異世界ハニィ

ももくり

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17.回想~異世界より愛を込めて~

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 ──17年前。

 
 イシュタール王国の中心に位置する魔塔の最上階で、大魔法士が年若い弟子と深刻な表情で話し合っていた。誰も入れぬよう結界が張られていたが、更に慎重を期して防音魔法もかけられている。それほどに守らねばならぬ話の内容は、ひとりの少女のことであった。

 高橋寧々。

 名前からも分かるように、彼女は異世界人だ。

 2年前にふらりと空から落ちて来た…いわゆる落ち人で、たまたま通りかかった農民に見つけられ、そこから村長宅へ、更に領主の館へと段階を踏んで預け先がグレードアップし。最終的には、過去に落ち人が嫁いだことで有名な公爵家で暮らすことになったのだが。

 過去とは言え七代も前のことで、今代の公爵夫人は第一子を出産の際に儚くなっていた。しかも、その夫でもある当主は、陛下の側近としての業務が忙し過ぎて王宮に住み込み状態。そう、残念なことに公爵家にいたのは、15歳になったばかりの嫡男ただ1人。

 この世界では確かに成人年齢が15歳だが、どう考えても異世界人のお世話をさせるには若過ぎる。にも拘わらず預け先として決定したのは、その昔、召喚した異世界人が傍若無人に振る舞い、散財したせいでとある公爵家を傾けてしまったという悪例があったからだ。誰だって貧乏くじは引きたくない。出来るならば厄介ごとは押し付けてしまえとばかりに、誰も彼もが受け入れを拒否して。

 その結果、前出の公爵家嫡男に押し付けられてしまったのだ。

 幸運だったのは、まだ15歳とは言え、その嫡男が賢者候補となるほど優れた頭脳を持っていたことと、異世界人が人格者だったということだろうか。そう、既にお分かりだろうが、この嫡男こそがノウゼンノットハルトなのである。

 年齢の近い2人の顔合わせは意外にも好印象で、まあ、その殆どが寧々の人懐っこい性格によるものだろうが、とにかく驚きの早さで距離は縮まり。互いに知識欲が旺盛で、教え、教えられ、片時も離れないような状態となっていくうちにいつしか友情は愛情へと昇華し。

 周囲が危機感を抱いた頃にはもう、
 新しい命が宿っていた。

 ここで漸く当主に連絡が入り、取り敢えずの緘口令が敷かれたのだが、混乱の最中、敵国にて発布されたという異世界人に関する情報を聞いたノウゼンノットハルトは愕然とする。

 当時、敵国アシュガルドの大魔法士は代替わりの時期を迎えており、候補者が5名もいたせいで統率が取れていなかった。そんな状況で、異世界人を召喚したのだと。しかも特に必要としていたワケでは無く、ただ己が後継者として相応しいと誇示するためだけに。それだけでも許されざるべき行為だが、その愚かな候補者は、よりにもよって召喚の儀式を失敗したらしく。どうやら座標を誤って記述したようで、どこに着地させたのか分からなくなってしまったと言うのだ。

 アシュガルドの発布では、国内に落ちていることを前提としていたが、もしかすると、我がイシュタール王国に落ちていることが分かっていたのかもしれない。寧々が落ちて来てから既に2年もの月日が経っていたにも拘らず、とにかく倫理に反する無意味な召喚を許すことは出来ないので、近日中に彼女を元の世界へ送還することが決定したのだと。未だに本人は見つかっておらず所在は不明のままだが、儀式さえ行えば元の世界に戻せるので、もし本人がこれを読んでいるならば安心するように…とのことだった。

「ネネと私は愛し合っています。このまま一緒にいられる方法はありませんかッ」

 自力で解決しようとしたために、徹夜続きだったノウゼンノットハルトの状態は瀕死寸前。それでも諦めきれないと必死でドゥオモに縋りつくも、目の前のその人は哀し気に首を左右に振るだけ。

「ノノの望みは叶えてやりたいが…、無理なもんは無理なんじゃ。たぶん、向こうは既にネネちゃんの場所を掴んでおる。事情が事情だから静観しているだけで、このままあのコを我が国で匿えばこちらの非として差し出すように言ってくるじゃろう。そうすれば、腹の中のコをアシュガルド王国に奪われてしまうかもしれん。なにせ、元の状態にして返すのが、セオリーじゃからな。そんな理由をこじつけて、膨大な魔力を持っていること間違い無しの赤ん坊をまんまと手に入れてしまうかもしれんのだ」

「俺とッ、ネネの子なのにッ、そんなことは絶対にさせないッ」

 激しく慟哭しながら、ノウゼンノットハルトは断腸の思いで決意する。このまま寧々を元の世界に戻そうと。そして、必ず自分が迎えに行くのだと。




「私、頑張って可愛い赤ちゃん産んで待ってるね」
「ああ、絶対に絶対に迎えに行くからな」

「ノノくんったら、男のコなんだから泣かないで」
「泣いてない!俺はもうすぐ父親になるんだから」

「あのね、生まれたらモモって名前にしたいんだ」
「モ、モモ?」

「お父さんがノノで、お母さんがネネ、娘がモモ」
「あは、いいな。じゃあ絶対に娘しか生めないぞ」

 ──私、絶対にお腹の子は女のコだと思うの。



 最後まで穏やかに笑いながら、ある日突然、高橋寧々は姿を消した。そして、多分、記憶を消されてしまったのだろう。時を同じくして彼女の存在を知る者もいなくなってしまう。

 …彼女を深く愛したノウゼンノットハルトと、
 長らく2人を見守っていたドゥオモを除いて。
 
 
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