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妹の心、姉しらず。
しおりを挟むおよよ。そっか、だから…。
彼女たちと対峙した際、モッチーが私に対応を丸投げしたと感じたのは勘違いで。あの時の彼は、慎重になっていただけなのだ。地雷案件だと分かっていたからこそ、穏便に済まそうとした。なのに、この私が彼女たちを挑発してしまったと。
ぐはァ、それは申し訳ないことをした。
深く反省した私は、コソコソと彼に電話する。しかし、こちらの声が小さ過ぎたらしく『ああん?!聞こえねえよッ』を繰り返されるばかり。仕方ないので彼を食事に誘うことにした。目的は対面での謝罪である。
そんなワケで会社近くの焼鳥屋へ。以前、内藤さんと吉助さんとで相席した店だ。ココは安くて美味しいのだが、オッサン御用達で小汚い。だからこそ絶対に、あのお嬢様たちは足を踏み入れないだろうと考えたのだ。
「モッチー、ごめん。私が余計なことを言ったせいでッ」
手書きの『本日のオススメ』が達筆すぎて読めない…そんなことをボヤきながら、彼は首を傾げる。
「へ?何のこと」
「ほら、昨日の女子軍団だよ。私が『望月さんに嫌われますよ。この人、群れる女は苦手だし』とかなんとか煽ったせいで、モッチーのことが悪く言われてるでしょ」
一瞬だけ唇を窄めたあとモッチーは笑う。
「バカだなあ、そんなの気にすんなよ。もともと俺の評判はべらぼうにイイからさ、少し悪く言われてようやく人並みって感じだぞ」
「モッチー、優しいい~」
普段の私に対する態度から考えると、もっとキツイことを言われると覚悟していたのだが。その目はとても優しく、しかも頭ナデナデのオプション付きだ。
「モッチー、好きいい~」
「ああ、はいはい、現金なヤツだなあ」
笑い合ってふと人の気配を感じ、顔を上げると。
「…香奈」
「うえっ、あ、おうう?!」
なんとソコに内藤さんが美香ネエと一緒にいた。
そして、ここで私は己の変化に気付いてしまう。たぶん、以前の私だったら嬉々としてこの状況を釈明したはずで。そう、終業後にモッチーと2人だけで二次会の打ち合わせをしていたらモッチーのことを好きな女子軍団に見咎められ私が彼女らを挑発してしまったせいでモッチーの悪評が社内に広がったからそのお詫びをするためにこうして一緒に食事をしているんですよと、息継ぎもせずに語り続けたはずなのに。
いつもなら30分コースまちがい無しのその言い訳を、なぜか今回はしなかった。ああ、そうだ。どんなに些細なことでも全部話していた無邪気な私はもういない。いまココにいるのは、忙しい彼の貴重な時間を無駄話で奪ってはダメだと自制できる大人の女だ。
好きだから内藤さんの邪魔をしたくないし、好きだから内藤さんに必要とされたい。それは恋する女にとって、当然の思考ではないのか?
何度もしつこくて申し訳ないが、交際前と後で私は大きく変わってしまったのだ。思ったことを全部話すのは極力控え、脳内に浮かぶ内容はその都度吟味するよう心掛け。毒にも薬にもならない話題は極力避けて益になることだけを話すようになったせいか、劇的に会話時間は短縮されてしまい。そうなるとワザワザ電話してまで伝えることも無くなっていくワケで。
それでもとにかく私は、内藤さんに気に入られたかった。こんな凡庸な私を選んでくれたこの人に、後悔だけはさせたくなくて必死に足掻いていたのだ。だからこそ今この場でも、失言するまいと内藤さんの出方を待って作り笑顔で黙っていたのだが。そんな妹の気持ちも知らずに、美香ネエはこう言った。
「香奈、あんた浮気してないわよね?!」
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