オフィスラブなんか大嫌い

ももくり

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「恋なんか」~雪side~

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 好きな人がいる。
 なぜ好きなのかは自分でも分からない。

 でも、何しても許せるんだもん、仕方ない。

 チェッ。

 彼が私を好きになるといいのに。
 彼が私だけを好きになるといいのに。

 
 そんなことを思いながら、今日も生きてる。







 ────

 …深田雪フカダ ユキ24歳。
 某大手文房具及び事務機器の製造・販売会社勤務、所属は営業部。

 本当にダメダメだった私も今日で入社1年半を迎え、かなりマシになったと思う。正直、入りたての頃は学生気分が抜けず、電話応対ですらいつも怯えていて相手の名前を訊くだけでもビクビクしていたっけ。

「コイツさ~、出先から掛けてきた鴨居主任に『どなたですか?』って訊いて、『俺だよ』って答えに対して、『俺様ですか?』って。…まあ確かに俺様だけどさ、あの人は」

 1年以上も前のことをほじくり返して笑うのは、同期の森戸晋吾モリト シンゴである。
 
 自分だって数々の武勇伝を残しているクセに。今は落ち着いてその売上は先輩を凌ぐ勢いだが、あの過去を忘れただなんて絶対に言わせない。見積書を誤って他の業者にFAXしたり、納期を1カ月も間違えたり。その都度、周囲を混乱の渦に巻き込んだトラブルメーカーだったアナタが、何を偉そうに。

「ごめんな~雪。人間って日々、成長してるんだよ。最近じゃミスしたくてもついチェックしちゃってさ、完璧に仕事をこなしちゃう自分が憎いよ。…ってお前、先週また誤発注したんだって?栄文堂の綾ちゃんが困ってたぞ」

 ぐぬぬ。
 なんたる辱め。

 しかも、こんな酒の席でッ。

「だッ、あれは最初、お客様の方が30本って書いてきたんですっ。それをそのまま栄文堂さんに発注したんだから、私のミスじゃないでしょう?」
「へえ、壁面用フラットモールを30本もか?どんだけ広いオフィスなんだよ。実際は3本だったんだって?俺なら絶対、確認の電話を掛けるけどな」

 ぐ、ぐぬぬ。

「ま、まあまあ。そんな仕事の話は抜きにして、楽しく飲もうよ」

 隣りで里央が私をたしなめる。

 今日は久々に営業部内での同期会で、顔ぶれは晋吾、ミツル、里央に斉藤さん。どうして斉藤さんにだけ敬称が付くのかと言うと、転職組で2つ年上だからである。

「あ、電話だ。ちょい席はずす~」
「ああ、ごゆっくり」

 允の言葉にニカッと笑い、晋吾は席を立つ。その後ろ姿を見ながら再び允が口を開いた。

「あいつ、彼女出来たみたいだぞ」
「…は?」

 間抜けな返事しか出来なかった。
 えっと、あれ?そんなはずは…。

「そ、そうなんだ?私、てっきり雪とヨリを戻すのかと思ってたよ」

 里央の言葉に思わず頷きそうになると、ダメ押しで允が言った。

「ほら、受付にいる新入社員のコ。柏木美歩カシワギ ミホっていったっけ?向こうから猛烈アタックされたらしい」

 そういえば晋吾、『昔から俺はモテる』って豪語してたっけ。あの、でも先週の金曜にね、ウチに泊まっていったけど。あれ、あれれ?



