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最高のご褒美
しおりを挟む元カノというよりも最早、故郷のオカン的な気持ちで浦くんのことが心配になり。根掘り葉掘り訊き出したい衝動をグッと堪える。だって、目の前には浦くんに失恋した経験を持つ実夕ちゃんがいるのだから。
っていうかさ、この店の人間関係、何だか複雑だよね??店長と私が婚約して、元カレが浦くんで、その浦くんに失恋したのが実夕ちゃんで。これに、臨時要員のチカさんが加われば完璧だよ。
「あのう、念のため確認するけど浦くんの相手、チカさんじゃないよね?」
「はあ?!なに言ってるんですか。チカさんは既婚者でしょうがッ」
そう言いながらも顔はニヤけているので、余程相手の女性にメロメロらしい。
ところで、どこで出会ったんだ?
この人って厨房と自宅の往復だけで、新しい誰かと出会うチャンスなんて無いはず。ふとここで私はあの言葉を思い出した。
>強がる男ってどうしてあんなに可愛いのッ。
まさかね。
うん、そんなまさかだ。
でも、あの人ならきっとこの生真面目な青年をアッという間に陥落してしまうのだろうが。
「あはっ、コトリさんのワケないよね」
「…うッ」
明らかに動揺している浦くんを見て、故郷のオカンと化した私は心をザワつかせる。そして、結婚報告も兼ねて久々に女子会を開催しようと、招集をかけることにしたのである。
………………
「へえ、コトリさんって中林さんのことだろ?浦と彼女とじゃかなり意外な組み合わせだよな」
「あ、でもまだ確定じゃなくて。今度の女子会でそこんとこを追及するの」
結婚話が出てスグに私は大雅の所へ引っ越し、殺風景だった部屋が今では物で溢れ返っている。
父の知り合いの神社で神前式をすることに決めたので、2カ月後という急なスケジュールでも問題無く予約が取れた。披露宴はウチの店でこじんまりと行なう予定だ。
よく聞くマリッジ・ブルーになる暇も無いほど、淡々と準備が進められていく。料理を作るのは何故か花嫁の父でサブは浦くん。給仕は実夕ちゃんとチカさんに加え、茉莉子さんまで手伝ってくださるらしい。
どこで漏れたのかは不明だが、女子会にお誘いするため電話したところ、既に茉莉子さんたちは私の婚約を知っており、手放しで祝福された。
その時点で婚約の報告をしていたのは、浦くん1人だけだったので『やっぱり』という感想しか出なかったが大雅にそう伝えたところ、先の『浦と彼女とじゃかなり意外な組み合わせ』発言へと繋がったワケである。
「考えたらアヤが19の時にこの店にバイトでやって来て、もうすぐ10年が経つんだな」
「んー、そっか、そうだね」
そしてシミジミと私たちは呟くのだ。
「アッという間だったなあ」
「ほんと、長かったねえ…」
ぶふっ。真逆なお互いの意見に一瞬だけ顔を見合わせ、それから同時に吹き出す。
「俺の方がオッサンだからかなあ?気付いたら1週間経ってたとかしょっちゅうで最近、驚くことが多いんだよ」
「私は1日って長いなあと思ってる。勤務中なんて『まだ閉店時間まで1時間もある』とかザラだし。あ、でも、こうして2人でいる時間は凄く短く感じちゃうけど」
…よくドラマで『過去の自分に教えてあげたい。10年後の自分はこんなに幸せになっていると』なんてモノローグが流れたりする場面をよく見掛けるが、私の意見は違う。
『ご苦労さん!そこで苦労したからこそ、今の私が幸せになれたんだよ!!』と思うのだ。
苦労した人が必ず幸せになるなんて、そんな確約はどこにも無い。幸せになると分かっているのならば誰も必死で苦労なんてしないし、幸せになるかも分からないのに必死で苦労する、その過程こそが尊い何かを得させてくれるのだ。
だから私は過去の自分に向かって、『幸せになれるんだよ』と教えたりしない。
不安で、寂しくて、どうしようもなくなっても、そこで一緒に愚痴を言える友を見つけたし、少しでも自信を付けようとアレコレ勉強した。あの頃の友は今でも最高の味方だし、努力は決して無駄じゃなかったと思えるから。
人間、時には足掻くことも必要だ。逃げずに真正面から足掻いた者にだけ、神様が最高の褒美をくれるのではなかろうか。
「アヤ?どうかしたのか」
「うふふ、何でもない」
ほら、目の前でご褒美が心配そうに笑ってる。
だから私も心の底から、笑った。
--END--
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