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以心伝心
しおりを挟む呆れて口が塞がらない。
この人、ことある毎に『俺に惚れるなよ』とかなんとか言い続けてたけど、あれネタじゃ無くて本心だったのね。
「ごめん、だってほら、俺のこと女性社員たちが奪い合ってるとか聞いたもんでさ。それにお前、俺に気の無いフリをしておきながら手作り菓子でイメージアップを図ろうとするし、実は少し疑ってたんだよ。そっかそっか~、本当に彼氏がいたんだ~」
「ひ、ひどい、酷すぎる…」
どうやら彼氏がいるという申告すらも、狂言だと思われていたらしい。ここで私は壁に掛けられた時計を見てハッとする。
「トイレで歯磨きと化粧直しをして10分。ロッカーに行って着替えに5分と考えると残りは5分のみ…お先に失礼します」
「えっ?!ああ、お疲れ~」
サカサカと二次会に関する資料を仕舞い、慌ててダッシュする。内藤さんを待たせてなるものかという強い信念が、いま私を突き動かしているのだ。
ゼエハア、ゼエハア。
どうにか20分後に正面玄関を出て、内藤さんと無事合流。前々から話題に出ていた会社近くの焼鳥屋に行くことになったが、意外と店内は込み合っており。相席でも良いかと問われて、断ろうとしたところ…。
「朝日さ~ん!!」
「ゲッ!もち、もち…」
なんと望月さんが吉助さんと一緒にいた。
「お久ぶりですね、内藤さん。どうぞどうぞ」
どうやら吉助さんは内藤さんと知り合いらしく、断るに断れないまま我らはそこに腰を下ろすことに。私が歯磨きと化粧直しと着替えをしていた間に、吉助さんを誘ってこの焼鳥屋で既に注文を終えているとか、どんだけ要領いいのよ望月さん。
…という目で彼を見たつもりが、なぜか意味深な笑顔を返されてしまう。
「実はさ、他の客が満席を理由に断られてたんだ。んで、その直後にドアを開けた朝日さんたちの姿が見えたもんで対応しようとする店員を呼び止め、知り合いだから相席を薦めてくれと俺が頼んだの」
「はあ、それはどうも…」
余計なことをしてくれたな!そう言いたいのをグッと堪えて私は望月さんに軽く頭を下げる。
だってっ、久々の2人きりなんだよッ?!
土曜はパン屋の打ち合わせとかで朝から晩まで美香ネエに独占されてるし日曜はその他の家族たちに独占されて私はいつでも放置なの!急に平日も仕事で忙しくなったとか言ってるしでも工務店って冬期は暇なんじゃないの?!と訊きたいけどそんなこと疑ってるみたいで訊けないしそこんとこ抜きにしても2人っきりってやっぱり嬉しいから今晩は頑張って喋るぞ~!とか気合い入れてたところにどうして望月さんと吉助さんと相席しないといけないのよおおお。
ゲホゲホ。脳内で息継ぎせずに叫んでいたら、まるでそれをお見通しだと言わんばかりに内藤さんが私の背中をそっと撫でた。
ギクリ。気が付いてるの?
2人きりになりたかったってこと。
その瞳を覗き込むと、『こういう付き合いも必要だから我慢してくれ』と謝られた(気がする)。なので、『我儘言ってゴメンナサイ』という表情で返したところ、内藤さんは優しく笑ってくれた(気がする)。
うふふ、以心伝心~。
─────
※吉助は別エピソードでヒーローとなっている男で、ちょいちょい出てくるヨッちゃんこと淑子の婚約者です。
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