18 / 72
17.回想~異世界より愛を込めて~
しおりを挟む──17年前。
イシュタール王国の中心に位置する魔塔の最上階で、大魔法士が年若い弟子と深刻な表情で話し合っていた。誰も入れぬよう結界が張られていたが、更に慎重を期して防音魔法もかけられている。それほどに守らねばならぬ話の内容は、ひとりの少女のことであった。
高橋寧々。
名前からも分かるように、彼女は異世界人だ。
2年前にふらりと空から落ちて来た…いわゆる落ち人で、たまたま通りかかった農民に見つけられ、そこから村長宅へ、更に領主の館へと段階を踏んで預け先がグレードアップし。最終的には、過去に落ち人が嫁いだことで有名な公爵家で暮らすことになったのだが。
過去とは言え七代も前のことで、今代の公爵夫人は第一子を出産の際に儚くなっていた。しかも、その夫でもある当主は、陛下の側近としての業務が忙し過ぎて王宮に住み込み状態。そう、残念なことに公爵家にいたのは、15歳になったばかりの嫡男ただ1人。
この世界では確かに成人年齢が15歳だが、どう考えても異世界人のお世話をさせるには若過ぎる。にも拘わらず預け先として決定したのは、その昔、召喚した異世界人が傍若無人に振る舞い、散財したせいでとある公爵家を傾けてしまったという悪例があったからだ。誰だって貧乏くじは引きたくない。出来るならば厄介ごとは押し付けてしまえとばかりに、誰も彼もが受け入れを拒否して。
その結果、前出の公爵家嫡男に押し付けられてしまったのだ。
幸運だったのは、まだ15歳とは言え、その嫡男が賢者候補となるほど優れた頭脳を持っていたことと、異世界人が人格者だったということだろうか。そう、既にお分かりだろうが、この嫡男こそがノウゼンノットハルトなのである。
年齢の近い2人の顔合わせは意外にも好印象で、まあ、その殆どが寧々の人懐っこい性格によるものだろうが、とにかく驚きの早さで距離は縮まり。互いに知識欲が旺盛で、教え、教えられ、片時も離れないような状態となっていくうちにいつしか友情は愛情へと昇華し。
周囲が危機感を抱いた頃にはもう、
新しい命が宿っていた。
ここで漸く当主に連絡が入り、取り敢えずの緘口令が敷かれたのだが、混乱の最中、敵国にて発布されたという異世界人に関する情報を聞いたノウゼンノットハルトは愕然とする。
当時、敵国アシュガルドの大魔法士は代替わりの時期を迎えており、候補者が5名もいたせいで統率が取れていなかった。そんな状況で、異世界人を召喚したのだと。しかも特に必要としていたワケでは無く、ただ己が後継者として相応しいと誇示するためだけに。それだけでも許されざるべき行為だが、その愚かな候補者は、よりにもよって召喚の儀式を失敗したらしく。どうやら座標を誤って記述したようで、どこに着地させたのか分からなくなってしまったと言うのだ。
アシュガルドの発布では、国内に落ちていることを前提としていたが、もしかすると、我がイシュタール王国に落ちていることが分かっていたのかもしれない。寧々が落ちて来てから既に2年もの月日が経っていたにも拘らず、とにかく倫理に反する無意味な召喚を許すことは出来ないので、近日中に彼女を元の世界へ送還することが決定したのだと。未だに本人は見つかっておらず所在は不明のままだが、儀式さえ行えば元の世界に戻せるので、もし本人がこれを読んでいるならば安心するように…とのことだった。
「ネネと私は愛し合っています。このまま一緒にいられる方法はありませんかッ」
自力で解決しようとしたために、徹夜続きだったノウゼンノットハルトの状態は瀕死寸前。それでも諦めきれないと必死でドゥオモに縋りつくも、目の前のその人は哀し気に首を左右に振るだけ。
「ノノの望みは叶えてやりたいが…、無理なもんは無理なんじゃ。たぶん、向こうは既にネネちゃんの場所を掴んでおる。事情が事情だから静観しているだけで、このままあのコを我が国で匿えばこちらの非として差し出すように言ってくるじゃろう。そうすれば、腹の中のコをアシュガルド王国に奪われてしまうかもしれん。なにせ、元の状態にして返すのが、セオリーじゃからな。そんな理由をこじつけて、膨大な魔力を持っていること間違い無しの赤ん坊をまんまと手に入れてしまうかもしれんのだ」
「俺とッ、ネネの子なのにッ、そんなことは絶対にさせないッ」
激しく慟哭しながら、ノウゼンノットハルトは断腸の思いで決意する。このまま寧々を元の世界に戻そうと。そして、必ず自分が迎えに行くのだと。
「私、頑張って可愛い赤ちゃん産んで待ってるね」
「ああ、絶対に絶対に迎えに行くからな」
「ノノくんったら、男のコなんだから泣かないで」
「泣いてない!俺はもうすぐ父親になるんだから」
「あのね、生まれたらモモって名前にしたいんだ」
「モ、モモ?」
「お父さんがノノで、お母さんがネネ、娘がモモ」
「あは、いいな。じゃあ絶対に娘しか生めないぞ」
──私、絶対にお腹の子は女のコだと思うの。
最後まで穏やかに笑いながら、ある日突然、高橋寧々は姿を消した。そして、多分、記憶を消されてしまったのだろう。時を同じくして彼女の存在を知る者もいなくなってしまう。
…彼女を深く愛したノウゼンノットハルトと、
長らく2人を見守っていたドゥオモを除いて。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
元カレの今カノは聖女様
abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」
公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。
婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。
極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。
社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。
けれども当の本人は…
「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」
と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。
それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。
そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で…
更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。
「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる