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私が辛かったこと
しおりを挟む曖昧に笑っていると、桃を刺したコトリさんのフォークがUターンしてくる。
「あーっ、茉莉子さんったら何すんの?!」
「数少ない桃を奪うなんて、お前はジャイ子か」
「えーっ、だってアヤさんがイイって…」
「言ってないよ。私は聞いてない」
フォークから器へと桃が戻され、ようやく茉莉子ちゃんは掴んでいたコトリさんの手首を解放する。そして、私に向かって語り出すのだ。
「言いたいことが言えない人もいるの。それは弱さじゃなくて優しさだったりもするよ。アヤさん、本当は分かっていたんじゃない?
新見さんは困った人が放っておけないの。
私もその優しさに助けられたクチだから分かる。あの人は真性の善人で、そんな彼を困らせたくなくて、アヤさんは我慢したんでしょう?
残念だけどこの世の中にはね、その善意を逆手に取る女も確実に存在するの。単に店長狙いで架空の悩みを相談したりとかね。
あの人をこのまま放置しておいたら、おかしな女に騙されるかもしれない。早くシッカリした女性と結婚して貰わないと。アヤさんが復縁しないと言うのなら、私はこのコトリさんでもいいかなと思ってるの。しつこいけど、もう一度訊ねますよ。
アヤさんは店長とヨリを戻す気は有りますか?それとももう完全に無理なのでしょうか?」
悔しいけれど『好き』という気持ちだけでは、恋愛は成り立たないのだ。
だって、もうどうにも出来ないと思ったから別れを切り出したワケで。きっと復縁しても同じことを繰り返し、またすぐダメになるに決まっている。
悲しいけれどもあの人が私に囁く『好き』は、犬猫に向けて言う『好き』と大差無く。綿菓子よりもフワフワと軽いのである。
それを証拠に、私と別れて数週間で新しい彼女を作ってしまったではないか。…いや、それ以前に別れをスンナリ受け入れた時点で、その想いの深さが分かるというものだ。
だいたい、付き合い始めたキッカケだって、店長に優しくされた私が勘違いして暴走し。わざと遅くまで店に残って、2人きりになるようにしたからだし。不自然な態度を取りまくった挙句、最終的には向こうから言わせたのだ。
『ねえ、間違っていたらゴメンね。もしかしてアヤちゃんって俺のことが好き?』
『う…、あの、はいぃ。すごーく好き…です』
『じゃあさ、付き合う?俺たち』
『はいっ、はいっ!喜んでッ』
いま思えば、そんなボランティア精神で付き合って貰っても長続きするワケ無いのに。あの人の女癖の悪さを知っていながら、『自分だけは違う』と言い聞かせていたのだ。
ここで自分の本心に気付いてしまい、それを茉莉子ちゃんに伝えることにした。
「…あの、私、多分ね…気付いちゃったんだな、店長が自分のことをそんなに好きじゃないって。だって本当に好きでいてくれたら耐えられたの。
他の女に呼ばれて出て行っても、誕生日に他の女と長電話しても。誰よりも私のことが好きだって、愛されているんだって自信が有ったらどんなことも我慢したよ?
でもね、違ったんだな。
あの人は私なんかに全然興味無い。
それを認めるのに2年も掛かってしまって。そして、ようやく認めることが出来たから、素直に別れを告げたの。
あのね、放っておかれるのが辛いんじゃなくて、愛されていないことが辛かったんだよ。だから、復縁は無理です。どうぞコトリさん、店長を幸せにしてください。
でもまだ自分の中で色々と感情が整理出来ていないので、橋渡しはしません。貴女なら1人でもなんとか頑張れるでしょ?だから私は巻き込まないで欲しいんです」
ぽとん。
そこまで言ってふと気付く。
私は、どうやら泣いていたようだ。
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