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<茉莉子>
その105
しおりを挟む「赤字で潰れかけた会社なら要らないが、黒字に転じると分かった途端、実権を自分に戻せと寛貴さんに詰め寄りまして。ご存知の通り、現在は私共が介入していますし、経営陣もその8割が帯刀の関係者だ。
だから丁重にお断りしたところ、実力行使とばかりに社長室へ日参する始末。『これは俺の会社だ!』と居座られてしまい業務にも支障を来すようになったので、仕方なく警備にお願いして摘まみ出したんです。
それが怒りを増長させてしまったようで。たぶんイエスマンばかりの環境で、今まで自分の主張を拒否されたことが無かったのでしょうね。
脅し始めたのですよ。
それも何故か断った私にでは無く、
ご子息の寛貴さんにでも無く、
本件とは無関係な榮太郎さんに。
まったくあの思考回路にはついていけませんが、『娘と別れさせられたくなければ、言うことを聞け』と駄々っ子のように繰り返しましてね。榮太郎さんはそれを忍耐強く説得していました」
「榮太郎が父を…」
そんな話、初耳すぎて胸が痛い。
人を恨むことをせず、天使のように優しい榮太郎に悪意を向けたのが、よりにもよって自分の父親だなんて。きっとあの卑怯な父のことだ、榮太郎の優しさに付け込んだに違いない。
「榮太郎さんは、茉莉子さんに本件を隠そうとしましたが父上に自宅へ押し掛けると予告され、仕方なくホテル住まいを強いられていたのです」
「…剣持さん!それだけでは無いでしょう?!」
突然、椅子から立ち上がり、会話に入ってきたのはコトリさんである。そのあまりの剣幕に驚いていると、彼女は叫ぶようにこう言ったのだ。
「あ、あんたのバカ親父はねッ!
榮太郎様を刺したのよ!
警察に突き出されて当然なのに、それを榮太郎様が嫌がるから…。
通報されては困ると病院にも行かず、剣持さんに診て貰うだけで乗り越えたのッ!全部あんたの為に頑張ったのに、なのに…」
一瞬、目の前が真っ暗になってしまい、動揺し過ぎておバカな質問をしてしまう私。
「えっ、じゃ、その…えっと…、榮太郎は大丈夫なんですか?!」
アンタ、大丈夫も何も。
多分、刺された傷が回復したからホテル住まいを解消して帰宅していたのだろうし、お前、思いっきり会ってるじゃんという話で。
案の定、コトリさんが突っ込んでくる。
「それ、本気で言ってんの?」
「いえ、その…何でも無いです」
そしてピクリとも表情筋を動かさずに、剣持さんが経緯を話し始めた。
社長室への出入りを禁じられた父は、ほぼ毎日、榮太郎を自宅へと呼び出し。恫喝に近い物言いで、要求を繰り返したそうだ。
『自分を社長職へ復帰させろ、給与は以前と同額もしくはそれ以上を寄越せ、部外者を我が社から排除しろ。さもなければ娘と離縁させ、帯刀家とは関係を断つ』…と。
「残念ながら私の本業は会長秘書ですので、榮太郎さんに同行することは出来ませんでした。
『私的なことだから』と渋る榮太郎さんにムリヤリ中林さんを同行させたところ、今度はそれが災いしてしまったようです。
ご覧の通り中林さんは感情的になり易く、連日同じことを繰り返す清隆氏に苛立ち、出されたお茶を豪快にぶっ掛け、更に汚い言葉で罵った。
ただでさえ男尊女卑の考えを持つ清隆氏に、そんなことをすればどうなるか。茉莉子さん、貴女ならばお分かりになるでしょう?
ええ、そうです。台所から包丁を持ち出し、中林さんの髪を掴んでそれを振り上げたと。それは、もしかして威嚇しただけなのかもしれません。けれど、その時はとてもそうとは思えないほど鬼気迫った形相だったらしく。
慌てて止めようとした榮太郎さんと揉み合い、その挙句、榮太郎さんは脇腹を刺されてしまいました」
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