オフィスラブなんか大嫌い

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「あんたなんか」~雪side~

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 それから2週間が経ち、分かったこと。

 斉藤さんは、とにかく我慢強い。
 それと、メンタルも強い。


 例えば一緒に外食し、彼の注文したものがいつまでも出て来なかった。どうぞどうぞと言うので先に食べてみたものの、私が食べ終わっても出て来ない。業を煮やしてウェイトレスに訊くと、どうやらオーダーミスで今から作りますと。それはどうにも謝っている態度ではなく、バイト特有の『私のせいじゃない』的な感じでも斉藤さんは決して怒らない。

「どうして怒らないの?」
「だって、この店は気に入ってるし。怒ったら来づらくなっちゃうじゃないか。そんなことよりデザートでも頼む?俺、今から食べるし、待たせたら悪いから」

 と、逆にこっちの方が気遣われてしまった。こんなとき私や晋吾だったらウェイトレスに文句を言って、『1分でも早く持って来い』と騒ぐに違いない。斉藤さんが私のことを宇宙人と呼ぶ気持ちが分かった気がする。

 とまあ、万事この調子なのでケンカすることも無く。休日、一緒に出掛けたときも私の意見優先で、かと言って自分の意見が無いワケでもなく。何をしたいのかと問えばきちんと答えてくれる。

 …ほど良い。
 そう本当に、ほど良い人なのだ。

 周囲の人々にはまだ付き合っていることを伝えていないが、公表しても問題は無さそうだ。相手がこの人なら、揶揄われないだろう。取り敢えず里央にだけ打ち明けたところ、自分のことのように喜んでくれた。

「斉藤さん、ああ見えてすごくモテるんだよ?落ち着いてるし、しかもウチの前に勤めていたのがあの四菱商事!たぶん、一流大学を出たエリートさんに違いないんだからッ」

 ふむふむ、なるほど。

 って、実はそれほど学歴や経歴なんぞには興味なく。私的には、その人の中身を見ているつもりだ。とにかく斉藤さんは感情にムラが無い。いつでもどこでも優しいなんて素晴らし過ぎる。彼のことを想うとホッコリする。キュンキュンはしないけど、これも『好き』には違いない。振り回されることのない、平穏な恋っていいなあ…なんて思っているとヤツが近づいてくるワケで。



 
 それは職場でのミーティング後。

 晋吾が大口顧客を新規獲得し、1人では対応が難しいということになり、なぜか私にサポートの話が舞い込んだ。各自の抱えている顧客数から考えると、比較的少ないのが私で。入社したての頃とは違い、成長も見られるから任せても問題ないだろうと主任が判断したそうだ。広い会議室の隅で幾つか注意事項などを説明され、気づけばもう定時を過ぎていて。

「あ、もうこんな時間か。雪、一緒にメシ食って帰ろうか?」

 一瞬、迷ったけど、私には斉藤さんがいるし、晋吾にも柏木さんがいるからと大丈夫だろうと。そう思って『ウン』と返事した。向かったのは付き合っていた頃、2人でよく行った定食屋で。当時は食事した後、コンビニに寄って、そのまま私の部屋で泊まるのがお約束だった。

「…お前さあ、なんで俺に電話して来ないの?」
「へ?なんで電話しなきゃいけないの?」

 いつもの豚の生姜焼き定食を頬張りながら、問い返す。

「確かに最近の俺は忙しかったけどさ。以前、付き合ってたときは、バカみたいに一日LINE20通とか、電話も毎日してきただろう?」
「そうだっけ?いや、もうさすがに私もそんなコトしないよお」