 …入社したての頃、寿司好きの私は晋吾に行きつけの安くて回らない店へ連れて行くよう懇願。それが1度ならず2度、3度と回を重ねていくうちに休日も行動を共にするようになり、あまりにもそれが自然になったので付き合うことにした。

 オフィスラブの典型というか王道パターンで、付箋で連絡を取り合ったり、給湯室で隠れて話したり。本人たちは秘密にしていたつもりだったが、周囲いわくバレバレだったようで。

 >しょっちゅう目と目で会話していた。
 >2人で話す距離が近すぎる。
 >明らかに他の社員とは態度が違う。

 …そうなると、今度は格好のネタになってしまうのである。

 ことあるごとに『森戸夫妻が』と言われ、ミスをするたび『恋愛で浮かれているから』と余計なひと言が加わるようになり、いつでもどこでも見られているような気がしてギクシャクし出すのだ。特に晋吾の態度は激変した。2人きりのときはそうでもないのに、周囲の前では『近づくなよ』と冷たくなって。

 たぶん私たちは、若いよりもっと未熟で。
 …そう、幼すぎたのだろう。

 オトナたちが『普通』だと思っていることを聞き流せなかったし、笑えなかった。そんなときに晋吾がコンパに誘われて。『雪が怖くて、コンパにも参加できないのか?』…からかい半分の売り言葉に負けまいと参加し、後日、それを知った私と大ゲンカ。

 そのまま別れることになる。

 入社半年で交際開始。
 交際半年で破局。

 そして、また半年が経過して。先週の飲み会で酔った私を晋吾が介抱し、そのままウチで一夜を共にした。お酒で頭がボーッとしていたけれど、晋吾は繰り返し言ったのだ。──『やっぱり雪がラクでいいな』と。

 てっきりそれはヨリを戻したいという意味だと思ったのに、そっか、新しい彼女がいたのか。晋吾のことだから虚勢を張り過ぎて疲れてしまい、私で息抜きしたかったのかもしれない。

 そっか、そっかあ。

 激しく脱力。なんだ私、意外と期待してたんだな。半年も経てばお互いちょっと成長して、今度は上手くやれるかも…なんて、バカみたいに喜んでしまったよ。まさか遊び相手にされちゃうなんて、晋吾ってオトナになったんだね。いや、待って。ちゃんと確かめなくちゃ。晋吾が戻ってきたら、ううん、この会が終わったら訊いてみよう。

 そう決心したのに。

「ごめん俺、急用出来たわ。允、後でお金払うから、立替を頼めるか?」
「んあ、いいよ」

 肝心の本人が、とっとと帰ってしまった。その後、妙に斉藤さんが優しくて。それはまるで失恋した私を慰めているかのようで。凝りもせず、また泥酔してしまうのだ。これまたタチが悪いことに、泥酔しても私は意識がハッキリしている。というか正直に言おう、“ナンチャッテ泥酔”なのだ。

 日頃は明るく陽気なキャラで通している私だが、それでもそれなりに鬱憤を溜めていて、だからこそ全てを一気に解放させるため、敢えて酔ったフリをするのである。ええ、ええ、卑怯ですとも。でも、こうしてストレスを発散させないと、爆発してしまいますからね。

 晋吾が帰った後、なし崩しで同期会も終わり、そのまま解散の運びとなった。里央は允と同じタクシーに乗り、私と斉藤さんは並んで歩き出す。

「いやあ、今日はほんと早く終わったな」
「ん~でも、ほどよく酔えたし、満足ぅ」

 とかなんとか当たり障りのない会話をし、ふと顔を上げると…。

「あ、晋吾だ」
「…ほら、雪ちゃん!あっちに白いカラスが」

 斉藤さんの言葉に慌ててその方向を見たが、そんなモノはいない。

「ひど~い斉藤さん、いないじゃないですか」

 そう言って顔の向きを元に戻し、通りの向こうのカフェを見ると…晋吾と柏木さんが微笑み合っていた。

 瞬時に私の笑顔が固まる。

 暫くして視線を斉藤さんに移すと、気まずそうな表情で俯かれたことで漸く気付いたのだ。

「そっか、斉藤さんは知ってたんですね?晋吾と柏木さんの話が本当だって…」
「う…ん、なんか黙っててゴメン」

 それから場所をショットバーへと移し、奥のカウンター席で斉藤さんが話してくれた。どうやら私と別れてスグに晋吾は柏木さんから告白され、それを受け入れたようだと。たまたま受付に斉藤さん宛ての来客が有り、その方がトイレを貸して欲しいと言うのでそのままの場所で待っていると、受付嬢たちが雑談を開始したそうだ。

「そのとき俺が聞いたのはさ、晋吾が柏木さんと付き合う条件として、社内恋愛で冷やかされることに懲りたから、2人の仲は他言無用だと言ったらしい。だから、知っているのは同じ受付の女のコだけじゃないかな?允は『最近から付き合い出した』とか言ってたけど、実際は半年前からだよあの2人」

 ショックを受けていることが悟られぬよう、私は笑顔をつくるので精一杯だった。その後のことは、記憶にない。たぶんナンチャッテ泥酔がいつの間にやら本物の泥酔へと変わり、口が勝手に本音を喋っていた気がする。

「ひどいよ~。別れてスグ他の女と付き合うの」
「うんうん、そうだよね」

「だって先週、私とヨリ戻したいみたいなことを晋吾の方から言ってきたんだよぉ?だから寝たのに。ヤリたいだけの大嘘だったなんて、最低だよ」
「…えっと、雪ちゃん、もっと声を小さくして。んあ、その、確かにソレは酷い、本当に酷いッ」

 斉藤さんは素晴らしく我慢強くて。私の言葉すべてに相槌を打ち、かいがいしく面倒を見てくれた。





 …………
 その数時間後。

 ガタン、とドアが開く音がして何処からか微かに漂う、煙草の香り。

 異常に重い頭を上げながらゆっくりと身体を起こす。

 えっと、ここはどこ?誰かのマンションなのは間違いない。そして服…は一応着ている。ストッキングも穿いているし、化粧は落としていない。フラフラと寝室らしきソコを出て、隣りの部屋へと向かってみた。

「…さいとーさん」
「あ、起きちゃった?」

 リビングの中央、ソファの上で斉藤さんはプカリプカリと煙草を吸っている。もう何も放送していない、テレビの灯りだけで。真っ先に御礼を言わなければいけないのに、なぜか口から出て来たのは『煙草、吸う人だったんですね』で。彼も、まったく動じずに答える。

「ああ、自宅ではね。会社じゃ吸わないようにしてるから」

 ふうん、と言いながら遠慮なく隣りに座る。そして彼はポツリポツリと語り出すのだ。

 自分の生立ちを。

「俺さあ、中学んときに両親離婚して。そっからずっと1人で生きて来たんだよ。どっちも再婚相手がいて、俺のこと要らないって。『じゃあイイです』つって、アパートで1人暮らししてたんだ。子供の頃からずっと両親はギクシャクしてて、幸せな家庭ってもんを味わったことが無い。だからさ、見るからに普通に愛されて育った雪ちゃんが宇宙人みたいに思えるんだ」

 煙草の先が、たまに赤くなる。周囲に喫煙者がいないから、それが新鮮でバカみたいにジッと見ていた。

「…ごめんね、斉藤さん」
「それは何に対する『ごめん』?」
「私だけ幸せに育っちゃって。不公平だよね、自分でもそう思う。あ、あと酔っぱらって同じこと何回も言った。それとベッド占領して、グースカ寝たことも」

 ふう、と煙を吐いて彼は笑う。

「雪ちゃん、俺と付き合ってみる?このままだと俺の人生、暗黒星雲に呑み込まれそうでさ。宇宙人に助けて欲しいんだよね」

 普段、冗談なんか言わない斉藤さんの軽口はわりと効果的で。私なんかに自分の深い部分を打ち明けて、助けを求めている。…それが妙に愛おしくなった。

 小さな子供みたいだなと。
 いつも一人で可哀想だなと。

 だから、自然と頷いていたのだ。

「いいよ。これからは私が一緒にいてあげる。ちょっとウルサイかもしれないけど、我慢して」

 
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