃんいったい幾つよッ」
「トゥエンティフォー。…ジャック・バウワーが懐かしいです」

「いちいちそういう小ネタ、要らないからねッ」
「だって、学生時代も社会人になってからも、そういう声を全然掛けて貰えなかったんです」
 
 
 
お昼に電話で報告したら、忙しいから会社帰りにオフィスへ来いと言われ、素直にそのまま立ち寄ったのだが。何が驚いたって、喜三郎さんが男なんですけど。いや、もともと性別は男だったけど外見が女装じゃなくなったと言うか。ノーメイクでウィッグ未使用、普通にシャツとデニムというその姿はむしろオスで、イケメンすぎてクラクラするほどに。

「…なに?」
「いえ、男性になった喜三郎さんに慣れなくて」

「ああ、そっか。でも前回の姿の方が稀だし。あれはデモンストレーションみたいなモンでね。『男でもこんなにキレイになれますよ』という腕自慢的な意味に加え、ほら、女の格好すると多少は警戒心を解いてくれるでしょ?…だから」
「ということはつまり」

「つまり??」
「ゲ…いえ、そっちの性癖は無いのですか?」

「はあ?!アホかッ。俺、どうみてもバリバリの女好きだっつうの。見ろよ、この溢れるフェロモン」
「見て分かれば苦労しませんよ」

「苦労したことも無いクセに」
「なぜそれを…」

ウダウダとこんな会話を続け、本題に入れたのはその30分後。ガチガチのオスである喜三郎師匠は、男性に好かれる女についてアドバイスを始めた。

「とにかく相手の話を聞いて、自分のことは極力喋らないこと。最初っから自己アピールしてくる女なんて最悪。むしろ男の方から訊き出させるくらいでないと。狩猟本能を高めさせるのがコツだからね」
「はいっ」

「今どきのコンパは『ヤリモク』と言って、カラダ目当ての男が多いらしいから。それとは一線を引く意味で、個人情報は晒さないこと。でも、隙は見せるんだよ?ガッチガチの女なんて魅力無いし」

さすがの私もコレには『はい』と頷けない。す、隙を見せるって、どうやって??腹を見せてボリボリ掻くとか??いや、それは『だらしない』だよね??

「キコちゃんの頭の中って分かり易いなあ。隙の見せ方が分からないんでしょ?はいはい、実践してあげるから。…まずはジッと相手の目を見つめて。睨むんじゃなく、口元は微笑んでね」

素直にそれに従う私。4人掛けのテーブルで向かい合っていたのだが、いつの間にか喜三郎さんが隣席に移動してくる。

「うん、いい感じ、いい感じ。続けて」
「はい」

あのう…。喜三郎師匠がイケメン過ぎて、見つめているのがそろそろ限界です。このままでは妊娠してしまうっ。誰か助けて~。

「あ、いい。そうそう。そんな思わせぶりに頬を染めるのとか、すっごく効果的。誰に習ったのかな、いったい」
「ひ、秘密ですっ」

まだ『ヨシ!』と言われないので、視線は合わせたままだ。目も鼻も口も、どうしてこんな完璧な男が存在するのだろうか。ほんと、悪いのは性格だけだ。しかし、その性格ですら少しずつ見直していて、この調子だと悪いところが皆無になってしまう。マ、マズイ。このままでは他の男が小物に見えて、恋愛対象として見れなくなるではないか。そんな葛藤を知ってか知らずか彼は私の顎に手を置き、唇を近づけてきた。

「き、喜三郎さんッ。ちょっと待って、なになになに?!」

フェロモンが、フェロモンモンがっ。キキキスですよね?噂で聞いたことならありますっ!そっとマブタを閉じた瞬間、『にゅるり』とした感触が上唇に。驚いて目を見開いたところ、喜三郎さんは呆れたようにこう言ったのだ。

「全然ダメじゃないか、何マブタ閉じてんだよ。さっきアドバイスしただろ?ヤリモクの男たちの餌食になりたくなかったら、ここで抵抗しなきゃ。…ったくチョロ過ぎるよ」
「そんなあ、私を試すなんて酷いです。ファーストキッスだったのにぃ」

「それを言うなら『キス』だろ?小さい『ッ』を入れるな、気色悪い。ていうか、してないし。ペロッと舐めただけだ」
「な…めた…だと?」

目の前の人はコクコクと頷く。人生初のキッス…もといキスが、超イケメンに奪われたと思ったのに。この浮かれた気分をどうしてくれようか。やるせない思いで師匠を見つめると、彼の説教は尚も続く。

「知り合いだからとか、イケメンだからなんて理由でキスを許すと簡単にイケると思われるぞ」
「自分で自分のことを『イケメン』だと言い切りましたねッ?」

照れ臭くて突っ込みを入れたのに。師匠はそれを華麗にスルーして、再び私に唇を近づけてくるのだ。

「ああ、もういい加減にしてくださいってば」
「ん、今度はちゃんと断れたね。でももっと余裕を持った言い方をしなくちゃ」

そう言いながら今度は本当にソレをしてくる。そう、ピトッと唇と唇がくっついたのだ。…へ?意味が分からない。もしやこれも試されているのだろうか。抵抗すべきなのかな、私。しかし、もう無理で。柔らかいその感触がゆっくりと私の唇を啄み、それからようやく離れていく。

「あの、喜三郎さん、この場合どうすれば?」
「いや、今のは別にレクチャーとは無関係」

「…は?」
「だってして欲しそうな顔するから、サービスしただけなんだけど。もっと理由とか必要だった?」

くっそ、この天然タラシが。私はパニックになっているというのに、師匠の方は平然とレクチャーを再開する。

「よく言うだろ?『斜め45度の法則』って。相手との視線が斜め45度になる席に座ると、打ち解け易いんだよね。反対に真正面だと対立し易い。あと『ミラーリング効果』も有名か。好きな相手の話し方や仕草なんかを真似ると案外、好感を持たれるものなんだ」

へえ、はあ、と相槌を打ちながら私はふと思うのである。なんかそんな見ず知らずの男を今から探すより、師匠を好きになったらイイのではなかろうか?女慣れしているし、逐一アドバイスもくれて、何より私がこの人のことを結構好いている。

…そんな浅はかな気持ちは易々と見破られ、師匠は丁寧に言葉を選んで私を諭す。

「キスされたから好きになるとか、そういうのナシね。きちんと中身を見て、相手を選ばなきゃダメだ。ラクな恋愛なんて有り得ないんだから。きちんと色恋沙汰で苦労しておいで」

その言葉に、なぜか傷ついていた。…そっか私、とんだ勘違い女になるところだったや。こんな親身になってくれて、誰よりも私のことを理解し、『可愛い』と繰り返し褒めてくれる。それで自分だけが特別扱いされていると思い、好意を抱いてくれているはずと決めつけた。いくら『キレイになったね』と周囲がお世辞を言ってくれたからって、とんだウカレポンチだ。

「き、気を引き締めて頑張る所存です。今後より一層のご指導ご鞭撻を承りたく…」
「か、硬いッ」

ムニムニと頬を引っ張られ、どうやら笑顔にされているらしい。

「キコちゃん、とにかく笑って。眉間にシワを寄せて話すなんて最悪だからね。演技でもいいから楽しそうにすること。笑顔を嫌いな人なんて、きっといないよ」
「はいっ」

顔をマッサージされながら、とにかく人生初のコンパを頑張ろうと思った私である。
 
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