 言われてみれば、斉藤さんとはそんなじゃない。LINEは毎日送るけど、それでもせいぜい1~2通だ。

「別に、してきてもいいぞ」

 晋吾の言いたいことがサッパリ分からなくてひたすら首を傾げていると、続けて彼は言う。

「あと、次の金曜、空けとけよ」
「え?なんか仕事あったっけ?」

「バカ、食事でもしようって言ってんの」
「ダメだよ、斉藤さんと約束してるから」

 はぁ~っ、と大きく溜め息を吐かれた。
 な、何?感じ悪いな。

「分かった、じゃあ俺も一緒にソレに参加する。えと、斉藤さんと他は誰?」
「斉藤さんだけだよ」

 晋吾の眉間にシワが寄る。

「2人きりで食事するつもりなのか?…ああ、もういいよ、俺も加わる。じゃあ、その後で、お前んち泊まるから」
「ダ、ダメだよ」

 ここでようやく気づくのだ、晋吾は私とそういう関係になろうとしてるのだと。

 いわゆるセフレってやつ?
 だから慌ててダメダメを繰り返した。

「ダメダメうるせえな。何がダメなんだよ」
「だって私、斉藤さんと付き合ってるの。そのまま斉藤さんちに行くから、無理」

 ボトリと晋吾の箸から白身フライが落ちて、それから彼は衝撃の言葉を呟く。

「アホか?!お前、俺と付き合ってんだぞ。二股を本人に告白してどうすんだよ?!」
「つ…きあって…る?えっと、いつから?」

 晋吾が固まった。
 それを見て、私も固まる。

「3週間前。酔った雪を介抱してて、お前の方から言ったんだぞ?俺のことを好きだって。ヨリ戻してくれって」

 ああ、あのヤッちゃった日。

「付き合うなんて話になってないじゃない」
「アホか?!あんなにスキスキ告白されて、放っておけるワケないだろ。仕方ないから付き合ってやると言ってるんだ」

 …そう…だっけ?
 私からスキスキ言ったの??

 酔ってて記憶が曖昧で、よく覚えてないけど、
 晋吾の方から言われた気がするんだけど…。

『雪が一番ラクだ』って、
『雪以外じゃダメだ』って。

「でも、柏木さんと付き合ってるんでしょ?」
「なっ、なんでソレを…」

 ああ、ほらやっぱり。
 そういうことなんだよね。

「この前の同期会のとき、一緒にいるの見たよ」
「別れた。今はもう、きちんと別れてる」

「へ?じゃあ、私と寝たときは付き合って…」
「う、ぐ、まあ、そうなるかな…」

 この人は嘘を吐くと視線が泳ぐ。
 どの部分が嘘なのだろうか。

 別れたということ?
 私と寝たときに彼女と付き合ってたってこと?

 それとも『私以外じゃダメ』というあの言葉?
 なんだかもう、何を信じればいいかワカンナイ。

「ねえ、晋吾。全部、忘れていいよ」
「はぁ?な、なに言ってんだよ。俺、お前のために別れたんだぞ、柏木さんとッ」

「だって、カフェで楽しそうに笑ってた。別れ話をするのに、あんな笑ってるワケない」
「円満別離なんだって。実際そうなんだから、仕方ないだろう?」

 バッグから財布を取り出して千円札を1枚置く。それからもう一度言った。

「晋吾は別に私じゃなきゃダメってこと無いし、きっとスグに他の可愛い女のコと付き合うよ。…柏木さんとのときみたいにね」
「何を勝手に決めてるんだよ?俺を諦めるために斉藤さんと付き合うんだろ?そんなの、あの人にも失礼じゃないか」

 ほら、やっぱり晋吾とはこんな感じになるんだ。

 以前もケンカばかりだったね。晋吾が私をバカにして、私がムキになって。意地を張ってばかりで、素直になれなかった。いまヨリを戻しても、また同じことの繰り返し。ううん、それよりも一番の問題は、私が晋吾を好きなほど、晋吾は私を好きじゃない。

 そうだよ、認める。

 私は晋吾がすごくすごく好きで全部全部、欲しいのに。どんなに私が好きって伝えても、返ってくる言葉は『お前といるとラク』とか、『お前って面白い』くらいで全然、両想いなんかじゃない。両想いってさ、お互いの好きって気持ちが同じくらいじゃないとダメなんだよ。

 私はずっと晋吾に片想いしたままなの。

「たぶんね、私には斉藤さんの方が合ってる。酔って変なこと言ってゴメンね。…好きになってゴメンね」
「なんでそうなるんだよ?!今度は大丈夫だから、俺も悪いところは直すし」

 悪いところを直すとかじゃなくて、『私のことをもっと好きになって』なんて言えないよ。きっと晋吾と私は合わないんだ。友達としてなら上手くいくけど、恋人としてはケンカばかりで続かない。

 私は最後に笑顔を浮かべ、彼より先に店を出た。

 
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