かりそめマリッジ

ももくり

文字の大きさ
上 下
97 / 111
<茉莉子>

その97

しおりを挟む
 
 
 「は?もう暫く掛かるのですか?ええ、ええ。そう…なら仕方ないですね」

 ふう、と溜息を吐きながらスマホを手放す。

 日課の電話が今日は遅い時間に掛かってきて、このあと更に3日ほど帰れないと。榮太郎の声はそれなりに寂しそうだった。

 私は私でバイト先のドルチェ担当なんぞに昇格してしまい、しかもソムリエの資格保有者だとついウッカリ漏らしたことでワインの仕入れに関する相談まで店長から持ちかけられ。

 要するに、忙しかったのである。

 相変わらずお義母様には、バイトのことを隠していた。なぜなら反対されるに決まっているからだ。帯刀家の嫁が、小さな個人経営のレストランで働くなんぞ許して貰えるはずも無く。いや多分、大手チェーン店でも無理だろうが、とにかくトラブルは避けたかったのである。

「あら、茉莉子さん。今日もスポーツジムに行くの?頑張るわねえ」
「はい、お義母様。バレエエクササイズの後にスイムトレーニングもする予定です」

「あまり根を詰めないでね。アナタの顔、最近疲れているわよ」
「はい、ご心配掛けて申し訳ありません。何事もすぐ夢中になってしまうもので」

 週3がほぼ連日になったことを誤魔化すため、スポーツジムに通っているという設定にした。そのお陰で疲れて帰宅しても、あまり不自然には思われていないようだ。



「おはようございます」
「ああ!待ってたよ、茉莉子ちゃん。Aランチに付けるドルチェなんだけどさ」

 雇われ店長の新見さんは、32歳独身。世間一般ではかなりイケメンの部類だと思うが、残念なことに私のイケメン標準値は榮太郎のせいで急激に上がってしまったらしく。だから、こんなに接近されてもビクとも動じない。平気の平左なのである。

 とにかくこの店長、客商売をしているせいか嫌味なところが全然無く、物腰も柔らかだ。いつでも微笑んでいるように見えるのは、そういう顔の作りだからだろう。タイプ的には榮太郎に似ているが、あれを水で薄めた感じだと思って欲しい。

 店長とは言えメインシェフも兼ねているのだが、この店では対等に話し合える人がいないらしく。そこそこ料理の知識が有る私に、簡単なことだけ相談してくるようになった。

 店長の他には見習いシェフが1人、ホールスタッフの女性が3人という構成だ。人気店なのでこの人数で回すのはかなり厳しく、皿洗いを募集したのも当然だろう。

「じゃあ桃のスープにしちゃおう。セロリを少しだけ混ぜるとは、さすがだね」
「甘味を抑え、口当たりが爽やかになるんです」

「うう、やっぱ夜も来て欲しいなあ。茉莉子ちゃん、絶対に無理?毎日が難しければ、金曜の夜だけでもいいけど」
「そ、それって今晩からってことですか?」

「うん、出来れば」
「今晩…」

 おねだり上手な店長が、上目遣いで私を懐柔してくる。

「あ、じゃあさ、お願い、今晩だけ!予約がミッチリ入ってるからって断ったのに、オーナーのコネとかで無理矢理1組追加されて。こんな時に限って実夕ちゃんが病欠なんだよね」

 実夕ちゃんというのはホール担当の女子大生だ。ううむ。どうせ榮太郎はいないし、1日くらいだったらどうにか誤魔化せるだろうと。

 この決断が間違いだった。

 初めての夜の部勤務で、私はドルチェを作り、皿を洗い、盛り付けの補助をし。とにかく裏方に徹していたら、ホール担当のアヤさんが慌てながらやって来た。

「…ま、まま、茉莉子さん!いま入ったお客様、まるで王子なんですけどッ」
「あー、そうですかー」

 まったくもう、仕上げの粉糖をふっている時に話し掛けないで欲しい。

「ちょ、何なのその興味なさそーな感じ!来て!そして一緒に感動してッ!」
「えっ、やだ、アヤさん、そんなヒマが有ったらドルチェを運んで…ん?」

 手首を掴まれ、ホール全体を見渡せる位置まで誘導された私は、自分で自分の目を疑った。

 …何故ならそこに、
 榮太郎とコトリさんが座っていたからだ。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

転生無双の金属支配者《メタルマスター》

芍薬甘草湯
ファンタジー
 異世界【エウロパ】の少年アウルムは辺境の村の少年だったが、とある事件をきっかけに前世の記憶が蘇る。蘇った記憶とは現代日本の記憶。それと共に新しいスキル【金属支配】に目覚める。  成長したアウルムは冒険の旅へ。  そこで巻き起こる田舎者特有の非常識な勘違いと現代日本の記憶とスキルで多方面に無双するテンプレファンタジーです。 (ハーレム展開はありません、と以前は記載しましたがご指摘があり様々なご意見を伺ったところ当作品はハーレムに該当するようです。申し訳ありませんでした)  お時間ありましたら読んでやってください。  感想や誤字報告なんかも気軽に送っていただけるとありがたいです。 同作者の完結作品「転生の水神様〜使える魔法は水属性のみだが最強です〜」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/743079207/901553269 も良かったら読んでみてくださいませ。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

処理中です...