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千脇、雄叫びを上げるの巻
しおりを挟む「えと、あの、タイムリミットが有るんじゃ?」
「この店の予約が18時だったからな!」
そういうこと…。きっとこれはアレだな、初回のプロポーズが余りにも残念だったせいでココまで拗れたのだから、そのやり直しをせよと村瀬師匠が指南したに違いない。訊けば明日の夕方発の新幹線で福岡に戻る予定なのだそうだ。
「いらっしゃいませ」
「予約しておいた前田ですが」
前田、絶対にこんな店は不慣れなはずなのに。男の人って偉いなあ、まるで常連の如く堂々と振る舞い、私をエスコートしてくれている。偶然にも案内されたのは以前廣瀬さんと食事をした席で、そんなことは無いだろうけど、もしお店の人が私を覚えていたらと思うとちょっとドギマギする。
「へえ、変わった野菜ばっかだな。これ、もしかして赤かぶか?」
「それはねー、ボルシチにも入っているビーツという野菜だよ」
「おい、千脇。このカボチャ、茹でてないぞ!」
「それは生で食べられるの。名前は…忘れた」
「これすっごくイボイボ」
「それはねー、確かロマンティックだったかな」
「は?」
「ロマン…やっぱり忘れた」
ハハッと前田が笑ってくれたので、私もつられて笑った。そっかやっぱり前田とは感覚が似ているのかもな。廣瀬さんと食事していた時の私の反応とそっくり同じだもの。まずは珍しい野菜に反応して。それからクランブとかいうパン屑を片付ける器具に魅了され、コーヒーを待てずにデザートを食べてしまうのだ。
「やる」
「何?」
遅れて出て来たコーヒーをゆっくり飲んでいると、前田が小さな手提げ袋を差し出した。ガサゴソと中を開ければそこには腕時計が入っている。
「婚約指輪は普段使いが難しいと聞いたから、婚約腕時計も用意した。俺とお揃いだ」
「婚約うでどけい…」
指輪だけでも高かっただろうに、こんなブランド物の腕時計をペアで?前田の金銭感覚がおかしくなってしまったのだろうか。戸惑う私に前田は更に別の手提げ袋も差し出す。
「これもやる」
「えっ?!だってもう2つも貰ってるよ」
目だけで『とにかく中身を見ろ』と訴えてくるので仕方なくラッピングを外すと、そこにはネックレスが入っていた。プレゼントはそれだけでは終わらない。前田はリボンのかけられた物体を、まるでマジシャンのように次から次へと渡してきて、気付けばテーブルにこんもりと積み上げられてしまう。
「ホワイトデー、誕生日、クリスマス…それが2年分だ。お前、全部『要らない』と言って断わるから、俺のクローゼットの中には千脇へのプレゼントコーナーが仮設されていたんだぞ」
「わ、わあ…。えっと、だって、前田には本命がいると思ってたし、なんか私には義理でくれてるんだろうなあとかつい僻んじゃってさ」
そっか、そういうことか。
長い間、陽の目を見ることの無かった不憫なプレゼント達がなんだか妙に愛おしく思えてくる。
「僻まなくていい、千脇のために選んで買ったから。脳内全部千脇一色にして、千脇の喜ぶ顔を浮かべながら買った。だから、素直に受け取ってくれ」
「え、えへ。このピアス、可愛い…」
「千脇の方がもっと可愛い」
「うおおおおおおおおっ」
今まで前田からは滅多に褒められることが無かったせいか、その破壊力たるやハンパなく。
「早く可愛い千脇を俺のお嫁さんにしたい」
「うおおおおおおおおっ」
「俺が、…俺の愛情表現が乏しいから、千脇を失いかけたんだ。だから、これからは思ったことを口にするよう努力するつもりだ。千脇、ずっと会えなくて寂しかった。声、聴きたかった。だからもっと喋ってくれ」
「うおおおおおおおおっ」
…さすがにこの辺でギャルソンっつうのかウエイターっつうのか、とにかく給仕に注意を受け。それにも懲りずにその後も続けられた前田の甘々大作戦に、雄叫びを抑えられず慌てて店を後にした我らなのである。
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