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<茉莉子>
その94
しおりを挟む「なんだか色々と段階をすっ飛ばしましたね」
「でも一応、この半年間で資格を取りまくり、自分とこの会社で秘書の修業も済ませたらしい」
さ、さすがコトリさん。狙った獲物は逃さないんだな。まあ、偽装結婚も残り半年だし。その間に榮太郎とコトリさんが親密になれば…。
チクッ
な、なんだろうかこの痛み。喉に魚の骨が引っ掛かった時みたいに、胸に見えない何かが引っ掛かってチクチクする。心筋梗塞?それとも、もしかして奇病??
「大丈夫だからな、茉莉子」
「何がでしょうか?」
「またまたあ~、心配してるんだろ?」
「べ、別に何も…」
家政婦のサイボーグ高松さんが榮太郎の背後にいたので、『どうぞ遠慮なく』とは言えなくて。ひたすら当たり障りの無い言葉を返すだけだ。半年間、それなりに夫婦らしく生活してきたが、秘書ともなれば朝から晩まで共に時間を過ごす。
それは多分、私と築き上げた関係をアッという間に超えてしまうに違いない。
「俺には茉莉子がいるから」
「あ、有難うございます」
会話を聞いたサイボーグ高松さんが珍しく笑い、そしてそれに素早く榮太郎が反応する。
「ああっ、高松さん、いま笑ったでしょう?」
「はい、ええ、申し訳ありません。本当に若夫婦のお二人は仲睦まじくて、見ている側も幸せな気分になってしまいますわ」
「やだな、これじゃあバカップルですよね」
「いいえ、全然ッ。榮太郎様…こんなに大好きな女性と結婚出来て、本当に良かったですね。私もすごく嬉しいです」
私はそんな二人の会話を、まるで他人事のようにボンヤリと聞いていた。
……………………
それからの私は、いつもどおりに日常を過ごすよう心掛けていたのだが。榮太郎の方は、瞬く間にコトリさんと親密になってしまったらしい。今までの男性秘書とは違い、コトリさんは遠慮なく我が家にまでやって来て、あのお義母様ともすぐに打ち解けてしまう。
「あら!ウチで晩御飯を食べていきなさいよ。コトリさんが一緒だと楽しいわ」
「はい、では遠慮なく」
コトリさんはとても話し上手で、しかも人の心を掴むことに長けており。それは帯刀家のルールを変えるほどの素晴らしさだった。なんと、あのお義母様が食事中の会話を解禁したのである。
まるで殺伐とした石コロだらけの道が、彼女が通るだけで花が咲き乱れるかのような。そんな分かり易さで、コトリさんのいる場所には笑いが溢れ、人が集まってくるようになり。
愛情をたっぷり注がれて育ち、何をしても許されるだろうという安心感に裏付けられたその行動は大胆且つ豪快で。自分のしたいように生きているだけなのに、その楽しそうな姿に誰もが惹き付けられる。
…それは私が一生掛かっても、
手に入れることが出来ないものだった。
屈託の無い明るいコトリさんと、陰鬱で内に籠るばかりの私。どちらに軍配が上がるかなんて、考え無くても分かるというもので。いっそ偽装結婚の期間を前倒しにして、早く離婚してあげようかと思うほどに。
それをしなかったのは、孤軍奮闘しているであろう長兄の寛貴のことが心配だったからなのだが。
そんなある日、取引先の結婚式に夫婦揃って出席した。どうやら招待した側が気を利かせてくれたらしく、隣席には寛貴が座っており。
そこで兄はこう言ったのだ。
「榮太郎くんのお陰で、会社も立て直せたよ。このまま行けば無事に借金も完済出来ると思う。
結局、帯刀グループへ“吸収合併”という形になったけど、社名は小椋の名前を一部残せたし。何より、経営陣を入れ替えたことにより父さんが口出し出来なくなったからね。
これでもう安泰じゃないかな」
反対隣りに座っている榮太郎が、御礼を言われたせいで照れまくっていて。私も兄と一緒に感謝の言葉を述べた。
「これで茉莉子の悩みも無くなったな」
「はい、本当に有難うございました」
深々と頭を下げながら、ふと思う。
もう本当に私は必要無いのではないかと。どんどん居場所を失っていく焦燥感から、どうすればラクになれるのかと。そんなある日、事件は起きたのだ。
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