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<茉莉子>
その103
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それから1週間後。
「ぶえっくしょん!だ、誰か私のことを噂してるに違いないわ」
そんな呟きを聞いて、浦くんが店長にボヤいている。
「大雅さん、ようやく俺は今まで聞かされてた女子のクシャミが偽物なのだと知りましたよ…」
「え?ああ。確かにウチの店のレディたちは、豪快なクシャミしかしないもんな」
ちなみに“大雅さん”というのは店長の名だ。
「ハァックショオイ!…ずずっ、んもう、鼻がムズムズするわ」
ダメ押しで、厨房に入って来たアヤさんが浦くんの言葉を決定づける。
「大丈夫ですか、アヤさん。ドルチェ作りのため小麦粉を篩いまくったので、しばらくのあいだは厨房が粉っぽいかもしれません」
「そっかあ、それじゃ仕方無いわね、ベグシュ」
ここで浦くんがボソリと呟く。
「俺の元カノは『くしゅ』って蚊の鳴くような小さなクシャミしかしなかったんだけどなあ」
「何が言いたいのかな、キミは?」
「え?あ、アヤさんのクシャミって男らしいと言うか、なんかもう既にオッサンだなって」
「おいこら、ひねり潰してやろうか」
「ひゃー、怖いいい」
「やだ、本気で怖がらないでよッ」
あはは…と一斉に笑いが起きる。現在、開店2時間前。最近は皆んなこの調子で、雑談しながらもきちんと仕事はこなしており。一日中、笑顔で過ごしている気がする。
>ごめんなさい、暫く1人にさせてください。
結局、私はあのまま家には帰らず、SNSで榮太郎に短いメッセージを送った。既読にはなっているものの、返信は無く。多分それが答えなのだろうと思う。
人間というのは案外、頑丈に出来ているようで。私は倉庫の隅に寝袋で寝泊まりしているのだが、今のところ特に支障も無く。まるで楽園にいるみたいだ。
父への恐怖心、兄への罪悪感、榮太郎への愛情。ここにいると全てが嘘だったように消え去り、とても心が軽い。そう、ストレスフリーなのだ。
コンコン。
勝手口をノックする音がして、店長が手を拭きながらドアを開けた。てっきり業者が納品に来たのかと思ったのに、どうやらそうでは無かったようだ。
「……さんはいらっしゃいますか?」
「え…?あの、どなたでしょうか??」
私以外の全員がドアへと視線を向ける。
「うっわ、なんかカッコイイ男!!茉莉子ちゃんも見てみなさいよ」
アヤさんの声にドルチェ作りを中断し、目だけそちらへと動かすと…。
「う、わ…」
「え?何、茉莉子ちゃんの知り合い??」
そのカッコイイ男とは、会長秘書の剣持さんだった。一瞬だけ視線がぶつかり、慌てて俯くと彼の背後から別の誰かがすり抜け、物凄い勢いでこちらに向かってきたらしく。
次の瞬間、何故か私はコトリさんから頬を叩かれていた。
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