好きですけど、それが何か?

ももくり

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無性にやるせない

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※回想シーンは終わり、ここから現代に戻ります。
 
 
 
「うほ~、相変わらず量がハンパ無いね」
「この調子で儲けは出るのかなあ?」
「……」

 その台湾料理店はとにかくデカ盛りなのが評判で、しかも安くて早いのだ。台湾人の店長が作る料理は炒飯が通常の3倍くらいの量で700円、麻婆豆腐も洗面器くらいの量で600円。だからと言っては何だが、店内は男性客だらけで私達は明らかに浮いている。

「えっと、千脇さん?さっきから黙り込んでるけど、気分でも悪い?」
「あらやだ、言われてみれば元気が無いですね、ほんと大丈夫?」
「大丈夫…じゃ、ない…かも」

 こんな狭くてオッサンだらけの店で恋愛相談するなんてと思いつつ、でも、どうしても聞いて欲しくなったのだ。

「私ね、前田のことが好きみたいで」

 2人からすれば衝撃のカミングアウトだったのだろう、無言のまま目を見開かれた。たぶん私は背中を押して欲しかったのかもしれない。『そんな不毛な恋は諦めなさい』と、『もっと素敵な男性が世の中には大勢いるよ』と、優しく叱って欲しかったのだと思う。

 だから前田のことを悪く言った。

 好きな人のことを思いっきりこき下ろして、真っ当に生きている女子2人から貶して貰おうと考えたのである。そんな私の本心を察したのか、吉川さんも中島さんも前田のことを『最低のクソ男』だと罵り出す。

「世の中にはね、浮気する男と浮気しない男の2種類しかいないの。いい?千脇さん。この2種類はね、生まれつき違う人種なのよ。成長過程で突然変異するワケじゃなく、DNAレベルでそういう倫理感が欠如して生まれるの。そんな男にどうして浮気がいけないことかを説いても、奴らは理解したフリをするだけで隠れてコソコソ浮気すんのよ、絶対にね!!」
「な、中島さん、落ち着いて。もしかして身近にそんな浮気男がいたりする?」

「ええ、残念ながらウチの父親がそうなの。そりゃもう呼吸するみたくライト感覚で浮気するのよ、あの人。んで、ウチの母親はそんな父親と別れもせずに、可哀想な自分に酔ってて。あれは病気よ、どっちもどっち」
「あら、まあ…」

 ギュッと下唇を噛み締めて、中島さんは真っ直ぐな目で私を見た。

「父があんな男になったのは、母にも責任が有ると思う。浮気しても気付かないフリで、逆に自分に非があるからと父の機嫌ばかり取ってた。その結果、父は妻公認だと笑って愛人宅に入り浸ってるの。アレはいつか痛い目に遭わせないとダメでしょう?日本の法律では既婚者の男性が妻以外の女性と関係したら、罰せられるはずなのに、どうしてあの人だけ…。妻も子供達も不幸で、なのにどうして原因であるあの人だけが幸せそうなのか、ほんと納得いかない」
「…本当だね」

 何だか中島さんの言葉が妙に染みた。

 前田があんな男になったのは、私も含めた周囲の女性達にも問題が有るのだ。幾ら好きだからと言って、何をしても簡単に許してしまうから『女なんてこんなモン』と甘く見てしまったのかもしれない。バカにしないでよ!と反旗を翻し、自分のプライドを守ろうとしなかったのはこちら側の落ち度だ。

 変わろう。
 そう、私はもっと自分のことを大切にしないと。

「決めた、私、前田を捨てる」

 高らかに決意表明をすると、麻婆豆腐を掬ったレンゲを軽く掲げて中島さんと吉川さんが『頑張れ!』と声援を送ってくれた。

 そしてその数日後、私は前田の部屋へと向かう。




 ………
「ちょ、前田?!な、んぷ、激しいな、おい」
「千脇、会いたかった!!」

 なんだよいきなり、出鼻を挫く男だな。

 浮気男にしか搭載されていない『別れ察知センサー』でも稼働したのか、ドアを開けたらいきなり抱き着かれた。もちろんいつもはもっと無愛想で、私の顔を見ようともしない塩対応だからこんなウエルカムな態度を取られると調子が狂う。

「千脇、いつもご飯作ってくれて有難う。重いだろ、買い物袋を持つよ」
「え?あ…うん、お願いします」

 怖い、気持ち悪い、不気味。絶対に何か裏が有るに決まってる!
 
 キッチンでエプロンを装着していると、今度は背後から抱き着かれたので思わず固まってしまう。

「何?どうして急にご機嫌取りしてくるの?言いたいことが有るなら先に言ってよ」

 クルリと180回転してシンクにもたれながら前田と向き合う。すると、困ったような表情でその口が開いた。

「あのさ…、俺たちもうこの調子で2年だろ?」
「うん」

「ウチの家系って結構早婚でさ」
「へえ」

「そろそろ俺も結婚しようかなって」
「…あ、そう…なんだ」

 なるほど、本命と結婚したいから、そろそろ身辺整理をしますって?はは、笑っちゃう。別れを切り出すつもりが、逆に切り出されてしまったや。

「今すぐは難しいと思うから、来年あたりを目指してる」
「はは、意外と慎重なんだね」

「そう、意外とな。…だから、千脇もそのつもりで頼む」
「うん、分かったよ」


 そっか、スッキリ別れて欲しかったから、
 初っ端からご機嫌を取ろうとしてきたのか…。

 こんな時にも笑える自分が、
 可哀想で、いじらしくて。
 

 なんだか無性にやるせなかった。
 
  
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