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番外編
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※2人がまだ付き合う前の頃のお話です。
[晋吾side]
同期の深田雪は、たぶん俺のことが好きだ。
気付くと俺を見ている。ぐりん、と振り向くと慌てて目を逸らす。ほおれ、ほおら、ほらら。…だんだん『だるまさんが転んだ』状態になってきたな。
ふ。仕方ないか。
こう見えて俺、なかなかモテるし。
高校の卒業式なんか、ボタンでは飽きたらず名札にバッグに筆記用具まで奪われたんだぞ。ああ、モテる男ってツライなあ。
「…こら晋吾」
「なんですか桐生さん」
「このメモ、よく見てみろ」
「え、ああ。俺が電話受けたメモですね」
>桐生さんへ
>福井支店の長野さんに折り返し連絡願います。
>TEL090-XXX…
「長野支店の、福井さんなんだよ。アベコベだ」
「うッ。だってどっちも県名なんですもん。やだやだ、トラップっすよ~」
「トラップなんかじゃないッ。お前、もっと落ち着いて行動しろよ。いつか大きなミスに繋がるぞ?」
「…はい。分かりました」
しょぼんとする俺。こんな姿を見たらきっと深田はガッカリするだろうな。
って、真横にいるし。
そんで凝視してるし。
「深田?なに、何か用か?」
「ううん、なんでもない。あ、森戸くん…」
その唇が、『ス・キ』と動いた。
仕事中だぞ、おい。ったく、何を考えているんだ。
「…仕事中だぞ、おい晋吾。ったく何を考えているんだ」
心の声が漏れたのかと思ったら、まったく同じ言葉を桐生さんが俺に向かって呟いていた。まあ、あれだな。1日中一緒だから言うことも似てくるんだ。
それにつけても、深田だよ。
どうすればイイんだ、もう。
…………
そんなこんなで、終業後。
相変わらず特に予定も無く、とっとと帰ろうとしたその時。エレベーターを待つ俺の前に深田が現れ、おずおずと近寄りながらこう言った。
「森戸くん、話があるの」
「な、なんだよ?」
それは単なる仕事仲間だった深田を、初めて女として意識した瞬間だった…。
[雪side]
ウチの母は魚が食べられない人だった。
子供の頃、サンマの骨が喉に引っ掛かって病院に行くまでの間とっても苦しんだとかで、それ以来ずっと口にしていないらしい。なので、我が家の食卓に出てくるのは肉、肉、肉…。煮魚やフライなんかは給食に登場したが、刺身や寿司が出るはずもなく。私と2つ違いの兄は生魚というものを食べずに育ったのだ。…それが。
社会人になって上司に食べさせられた寿司は、アンビリバボーな美味しさで。皿の色によって値段が違うという画期的なシステムにも驚きを隠せなくて。その素晴らしさを同期の飲み会で語っていたら、隣りで森戸晋吾がこう言った。
「俺さあ、回らない寿司によく1人で行くんだ。そこって結構、穴場の店でそれほど高く無いのな。大将とも仲良くなったから今度、深田も連れて行ってやるよ」
連れて行ってやるよ、
行ってやるよ…
よ…(エコー)。
回らない寿司、グレイト!
そこに1人で行っちゃう森戸、リスペクツ!
「お願い、絶対に連れて行ってね。私、自分の食べた分はちゃんと払うから」
ウンと彼は頷き、指切りしたにも関わらず何の音沙汰も無いまま、かれこれ一週間が過ぎた。もう頭の中は回らない寿司のことでイッパイだ。1人では絶対に行けないし、森戸くんに同行して貰ってマナーをご教示いただきたいのに。
ねえ、忘れてるの?
それとも忘れたフリをしているの?
