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何やってんだ、私??
しおりを挟むずんずんと歩を進めながらふと思った。
仕事好きな店長のことだから定休日だろうと彼は絶対、店にいる。しかし、この格好で会いに行くのか?このいつも通りの普段着で。
待て、私。
今日は復活記念日になるかもしれないのだ。ちょっとはそれらしい格好をしてみないか。…というワケで、咄嗟に行先を店から自宅に変えることにし、改めて足早に歩き出す。
「ただいま~。…って、ん?」
玄関に父以外の靴が置かれていて、しかもそれは見覚えのある靴だった。
なんで店長がウチに??
マズイ、せっかくおめかししようと思ったのに。それを見せる相手が既にいるだなんて、驚きだ。
とにかく早く着替えてこようと、足音を立てずに玄関脇にある階段を上った。しかし、残り1段という所でリビングのドアが開き、店長が後を追い掛けて来る。長身の彼は、ワザと私よりも3段下で足を止め、こちらを見上げるようにして話し出す。
「さっきまで俺、浦と一緒に店にいてさ。あいつアヤからの電話で出て行ったから、なんかもう何も手につかなくなっちゃって…」
「あ…そうなんだ。浦くん、店にいたんだ?」
普段、見下ろされることは有っても、こんな風に覗き込まれることは無い。
だからだろうか、捨てられた子猫のようなその表情が根こそぎ心を奪い去る。
「…ん。もしかして、返事、した?浦に」
「うん、したよ」
アナタを選びましたと続けたかったのだが、残念ながらこのシチュエーションではダメだ。せめて着替えて化粧直しもさせて欲しい。しかし、そんなおバカな理由で待たせるのは、非常に恥ずかしいことのような気がして。
だから無言のまま自室へ向かおうとすると…。
「アヤ、待てよ!俺にも返事をしてくれないのか?取り敢えず浦を選んではいないんだろ?…だったらこんなに早く帰って来るワケ無いし」
「じゅ…いや、5分、5分だけ頂戴!そしたら私の部屋に来てッ」
は?と言われた気がしたが、とにかくそれを無視して自室へとダッシュした。
何やってんだ、私??
でも、だって毎日顔を合わせているんだよ?だからこそ、今日だけは特別可愛いと思われたい。
ハタハタとパウダーを顔に叩き、眉を描き直し、口紅を塗り直して服を選ぶ。って、いったいどれだ?どれを着ればいいんだ??
自宅と店の往復ばかりで店では制服だったから、今更ながらに己の私服の少なさを悔いてみる。
「最近、服なんて買ってなかったな…。3パターンくらいをヘビロテって感じで…。どうしよう、着る服が無い…」
下着姿のまま、クローゼットに向かって途方に暮れていると、突然ノックの音がした。いや、“突然”では無い。自分から『5分後に来い』と言ったのだから。
あわあわと脱いだ服を掴んでいると、静かにドアが開き、恐る恐る店長が入って来た。彼は無音で『ああ…』と言い、それから何かを察したようだ。ニヤァ、デレ~って…、いや、あの、その解釈は間違ってますからッ。
しかし、ここで状況を説明し恥をかくのは私だ。告白の為に着替えたかったけど、ソレ用の服が無かったとは死んでも言うまい。
自分のワードローブくらい覚えておけよって?だって、クローゼットって冷蔵庫と同じで、開けてみないと何が有るか覚えてないんだもん。
しかも洋服ってさ、その時の気分にかなり左右されるから、すごく昔に買った服でも着たいと思ったり、反対に最近買ったばかりなのに一度袖を通したままで放置しているものが有ったり。とにかく今、私の気分にピッタリ合う洋服がこのクローゼットの中には無かっただけなのだ。
…ということを延々と考えていたら、痺れを切らした店長がにじり寄って来る。
「え?あ…っ」
そして、下着姿で座り込んだ自分を隠す為に持っていた洋服を容易く奪ったかと思うと、
ブンッ!
物凄い勢いで遠くに放り投げ、再び店長はニヤァと笑った。
「そっか、そういうことか…」
「え?ど、どういう…」
お願い!頭の中を見せてッ。それ、絶対に勘違いだからッ。
す、すごい。
片手でブラのホックを外しただけでは無く、流れるような所作でブラ本体も難なく剥ぎ取り。洋服と同様、遠くに投げ飛ばしてくださった。
だからなんでイチイチ投げるの??それをすぐに拾えないようにしようという浅知恵だったなら、見事に成功してるけどッ。
「俺を、選ぶんだな?」
「……」
完璧なシチュエーションで、思い出に残る素敵な告白にしたかったのに。結局は、こんな感じで私たちは始まってしまうんだな。
「うん…、やっぱり大雅がいい」
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