焦らされているのかしら、私。
「あ、深田さん。これ10部コピーしといて」
「はいッ大木さん」
やったあ!コピー機は森戸くんの席のすぐ近くにあるのだ。素早くコピーを終えて彼の傍らに立ち、声に出さずに言ってみる。
「ス・シ…」
さ、さすがに今ので気づいたよね?今晩あたり、誘ってくれるかな?と、心待ちにしていたのにアイツ、とうとう何も言って来なかった。もう仕方ないと観念して、こちらから誘う決心をする。…終業後、エレベーターの前で彼を待ち伏せし、ドキドキしながら声を掛けることに。
「ねえ、森戸くん話があるの」
「な、なんだよ…」
お願い、もう焦らさないで。
「あのね、もう分かってるかもしれないけど」
「う、ああ。なんとなく、そんな気はした」
「私を寿司屋に連れて行って!!」
「俺のこと、スキなん…あれ??」
「回らない寿司、約束したでしょ」
「し、したっけ…。ああ、したな、そう言えば」
キイイ、やっぱり忘れてたッ。
…………
この調子で、噛み合わない2人の長い夜は、
まだまだ続くのです。
--おしまい--
[晋吾side]
同期の深田雪は、たぶん俺のことが好きだ。
気付くと俺を見ている。ぐりん、と振り向くと慌てて目を逸らす。ほおれ、ほおら、ほらら。…だんだん『だるまさんが転んだ』状態になってきたな。
ふ。仕方ないか。
こう見えて俺、なかなかモテるし。
高校の卒業式なんか、ボタンでは飽きたらず名札にバッグに筆記用具まで奪われたんだぞ。ああ、モテる男ってツライなあ。
「…こら晋吾」
「なんですか桐生さん」
「このメモ、よく見てみろ」
「え、ああ。俺が電話受けたメモですね」
>桐生さんへ
>福井支店の長野さんに折り返し連絡願います。
>TEL090-XXX…
「長野支店の、福井さんなんだよ。アベコベだ」
「うッ。だってどっちも県名なんですもん。やだやだ、トラップっすよ~」
「トラップなんかじゃないッ。お前、もっと落ち着いて行動しろよ。いつか大きなミスに繋がるぞ?」
「…はい。分かりました」
しょぼんとする俺。こんな姿を見たらきっと深田はガッカリするだろうな。
って、真横にいるし。
そんで凝視してるし。
「深田?なに、何か用か?」
「ううん、なんでもない。あ、森戸くん…」
その唇が、『ス・キ』と動いた。
仕事中だぞ、おい。ったく、何を考えているんだ。
「…仕事中だぞ、おい晋吾。ったく何を考えているんだ」
心の声が漏れたのかと思ったら、まったく同じ言葉を桐生さんが俺に向かって呟いていた。まあ、あれだな。1日中一緒だから言うことも似てくるんだ。
それにつけても、深田だよ。
どうすればイイんだ、もう。
…………
そんなこんなで、終業後。
相変わらず特に予定も無く、とっとと帰ろうとしたその時。エレベーターを待つ俺の前に深田が現れ、おずおずと近寄りながらこう言った。
「森戸くん、話があるの」
「な、なんだよ?」
それは単なる仕事仲間だった深田を、初めて女として意識した瞬間だった…。
[雪side]
ウチの母は魚が食べられない人だった。
子供の頃、サンマの骨が喉に引っ掛かって病院に行くまでの間とっても苦しんだとかで、それ以来ずっと口にしていないらしい。なので、我が家の食卓に出てくるのは肉、肉、肉…。煮魚やフライなんかは給食に登場したが、刺身や寿司が出るはずもなく。私と2つ違いの兄は生魚というものを食べずに育ったのだ。…それが。
社会人になって上司に食べさせられた寿司は、アンビリバボーな美味しさで。皿の色によって値段が違うという画期的なシステムにも驚きを隠せなくて。その素晴らしさを同期の飲み会で語っていたら、隣りで森戸晋吾がこう言った。
「俺さあ、回らない寿司によく1人で行くんだ。そこって結構、穴場の店でそれほど高く無いのな。大将とも仲良くなったから今度、深田も連れて行ってやるよ」
連れて行ってやるよ、
行ってやるよ…
よ…(エコー)。
回らない寿司、グレイト!
そこに1人で行っちゃう森戸、リスペクツ!
「お願い、絶対に連れて行ってね。私、自分の食べた分はちゃんと払うから」
ウンと彼は頷き、指切りしたにも関わらず何の音沙汰も無いまま、かれこれ一週間が過ぎた。もう頭の中は回らない寿司のことでイッパイだ。1人では絶対に行けないし、森戸くんに同行して貰ってマナーをご教示いただきたいのに。
ねえ、忘れてるの?
それとも忘れたフリをしているの?
焦らされているのかしら、私。
「あ、深田さん。これ10部コピーしといて」
「はいッ大木さん」
やったあ!コピー機は森戸くんの席のすぐ近くにあるのだ。素早くコピーを終えて彼の傍らに立ち、声に出さずに言ってみる。
「ス・シ…」
さ、さすがに今ので気づいたよね?今晩あたり、誘ってくれるかな?と、心待ちにしていたのにアイツ、とうとう何も言って来なかった。もう仕方ないと観念して、こちらから誘う決心をする。…終業後、エレベーターの前で彼を待ち伏せし、ドキドキしながら声を掛けることに。
「ねえ、森戸くん話があるの」
「な、なんだよ…」
お願い、もう焦らさないで。
「あのね、もう分かってるかもしれないけど」
「う、ああ。なんとなく、そんな気はした」
「私を寿司屋に連れて行って!!」
「俺のこと、スキなん…あれ??」
「回らない寿司、約束したでしょ」
「し、したっけ…。ああ、したな、そう言えば」
キイイ、やっぱり忘れてたッ。
…………
この調子で、噛み合わない2人の長い夜は、
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